第26話

魔王ゾウムシは驚いた。

彼女が今までに経験したことのない重傷だったからである。

どれくらいの驚きかと言えば、思わずここから飛翔して逃げ出してしまうほどに。


基本的に魔王の元になったゾウムシに限らず、甲虫と言うのは空を飛ばずに歩き回る姿を見ることの方が多い。

他の羽を持つ多くの昆虫の場合、4枚の羽を羽ばたかせて飛ぶが、甲虫は前羽にあたる2枚1対の羽が普通の飛翔昆虫と違って硬く厚い。空を飛ぶ際には前羽は開くだけで、後羽のみを羽ばたかせて飛ぶ。

ゆえに前羽も使って飛ぶ虫より飛ぶのが下手であったり、全体的にがっしりしているせいで飛ぶための必要エネルギー量が多かったり、せっかく硬い外骨格で覆っているのに前羽を開くと柔らかい腹が剥き出しになると色々デメリットがあるせいか、移動手段は飛ぶよりも歩くことを選択する傾向にある。

もちろん甲虫であっても良く飛ぶ虫はいるが、魔王ゾウムシはそういう種類の昆虫ではなかった。

その魔王ゾウムシが空を飛んだ。

これは明確に魔王ゾウムシが追い詰められている証拠であった。

前羽に覆われたという弱点を剥き出しにして。


「ドラアアアアアアッ!!」


飛び上がり始めた魔王ゾウムシの腹に折れた超振動ロングナイフが突き刺さった。


「ガンマとベータの死力を尽くして作ったこの隙っ!

見過ごすわけにはいかないっ!!」


隊長が鎧の火花をあちこちに咲かせながら、折れた超振動ロングナイフを魔王ゾウムシの腹へと突き刺した。

折れても超振動の機能は健在。


「ごほっ!?」


それは柔らかい腹にいとも簡単に突き刺さり、隊長はそのまま切り裂こうとするものの痛がった魔王ゾウムシに殴り飛ばされる。

アームズシェルの一部が吹き飛び、隊長自身もたまらずに殴り飛ばされた。

痛みで前羽を閉じて、歩いて逃げようとするも再度痛みを感じて彼女はのたうち回った。


「に、にがすかよぉ…このアルファ様がテメェを殺して…」


閉じたはずの羽が腹に刺さったままの超振動ロングナイフに引っかかって、隙間ができていたのだ。

そこに倒れていた1人が折れた魔導ナイフを突き刺し、抉り削る。

折れたせいで刃渡りがさほどではないためにより深い傷をと魔王ゾウムシの体液を浴びながら深く、深くへと突き入れる。

鬱陶しい奴らだと苛立ち紛れに振るった彼女の脚は魔導ナイフを突き入れていたアルファを跳ね飛ばす。

彼は近くの家の壁に頭から突っ込んで、崩れた壁に埋れて動かなくなった。

流石にもう大丈夫だと、再度飛翔しようと羽を開く魔王ゾウムシ。

普通の昆虫の場合、大きな傷を負うとそのまま衰弱して死ぬことが多い。

傷口がカサブタのように固まるが、カサブタができるだけで、新しい外骨格が出来るわけではないためだ。

傷口から水分が抜けたり、細菌に感染してしばらくしたら死ぬ。

魔王ゾウムシもそうだった。

治癒するにはエルルにそれ用のスキルを貰うしかない。

そうしなければ死んでしまうと判断した魔王ゾウムシは血を撒き散らしながら、空を飛びたった。

エルルのもとへと。


しかし。


「逃がしやしねぇ、てめぇはここで仕留める…俺たちは…アームズシェル第一小隊、最後の1人であるこの…オメガがっ!!

トドメをくれてやるぜぇっ!!!」


飛び立つ魔王ゾウムシに飛びかかったオメガと名乗る最後の1人が魔王ゾウムシの脚の一つにしがみ付いていた。

振り払おうと足を振り回すが、空中ゆえにバランスを崩してうまく振り払えない。


「知ってるか?虫野郎。

俺たちが装備している鎧はこの国の最新技術がふんだんに使われている。その技術の漏洩を防ぐためのある機能が付いていることをよぉっ」


ぴっ、ぴっと。

今まで聞いたことのない電子音がオメガから発せられている。


「その機能とはな…爆発だよ…地獄に堕としてやるぜ、化け物がっ」


次の瞬間、魔王ゾウムシの脚に取りついたオメガごと鎧が大爆発を起こした。

空中ゆえに街に直接の被害はなかったものの、至近距離で爆発を食らった魔王ゾウムシは街に墜落。

いくつかの建物を倒壊させながら街中に倒れ伏す。

魔王ゾウムシはそれでも立ち上がろうとするが、さすがに至近距離の爆発は堪えたらしく、オメガが掴んでいた脚は完全に吹き飛び、何本かの脚も比較的脆い脚先が吹き飛んでいた。

先ほどへし折られた脚も合わせてほぼ全ての脚が十分な機能を発揮できない状況に追い込まれ、歩けなくはないが、非常に歩きにくい状態である。

再三にわたって飛翔して逃走を試みるも、飛ぶための羽も爆発に巻き込まれたせいでボロボロになっていてもう逃げることが出きない。

もはや彼女は満身創痍だった。

死期を悟った魔王ゾウムシはどうせ死ぬならばと最後にひと暴れするも、さほど人間を間引けぬまま、出血によって動かなくなって死んだ。



「以上がことの顛末です。」



魔王ゾウムシが死んで一晩たち、次の日の朝。

大都市アルファニカにあるユミール公国軍アルファニカ支部、軍事会議室。

そこではアルファニカにいる、お偉い軍人さん達が一堂に会していた。


「もっと被害を抑えることは出来なかったのかね?」


1番年配らしき軍服の男が口を開いた。

それに応えるは昨日、アームズシェル第一小隊の指揮官である。


「申し訳ありません。しかし、彼者は」

「言い訳など聞きたくない。反省をしたまえ、反省を。君がするべきは反省、次に改善だ」

「…はっ」

「それで?

君達が相手にした巨大な虫の化け物だが、正体は掴めたのかな?」

「それが…分かりませんでした」

「なにぃ?

どういうことだ?街中で死んだ化け物は研究所に搬送したのだろう?

もしや一晩経ってもまだ送っていないわけではないだろうね?」

「もちろん、すでに搬送済みです。ですが、研究者が死骸を解剖した結果、分からないことが分かったんです」


指揮官の彼の言葉に会議室がざわつく。


「ふむ、詳しく話したまえ」

「…研究班に解剖させ、事細かに調べたところ、奴はヤサイゾウムシと呼ばれる昆虫の一種であることが分かりました。

しかし、それ以上のことは分からなかったのです」

「ヤサイゾウムシとは…どこに生息している生き物なんだ?

この周辺にいた訳ではあるまい?それならばもっと前から問題になってなければおかしい」

「そのおかしいことばかりで何も分からなかったんですよ」


頭が痛いとばかりにため息を吐く指揮官はさらに続ける。


「まず、ヤサイゾウムシという昆虫は別に珍しくもない普遍種で、農家であれば必ず見かけるくらいには生息数の多い野菜に付く害虫です」

「門外漢ゆえに害虫には詳しくないのだが、畑ではあんなでかくて人間を喰らうような害虫が日常的に発生しているのかね?街を半壊させた上で我が軍の最新技術たるアームズシェルを纏った軍人達の小隊が再起不能になるレベルの害虫が?」

「もちろん、実際のヤサイゾウムシは特別大きい個体でも指先くらいの大きさしかありませんよ。ただそれが一番おかしいことであの虫の化け物の体内構造や遺伝子はヤサイゾウムシのそれと完全に一致したんです」

「昨今の魔科学の発展に伴う環境汚染を原因とする突然変異とは考えられないか?」

「それならば多少なりとも遺伝子も変異してなくてはおかしいですし、そもそも研究班曰く、あの大きさになっているのにも関わらず小さい昆虫の時と変わらぬ体構造、特に肺が無いのもおかしい、ヤサイゾウムシと同じ遺伝子を持つはずなのに外見もだいぶ違うとおかしい場所だらけだと」


昆虫の体は気門という呼吸するための穴が腹にある。

ここから酸素を取り入れるのだが、人間などと違い、酸素を取り込む専用の臓器を持たない昆虫は取り入れた空気を直接体液に晒して、空気内の酸素に触れさせて酸素を取り入れるという形を取る。

肺を持つ人間は空気から酸素を選り分けて、それを直接血液に混ぜ込む。

酸素を取り込む効率が肺のある無しでは格段に違うのである。

つまり、魔王ゾウムシほどの巨大を維持するには肺がなければおかしいと研究者は言うのだ。


「まだ調べ尽くした訳ではありませんので、もしかしたら何らかの物質、内蔵などが作用して、などこれから分かってくることもあるとは思いますが、現状はおかしいことでいっぱい、だそうです」


その後、あまり生産的な会議にはならず、街の復興をどうするかなどの話にシフトしていき、会議は終了した。


この会議を覗き見る存在がいることに気づかずに。


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