第7話

一方、その頃の魔王ヨトウガ達はと言うと。


「ぐあっ!?マジかよ!?数が多すぎるぞちくしょおめっ!」

「衛生兵っ!衛生兵はどこだっ!?仲間がっ、仲間の内臓がデロンって飛び出してたいへんなんだよぉっ!?」

「きゃあっああああぁっ!?」

「くそっ!急にこんな大型魔獣が大量に発生するなんて聞いてねーつ!!」

「ぐぎゃあああああっ!?」

「ミッシェルっ!ここはもうダメだっ!逃げるしかないっ!!」


阿鼻叫喚の嵐。

いまや魔王ヨトウガ達はゆうに万を超える群れとなり、プラベリアから北上して1,500キロほどにある大都市。カルーマリアと名付けられた街を襲っていた。

魔王ヨトウガ達は後から強化された魔王クリエイターでアップグレードされたエルルのペット兼チャーミングカマキリなゼルエルちゃんと違って、生物強度は上がっておらず、スキル構成に代わりもないが、単純に数がとてつもなく増えている。

なにせプラベリアからひたすらに北上し、人間を見つけたそばから捕食、ないしは卵を産みつけさらに北上。後から成虫になった個体は次から次へ合流、巨大蛾による巨大な群れを形成していた。

流石に小魚の群れなどには絶対数は劣るものの、一匹一匹が2メートルほどの大きさだ。

万単位も居れば、それらに勝るとも劣らない威容を持つ。


「こいつでも食いやがれっ!直径30センチの鉄球を秒で十発は放てる、ガトリング砲弾だっ!!」

「おらぁっ、こいつでもくらえっ!」

「堕ちろっ!カトンボっ!!」


だが、流石に大都市なだけある。

装備は潤沢、豪勢、強力の3文字につきる。

30センチほどの鉄球を連射する超巨大な固定兵器を使い始める。

長らく人同士でしか争わず、人同士であればここまで大仰な兵器は必要ないとのことで、埃をかぶっていた攻城兵器にも分類されている戦車のようなものを、手早くメンテナンスを行い引っ張り出してきた。

正式名称、アドラールの矢。

100年前まで実際に使われた兵器で、サドラン帝国に所属していた軍将アドラールによって設計、製造が行われた巨大兵器である。

100年前ごろ、サドラン帝国は近隣に生息していたドラゴンを問題にしており、ドラゴンが生きているままでは開拓や入植がうまくいかないと、それを殺すための武器が必要になった。その結果、作り出された兵器である。

この近隣に生息していたドラゴンは群れで子育てをし、野生動物としては格段、子供に対する愛情が深いという生態をしていたため、子供を数匹拐って、拐った子供をアドラールの矢を設営した場所に貼り付ける。助けようと近づくドラゴンを淡々と撃ち落とすだけ、という簡単な作業だったと言う。


それが今、空を飛ぶ魔王ヨトウガ達を撃ち落としていく。

流石の魔王の名を冠するヨトウガ達もドラゴンの様に、カトンボの様に堕ちていく。

被害は大きかった。

しかし、都市の運営には支障がない。

なんとかなりそうだ、これから巨大蛾達の出所や生態を探らねば、と都市の市長が後のことを考え始めた時。


目を疑う光景が空一面に広がった。


桁が違う、大量の魔王ヨトウガである。

魔王ヨトウガ達のスキル。超フェロモンによって呼び出された、別のルートから北上していた他個体の群れであった。

元来、種類にもよるが基本的に蛾は群れを作らない。超フェロモンの効果は言葉を発さない、発せない彼ら彼女らの唯一のコミュニケーションツールとして、群れることを可能にする能力である。


エルルはいくら魔王ヨトウガ達を強化したとて人間は多勢に無勢。数は力である。さらには道具すら扱う。それに対抗するには、と考えた。

例えば、戦いなどでは武道を達人レベルで修めていても、武器を持った相手や、複数人を相手にすると途端に厳しくなるという。

数や道具は質の良さを優に越え得る手っ取り早くも強力な武器なのだ。

であれば、魔王ヨトウガ達にも導入するよね、常識的に考えて。


さらに超フェロモンの効果は仲間の危機を知らせ、仲間を呼び出すだけではない。

というかそれくらいならば、普通の昆虫にも備わっている。

この超フェロモンのスキルによって作り出されるフェロモンの種類は実に100万種類以上。そして、それらを正確に識別することができるスキルでもある。

100万種類とは具体的に言うと、英単語に近い数だ。

つまり、彼らはフェロモンを用いての高度なコミュニケーションが可能なのである。


例えば。


「くそっこいつらっ!的確にアドラールの矢の操縦士ばかり狙ってやがるっ!」

「俺ら衛士はガン無視ってかっ!虫のくせに賢いじゃねぇかよっ!!虫なだけになっ!」

「つまんねぇこと言ってねぇで手を貸せっ!こっちの操縦士はやられちまった!!」

「おいっ!お前らは操縦士の俺の護衛だろっ!?どこにいっ…ぐぎゃあああああっ!?はなぜぇぇえええぇっ!!」

「一生懸命、護衛してるわよっ!ただ、それ以上に数が多すぎるのよっ!!」

「くそっ!一時撤退だっ!!撤退するんだっ!!」

「どこに撤退するんだよっ!?どこもかしこも巨大蛾塗れだぞっ!!」

「おいっ!あいつらっ!?他の町に逃がそうとした一般市民を食い荒らしてやがるっ!

こっちよりあっちの方が手っ取り早いと判断したのかよっ!?」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ…」


という様に、自らにとって致命的な兵器を集中的に狙ったりなど、高度な連携が可能になるのだ。


☆ ☆ ☆


「ここまでが魔水晶による映像です」


サドラン帝国、王都、軍事会議室にて。

ずらりと沢山の人間が並んでいた。

そこで司会らしき男が眼鏡を掛け直しながら、仕切る。


「この映像はいつのものだ?」

「推定、2日前だと思われます。命からがら逃げ出した兵士が死にかけの機竜と共に得られた物ですので、死にかけの機竜の移動速度とカルーマリアの位置からして、おおよそ間違い無いかと」

「その逃げ出した兵士とやらに聞けばわかることだろう?はっきり分からない理由はなんだ?まさか機竜の上で居眠りでもしていたか?」

「はははっ、そんなわけありますまい。兵士は逃げる際にすでに重傷を負っていたため、ここ、首都サドランに到着して間もなく死亡しております」

「であれば、詳しく事情を聴くことも出来なんだか」

「なに、得られた魔水晶の映像だけで充分でしょう」

「うむ、ひとまずは…だがな。それで?貴様はどう思っておる?」

「どう、とは?」

「すっとぼけるでない。これは自然発生した魔獣ではない。明らかに人為的だ。サドランに害意を持つとなれば…お隣さんか?」

「…私も人為的なものであることは賛成です。が、お隣のユミール公国かは判断できません、いえ別の第3者がいるのではと疑っております」

「確かにな。あそこはこんな不可解な真似はすまい。など…」


眼鏡を掛けた司会者が嘆息する。


「ええ、わざわざ子供だけには危害を加えないなど意味が分かりません。少なくとも魔獣ではない。魔獣であれば、大人も子供も等しく捕食対象でしょう。わざわざ選り好みは…するかもしれませんが、むしろ弱く小さい子供から狙われるのが自然。かと言ってどこかの国の意図があったとして、子供だけを生かす理由が分からない」

「そも、この国だけではなく食肉利用がてら危険な魔獣は狩り尽くされ、絶滅していたはずなのだがなぁ。…たまたま突然変異した魔獣が大人の人間だけを狙ったとは考えられんか?」

「適当なことを言うでない。自分で言っていて信じておらんじゃろ?」


サドラン帝国、首都サドランの軍事会議室にて首脳陣が揃って頭をかしげる。


「して、生き残った子供達はどうなっている?」


1人の軍服とは別の服装をした年嵩の男が口を開く。

この国の宰相である。


「不可解なことは不可解としてそのまま受け入れる他あるまい。

それよりも子供たちは現在どうなっている?」

「どうやら町に残っていた食料を元にとりあえずは生きているようです」

「また、はっきりせんな。偵察兵は送ったのであろうな?

必要ならば応援を送らねばならぬ」

「いまだ音信不通。定期連絡すらありません。ゆえに機鳥を操作しての上空からの確認しかできませんでした」

「偵察隊は…喰われた、と?」

「はい。どうやら奴らは人間の大人のみにしか反応せず、標的としないようです」

「…むぅ、どうやってあれだけの数の魔獣に人間だけを狙うようにしたのやら…遺伝子改良などで可能だったか?確か、すでにそれらの研究は行われていたはずだが…」

「無理、だと我が国の研究者は結論づけました。今回の件を受けて再度調べさせましたが、知らせが届いて今が半日。いまだその結論は変わらず、可能とするとっかかりの兆しすら掴めないとのこと」

「まだ、半日であろう?詳しく調べさせれば…」

「研究者曰く、どうあがいても不可能。改めて調べても結論は変わらないらしいです。細々とした理屈を聞いても私には理解できませんでしたが、それを可能とするにはあまりに非現実で非科学的であると。それこそ、神か魔王物語に登場する魔王様でもなければ不可能だそうです」

「ははっ、魔王物語か。懐かしい言葉を聞いた。この国では誰もが一度は目にする童話であったな…存外、その魔王とやらが誕生したのやも知れぬ」

「…ふざけたくなる気持ちは分かりますが、これは現実です。魔王などと言う想像上の生物なぞ放って…っ!?」


軍議中、突如、室内に闖入者が登場した。

サドラン帝国の平兵士である。


「何があったっ!?」


通常、軍議中は関係者以外、よほどのことがない限り、立ち入り禁止である。ゆえにそのよほどのことがあったのだろうと尋ねる。


「超大都市アズールが…巨大蛾によって壊滅しました」


大都市カルーマリア陥落の知らせが来てから半日。

もはや、猶予はないとその場の人間達は理解させられた。


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