7. ルームメイト募集
ベレスフォートと出会ったのはほんの数年前だ。ハイスクールを卒業し、実家を離れて――とは言え、実家はすぐ隣のM-49地区にあるのだが――安アパートで一人暮らしを始めたのはよかったが、バイトの他にする事も、そしてしたい事も無かったから、退屈で窒息しかかっていた。そんな訳で頭から酸素が抜け、冷静さを欠いていたのだろう、俺は「ルームメイト募集」のインターネットコミュニティに自分のデータを登録した。とにかくこの退屈を徹底的に破壊してくれる奴なら誰でもいいと、募集条件を「M-50地区内」「面白い奴」この二つのみ設定し、そのコミュニティ内の規約に従って適当な顔写真を投稿して、後はそのまま放置していた。
反応があったのはその四時間後ぐらい。いつもと同じようにバイトから帰ってコンピューターをチェックすると、「キルロイ」というハンドルネーム、今と全く変わらないサングラスの顔写真から「詳しく話を聞きたい」といった旨のメッセージが届いていたのだ。内心怪しみつつもそれに応じていると、気が付けば一緒に暮らす流れになっていた。その事の成り行きのスムーズさがまるで手品のように感じた事をよく覚えている。
親に引っ越す事を告げてアパートの契約を解除し、荷物をまとめるまで二日程しかかからなかったと思う。とにかく、「キルロイ」と知り合ってから一週間も経たない内に、この廃墟へ引っ越してきた訳だ。
実際に初めて会ったのは、ベレスフォードが送って来た地図を頼りになんとかこの廃墟を見付ける事が出来た時。風変わりな金髪の男は、本来は大勢の客人を迎える為の物であろう大きな玄関口にただ一人、ぽつんと立っていた。互いの姿を認めると、社交辞令の握手と名前を交わし合う。
「ジョナサン・ツシマ。また会えて嬉しいよ」
今思うと、あの時のベレスフォードの笑顔は、あいつ史上最高に人当たりの良さ気なそれだったのだろう。あれ以降、まるで心の底から幸せだと言わんばかりに笑う同居人を見た事が無い。
「また」会えて嬉しい――その時は咄嗟に、コミュニティ内のやり取り以来だということを言っているのだと思い込んだが、冷静になってからというものの、今の今まで腑に落ちていない。お互いに全くの初対面である筈なのに、あの言い方じゃまるで、以前どこかで会った事があるみたいじゃないか。……つまり、ベレスフォードの「昔から」は、既にここから始まっていたのだ。
正直に言えば、初めて見るベレスフォードに、よく分からない安堵を感じた事は確かだ。でもそれは、一人で目的地に辿り着く事が出来た安心感、或いはあいつの笑顔から来るそれに過ぎない。今となってはどうでもよい事だとすべきなのは分かっているが、俺が常日頃、同居人に感じている薄気味悪さは、明らかにそこから来ている。
出会って一日か二日ほどは、この食堂で晩飯を共にし、早速ベレスフォードの本職とそれに対する理解の要求、この独立した城についてありとあらゆる事を教わった。勿論、その大半は未だに理解出来ていない。出来ていなくとも、これまで特に支障は無かったから平気だと思う。三日目には既に、今のスタイル――ベレスフォードは三階、俺は五階の部屋で生活するというやり方――が形成されていた。最初の一週間程は内心、わくわくが止まらなかった。同居人はよく分からない裏社会っぽい事をして金を稼いでいるし、しかも自分もその手助けを出来るかもしれない。加えてこの一見おんぼろな廃墟はハイパーテクノロジーで満載なのだから、俺が浮かれるのも仕方がない事だと言えるだろう。その次の週、更にその次の週辺りから、そんな非現実めいた事件はそうしょっちゅうは起こり得ないと悟り始める事になるのだが……。
そこから、はや数年。俺達は何かを成し遂げる事もせずに、うだうだと有限の日々を潰していっている。まあ、こういう青春もありなのかもしれない。
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