第22話 グノーム遺跡

 ――グノーム遺跡

 冒険者都市アトラスの近郊にある遺跡の一つである。


 依頼人のグレイブたちとともにリオンとアリシアは、先日この遺跡で発見された隠し通路へと足を進めていた。

 奥へと進んでいくとそこには、スケルトンで溢れ返っていた。


 行く手を阻むスケルトンに、リオンが先頭に立って刀を振っていく。

 まるで流れ作業でもするかのように、襲ってくるスケルトンを次々となぎ倒していた。


 サポートに徹していたグレイブたちもリオンの戦い方に呆然と眺めているだけだった。


「なんというか……本当に君はFランクなのかい? オレたち三人で魔物たちを討伐しながら進んでいたというのにFランクの君がそれを成しえるなんてありえない話だろう? 本当は階級をごまかしているんじゃないか?」


「期待しているようで申し訳ないんですが、Fランクですよ。つい半月ほど前に冒険者になったばかりの駆け出し冒険者です」


「あんな魔法も使えるのにFランクなんてねえ、ちょっとおかしいわよ。なんだかつい最近、上級魔法を覚えた自分が恥ずかしく思えるわ」


 モニカは、悲しい顔を浮かべながら頭に手を当てた。

 遺跡に来る前にリオンの影魔法を目の当たりにしてからというもの魔法の腕が自分よりも上だと痛感していた。

 それなのに、自分よりも階級が下だという事実に、モニカはここに来るまでずっとショックを受けていた。


「リオンさん……少し気になったことがあるのですが、質問してもいいですか?」


「ああ、別にいいよ。いまは魔物のほうも落ち着いてきたことだし」


 丁寧な口調で質問してきたテレジアにリオンは快く聞くことにした。


「わたしたち、何度も復活するこのスケルトンに苦労したんですが、リオンさんは全然平気そうですよね。そもそも、リオンさんが倒していったスケルトンって復活しないみたいですけど、なにか裏技でもあるんですか?」


「え? ……ああ、そのことね」


 スケルトンは、言わばゴーレムに近い存在だ。

 無限に近い体力を持ち、破壊されても修復する機能を持っている。


 対抗策と言えば、教会から得られる聖水か、光属性の魔法による攻撃が有効となる。

 しかし、それらの手段を持っていない者にはスケルトンの討伐は難しいものとなる。


 それだというのに、先ほどからリオンに斬られていったスケルトンたちは修復することなく、身体機能を失ったようにピクリとも動かなくなっていた。


「簡単に言うと、奴らに纏っている霊力を断ち切ってやったからだよ」


「れ、れいりょく……ですか?」


「魔力みたいなものだという認識で構いませんよ。アンデッド系の魔物はたいてい、その霊力によって動いています。霊力は血液のように体中に張り巡らせていて一部分が離れたとしても霊力を使用して修復してしまうんです」


「つまり、その霊力のせいで、何度も復活してしまうわけですね」


「ええ、その通りです。ですが、この刀にはその霊力を吸収する能力があります。この刀で斬ってしまえば、アンデッドから霊力が消失するので修復することはありません」


 一通りの説明をし終えると、テレジアはリオンの刀を指差しながらモニカに声を掛ける。


「モニカ、あの剣どう思う? なにか聖水や光属性の魔法でも付与されている?」


「残念だけど、どれも違うわね。かなり高度な術式が何重にも組み込まれているわ。ただの剣かと思ったけど、この術式を見る限り、古代遺物級の魔道具と同等の代物ね」


 モニカは鑑定するような眼差しで刀をまじまじと見つめていた。

 その目は、まるで研究者の目をしており、刀に組み込まれた術式を解析しているように見えた。


「すいません……リオンさん。こいつ、こういうものに目がなくてもう少しすれば収まると思うので……」


「この刀なら後でまた見させてあげるので、いまは先に進みましょう」


「本当ですか! ありがとうございます」


 リオンから了承を得られてモニカの顔はパアッと笑顔を咲かせていた。


 それから、さらに奥へと進んでいくと、スケルトンたちが徘徊している広間に到着した。

 数は二十体ほど。大型のスケルトンの姿はおらず、どれもこれまで遭遇した同種のスケルトンが広間を占拠していた。


 その様子を、足を止めて窺っていたリオンたちは、その場で話し合いを始める。


「グレイブさん、あのスケルトンたちですが……このまま突き進んだ場合、追ってきたりしますか?」


「前回のときは、リオンさんの言うように最小限の敵を倒しながら一気に突き進んだが、最悪なことに後ろから追ってきたな」


「そのときはどうやって対処したんですか?」


「あのときはモニカが簡易的な結界を通路に張っていたおかげで追跡を防ぐことはできたが、ほんの数分、時間を稼げる程度で結界を破ってまた追ってきやがったよ」


「それで仕方なく、持っていた聖水でスケルトンを倒すことはできたんですが、数に限りがあるのであまり使いたくないんですよ」


 グレイブの話に捕捉するようにモニカが顛末を付け足した。

 いまの話を聞き、これからどうすべきか頭の中で思案する。


「しかたないですね……。それなら全滅させましょう」


「ま、待て! いくら君の力でも一人じゃあ対処しきれないだろう。オレたちだって戦力になるかどうか……」


「そのことについては考えがあります。みなさんは他のスケルトンの相手をしてください。俺が駆けつけるまでの時間稼ぎをお願いします」


「時間稼ぎ……か。それなら……なあ」


「私は大丈夫よ」


「わたしもたぶん大丈夫です」


 グレイブに呼応するようにモニカとテレジアもリオンの提案に同意を示す。


「アリシアは、みんなの支援を頼む」


「はい、任せてください」


 最後にアリシアの返事を聞いた後、リオンは広間の中へと足を踏み入れる。

 それが気付かれる合図だったのか、スケルトンたちが一斉にリオンのほうへ顔の骨を向けた。


 大勢で向かってくるスケルトンたちを前に、リオンは毅然とした態度で立ったまま影による召喚を発動させる。

 足元の影がスケルトンのいる前方へと広がり、その影の中からアンデッドが姿を現す。


「とりあえず二体ほどでいいかな……。いけ、オーク・ジャイアントに死の将軍デス・ジェネラル。目の前のスケルトンどもを薙ぎ払え」


 二体ともリオンの命令に頷き、すぐさま行動に示した。

 オークと騎士甲冑に身を包んだスケルトンが敵に向かって駆け出していく。


「では、グレイブさんたちもお願いしますね」


「……え? ちょっ!?」


 突如として出現したアンデッドたちに困惑するグレイブたちを置いてリオンはスケルトンの集団へと立ち向かっていった。


「ハアッ!」


 集団戦においてのリオンの戦いはまるで修羅の如く。

 次々と向かってくるスケルトンに刀を手に斬り伏せていく。

 不意を突かれたとしてもリオンの魔法とアリシアの障壁によってスケルトンたちからの攻撃を防いでいる。


(それにしても、獣型のスケルトンばかりいるな)


 隠し通路に入ってからというもの遭遇するスケルトンはみな、獣型ばかりで人型のものは一体も見当たらなかった。


 小さな疑問が頭に残ったが戦いに支障はない。

 リオンが召喚したアンデッドも幾度となく復活するスケルトンたちの足止めをしており、もはやスケルトンなど敵ではないように見えた。


 リオンの刀と魔法による攻撃とアリシアの連携に戦闘中だというのにグレイブたちは目を奪われていた。


「何度見てもあれほどの戦い慣れている奴がFランクなどまったく信じられんな」


「それに、あの魔法。どれも初級魔法なのにかなりの威力がありますね」


「あの娘もそうよ。ただの助手で非戦闘員かと思いきや、けっこうやるわね。初級の防御魔法であれほど強固な障壁なんてそうそう出せるものじゃないわ」


 二人の戦いぶりにグレイブたちは口々に賞賛の声を口にしていた。


「っ!? オイ! テレジア、後ろ!」


「……え?」


 リオンたちに気を取られてしまい、獣型のスケルトンが牙を剥き出しにしてテレジアの背後から襲い掛かってきた。


「《シールド》!」


 詠唱後、テレジアの後ろに障壁が出現し、スケルトンの攻撃から守ってくれた。


「ハアアァッ!」


 救援に駆けつけたグレイブの手によってひとまず危機から逃れることに成功した。


「大丈夫か?」


「た、助かったわ。ありがとう……」


 その後、テレジアを襲ったスケルトンもリオンの手によって討伐され、戦闘はわずか数分で終了した。


「ふう……。これで全部だな」


「なかなかやるな、リオンさん。聖水を使わずに突破できるとは思っていませんでしたよ」


「アリシアさん、さっきはありがとね」


「いいえ、私にはこれくらいしかできませんから」


 勝利の余韻に浸りながらリオンたちは、その広間で小休止を取ることにした。

 その時間を使ってアリシアは、リオンやグレイブたちに治癒をかけながら万全の状態にしようと動き回っていた。


「そういえばリオンさん、先ほどの召喚したアンデッドはやはり使役したものかなにかですか?」


「ええ、そうですよ。でも安心してください。俺の命令以外で人を襲わないようにしつけているので、一応安全ですよ」


「魔物のテイマーは聞いたことはあるけど、まさかアンデッドのテイマーがいるとはね……。初めて見たわ私」


「たしかにそうね。……アリシアさんも攻撃魔法が一切使えないって聞いていたけどそれでもあれだけの防御魔法や治癒魔法があればFランク以上の素質があるわ。もしかしたら私たちと同じくらいあるかもよ」


「そ、そんな……。私なんてまだまだですよ。リオンさんみたいに戦い慣れしていませんし、そもそも私みたいなのがみなさん同じなんておこがましいです……」


 などと自分を卑下するような言葉を口にしながらまたもや自己嫌悪に浸っていた。


「ア、 アリシアさん……?」


「ああ、気にしないでください。いつものことなので……」


「ん? ……そうなのか?」


 その後、十分に休憩を取ったリオンたちは、遺跡のさらに奥へと進むことにした。

 道中、またもやスケルトンと遭遇するが、広間にいたスケルトンよりも数は少ない。問題なく、リオンの手によって討伐され、先へと進む。


「……ここです。ようやく着きました」


 しばらくすると、明らかになにかありそうな雰囲気を漂わせる扉がリオンたちの行く手を阻むように立っていた。


「この奥に依頼するときに言った強大なアンデッドが待っています」


 いよいよリオンたちは、問題のアンデッドがいる場所までたどり着いた。

 リオンは、扉越しからでも伝わる霊力の圧に押され、少しばかり緊張した面持ちで扉を睨んでいた。

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