第18話 忘れ去られた魔法

 ゴブリン討伐の報酬は微々たるものだったが、その前に貴重な硬貨を売ったおかげでリオンたちの懐にはゆとりがあった。


 そのお金でリオンたちは、アトラスの中でも少し質の高い宿屋に泊ることにした。

 リオンは最初、一人一部屋のところにしようとしたが、アリシアに止められ、二人一部屋のところになった。


 リオンと話をするにはそうしたほうが、都合がいいという理由だが、リオンとしてはそれはどうなのかと少し戸惑ってしまった。

 リオンは平気だが、若い男女が一緒の部屋になることにアリシアは気恥ずかしい思いをしないのだろうかと心配になったが、どうやらその心配はなさそうだ。

 今のアリシアには、そのようなことを考える余裕がなく、ただリオンのことを知りたいという気持ちでいっぱいになっていたからだ。


 泊まる場所が決まり、宿屋で食事をとった後、お互いに会話がないまま時間が過ぎていった。

 そして、住民たちが寝静まるような深夜の時間帯になり、二人はベッドに向かい合うように腰掛けながら座ると、アリシアのほうから切り出す。


「……そろそろ教えていただけないでしょうか? リオンさんが使う死霊術について」


「その前に聞きたいんだが、死霊術のことは本当に知らないんだな?」


「……は、はい? 今回で初めて知りましたが?」


「やっぱり師匠が言っていたことは本当だったようだな。本当にこの数百年でみんなから忘れ去られたみたいだな」


 アリシアに聞こえないくらい小さな声でポツリとそう呟いた。


「……あ、あの?」


「ああ、悪い。なんでもないから気にしないでくれ。ええと、まずはそうだな……死霊術の基本について教えていくか。死霊術には大きく分けて三つの種類がある」


「三つですか……?」


「『屍体したい』、『魂魄』、『霊力』、死霊術を極めればこの三つを操ることができる」


「……? 私はそちらの方面に明るくはないのですが、後ろの二つは同じではないんですか?」


「確かに魂魄と霊力は同じように聞こえるかもしれないが、厳密には少し違うんだよ。まあ、その辺はひとまず後にして、まずは『屍体』について話していくよ」


 そう前置きをしながらリオンは話の続きを口にする。


「屍体はその名前の通り、屍となった体を自分の意のままに操り、使役することができるようになる魔法だ。……念のために言っておくが、これは死者の蘇生でもなんでもない。死霊術によって仮初の魂が与えられた人形のような存在になるだけだ。そこに、元の体の持ち主の意思はないからな」


「……ということは、ゴーレムに近い存在になるんでしょうか?」


「認識としてはそれに近いな……。俺の命令には絶対服従……いや……」


 するとそこで、急にリオンの口がどもり始める。

 最後まで言葉を終わらせず、なにやら考え込んでしまった。


 アリシアが少し心配そうにリオンを見ていると、考えが纏まったのか、リオンは「……ただ」という言葉を付け足しながら話を続ける。


「この前も見せたが、複数の死体を合成させて一つの強大なアンデットを造りだしたのは覚えているだろう?」


「は、はい……最初に会ったときのですね」


「どういう条件でそうなるのかまでは分からないが、それで自我を持ったアンデットが生み出されるんだよ」


「自我ですか?」


「オマケにそういうアンデットは、他と比べて段違いに強くて頼もしいんだが、成功率が限りなく低いんだよ。俺もこれまで何度も試してみたが、成功したのはたったの三体。師匠でさえ、七体もいるのにな……」


 リオンは残念そうな顔をしながらため息を漏らしていた。


「ええと、私も実際に見たことがないので共感できないんですが、そんなに強いんですか?」


「俺が言うのもなんだが、かなり強い! 前に魔物の住処に放り込んでみたが、一瞬で全滅させていたくらいだからな。……確か、百体はいたかな?」


「ひゃ、百体!? それって一体でですか?」


「ああ、そうだよ」


「……実際に見せていただくことはできますか?」


「そうしたほうが一番手っ取り早いんだろうが、どいつも我が強いせいで行動がさっぱり読めないんだよな。主人の俺に危害を加えることはないけど、それ以外となると、どうなるか?」


 アリシアの身の安全を心配してリオンは召喚するのを渋っていた。

 さすがにその話を聞くと、アリシアもそれ以上、お願いする勇気も出ず、


「そ、それならもういいです……。機会があるときでいいです」


 ひとまず先延ばしにして断ることにした。


「……屍体に関してはこれくらいかな。次は『魂』についてだな。これは対象の生死に問わず、魂に干渉する魔法だ」


「質問ですが、生きている人間の魂は分かるんですが、死者の魂はどうやって対象に取るんですか? 普通、見えないと思うんですが?」


「その点は大丈夫だ。死霊術の中には魂を可視化する魔法があって、それで視界にいる死者の魂を確認することができるようになるんだよ」


「そんな魔法が……」


「ちなみに、ただ視えるようになるだけじゃなくて会話や触れることだってできる」


「そ、そんな奇跡みたいなこと教会の人間でもできませんよ! ……なんでそれほどの魔法がどの文献にも載っていないんでしょうか?」


 おそらくこれまで数え切れないほどの本を読んできたからこそ浮かんでくる疑問なのだろう。

 リオンも文献にすら載っていないことを知り、少し寂しい層にしながら目を伏せていた。


「師匠の推測が正しければ……たぶん、教会絡みのせいだろうな」


「……リオンさん? なにか言いましたか?」


「いや、なんでもない。……それよりもこれを見てくれ」


 そう言ってリオンは、一冊の黒い本を取り出し、アリシアに見せる。

 分厚く製本されたその本は、アリシアの目には魔導書のようにも見えていた。


「……魔導書……ですか?」


「これは師匠がつくった魔道具で、死者の魂を封じ込める本だ」


「た、魂って!? まさかこの本には……」


「お察しの通り、この本のページ一枚一枚に今まで捕らえてきた死者の魂が眠っている。ページに魔力を込めれば、本から出すことができる上にこの本に封じられた魂たちは俺の支配下にあるからアンデット同様に命令することもできるんだよ」


「なんでこんなものを……」


「死者の魂は死霊術士にとっては攻撃の手段にもなるからだよ。さっきの戦闘でも見ただろう? 急に爆発が起きたり敵が苦しみ出したところを」


 ハリソン一味との戦闘について話すと、アリシアは思い出したかのように頷いた。


「あれも死霊術の一種なんですか?」


「ああ、そうだ。前者は、地上にある魂が持つエネルギーを暴発させて爆発を巻き起こす『魂爆』という技。後者は、対象者に他の魂を強制的に憑依させる『ソウル・ポゼッション』という技だ」


「どちらもすごい魔法でしたね。……でも魂爆というのは少し威力が弱いように見えましたが?」


「あれは、魂が消滅したときに残る残骸……俺たちは思念体と呼んでいるんだが、それを使用しているせいだよ。思念体は地上のあちこちにあるけど、元の魂ほどエネルギーの量が少ないからあんな小規模の爆発しか起こせないんだよ。……それに一つの魂を暴発させると、辺り一帯が焼け野原になる恐れがあるからあまり使いたくないんだよ」


「……それを聞くとなんだか恐ろしく感じますね」


「実際、危険な魔法も多いからな。『ソウル・ポゼッション』だって魂に刻まれた生前の記憶を相手に植え付けて精神を蝕むことができるし、その他にも名前は同じだが『魂縛』といって生者の魂を支配して一定時間、拘束する魔法もあるんだが、有効範囲が短いのが難点なんだよな……」


 あまりにも圧倒的すぎる死霊術の正体にアリシアは唖然としていた。


「……まあでも、これだけ聞くと敵無しの魔法に聞こえるけど、どれも精神にダメージを与える魔法が多いから必然的に精神力が高い人には効きにくいんだよ」


 悩まし気な表情をしながら死霊術の弱点について告白するリオンだが、それでも十分すぎるくらい脅威になるのではと、アリシアは胸中でそう考えていた。

 覚悟の上で死霊術について聞いたのだが、どれも規格外な強さを持っているせいでアリシアの脳内は今にもパンクしそうになっていた。


 それでもリオンの話は続き、いよいよ最後の『霊力』について説明が始まるのだった。

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