第二章 冒険者都市アトラス編

第10話 入国審査

「ハア……まさか、王都の場所が変わっているとはな……」


「……誰でも知っているような一般常識のはずなんですが、まさか知らなかったとは……」


 返す言葉もなく、リオンは黙りこくってしまった。


「改めて説明しますと、大昔に王都は一度陥落したんです」


「陥落……? どこかの国が戦争でも仕掛けてきたのか?」


「おおむね合っていますね。相手は魔王軍です。王都は魔王軍の侵攻によって攻め落とされたんです」


「……魔王軍?」


 魔王軍のことなど知らないリオンは、オウム返しのように口にしていた。


「魔族の軍勢のことです。王都は陥落しましたが、そこにいた王族や民たちは国外へと避難しました。その後、王都は長らく魔王軍に占拠されていましたが、そこに現れたのが勇者様です」


「へえ、勇者なんてものがいたのか?」


「勇者と言っても過去の人が勝手につけた呼称です。正しくは大勢の冒険者たちを引き連れて実際に魔王を討ち取った冒険者のことをそう呼んでいるんです」


「魔王を倒すなんて、その冒険者かなり強いんだろうな」


「そうですね。今でも語り継がれている存在で、しかも大勢の冒険者たちを束ねていた存在でもありましたからカリスマ性もあったんでしょうね」


「……それで、その後王都はどうなったんだ?」


「魔王軍を倒し、王都を奪還したもののすでに王都に住んでいたものたちは別の場所で国を築いていたので王都に戻ることなく、新しく築いた国を新たな王都として定めたんです」


「なるほどな……。それで王都の位置が変わっていたのか」


 今の話でようやく合点がいった。

 要するにロゼッタから渡されたあの地図は魔王軍が攻めてくる前のものであったためこの辺をいくら探しても王都が見つかるはずがない。


 完全に無駄足をしていたようだ。


「それから長らく旧王都は放置されたままでしたが、魔王軍に勝利した冒険者たちがその国を復興させ、いつしかその国は冒険者たちが集まる場所へと変わっていきました」


 そう言い終えるのと同時にリオンたちは長い森の中をようやく抜け出し、開けた場所へと辿り着いた。


「リオンさん、見えてきましたよ。あそこがかつて王都だった国です。いまでは冒険者都市――アトラスと呼ばれています」


「ホント長い道のりだったな……」


 ようやく人が大勢いる国へと辿り着くことができたリオン。


 リオンは高台から見えるアトラスの外観を見て感嘆の声を上げていた。

 元々が王都だったため、面積は広大。国を守るように高い外壁がそびえ立っており、その中には数々の建物が建っていることから人の往来が激しそうに見える。


 この世界に転生してずっと人里離れた場所で生活していたリオンには、目を奪われるような光景だった。


「行きましょうか、リオンさん」


 アリシアに手を引かれ、リオンたちは足早にアトラスへと向かった。


「……オイ、なんだあれは?」


 このままアトラスへ入国……というわけにはいかず、リオンたちはある場所で足止めを喰らっていた。


「入国審査をする関所みたいなものですね」


「それにしたってこの行列はなんだ? さっきから全然進んでいないんだが……」


 リオンたちはいま、アトラスに入国するため長蛇の行列に並んでいた。

 さすがは冒険者都市といったところか、行列の中には剣や杖、防具を装備したいかにも冒険者のような風貌の人たちが並んでおり、中には馬車を引き連れた行商人の姿もあった。


「これだけの人数ですから……もうしばらくかかるかと……」


「それにしても入国審査か……ちょうどよかったな。あのままの服装だったら絶対に引っかかっていたからな」


「本当にありがとうございます。あいにくあの服しか持っていなくて……」


 現在、アリシアの服装はあの豪奢なドレスではなく、リオンから借りた服を着用しておりその上にフード付きの外套を着込んでいた。


 この服装にしたのはリオンに考えがあってのことだった。

 あのままでは、人目に付くばかりでなく、場合によってはアリシアの素性がバレてしまう恐れもあった。


 アリシアとしてはもう二度とグランディード王国とは関わり合いたくなかったためリオンの提案を快く受け入れた。


「これが終わったらすぐにアリシアの服を買ってあげるからもう少しだけ我慢してくれ」


「い、いいえ、我慢なんて……貸していただいている立場なんですから文句なんてありませんよ」


「そうか……。ところで、話は変わるがよかったのか、なにも髪まで切る必要なかったのに」


 初めて出会ったときに見た腰に届くほどの長い髪はどこへやら。肩に届く位置にまでバッサリと切られていた。


「これからは新しい人生を歩むんですからこれくらい……。それに、入国審査があるならむしろちょうどよかったです。これなら誰もグランディード王国の姫だなんて思わないでしょう」


「……アリシアがいいなら俺からはこれ以上言わないよ」


 それからさらに一時間が経ち、ようやくリオンたちの番が回ってきた。


「ええと、次は君たちか……。ここに来た目的は?」


 門番の兵士からそのような質問をされたためリオンは素直に答える。


「冒険者になりに、この国に来ました」


「それで、名前は?」


「リオンです」


「……ア、アリシアと言います」


 若干緊張した面持ちでアリシアは自分の名前を口にした。

 兵士は、リオンたちの顔を見ながら分厚い紙の束をめくっていた。


 その行動に疑問を抱いたリオンは隣にいるアリシアに向かって小声で訊いてみた。


「なあ、あの兵士いったいなに見てんだ?」


「おそらくですけど、犯罪者のリストかと思います。治安の悪化や国民たちに危害が及ばないようにするために調べているんじゃないでしょうか?」


「俺は問題ないと思うけど……アリシアのほうは大丈夫なのか? 別の国で暮らせないように根回しされているとか……そういう心配はないよな?」


「そ、それは大丈夫……ではないですね、きっと……。きっと追放だけじゃ飽き足らず私が苦しむさまを見るために犯罪者扱いにしているかもしれませんね。……アハハ」


 ネガティブな発言をした後、アリシアは乾いた笑い声を静かに上げていた。

 そんなアリシアの姿を見ていると、兵士の確認がようやく終わったようでリオンたちに話しかけてきた。


「……該当者はなし。問題はないようだな」


(……ほっ。よかった……)


 ほっと一安心していると、続けて兵士がまたもや質問をしてきた。


「それでお前たち……身分を証明するものは持っているか?」


「……さっき名前を言ったから必要ないんじゃないですか?」


「そうもいかん。たとえ犯罪者でなくとも身元が分からないものを入れるわけにはいかないのでな」


「……っ」


「どうした? 持っていないのか?」


 なにも答えないリオンたちを不審に思い、兵士が詰め寄ってくる。

 リオンは一つため息をこぼしながら兵士の質問に答える。


「実はここに来るまで俺たち、遠い山奥にある村に住んでいたのでそういうのを持っていないんですよ。その場合はどうしたらいいんでしょうか?」


「……そうか。その場合は通常よりも多くの入国料を払ってもらうことになるがいいか?」


「は、はい、大丈夫です」


「さっき、冒険者になるためにここに来たと言っていたが、それならそこで冒険者用の身分証明書が発行されるからすぐに言ったほうがいいぞ。どの国に行っても身分を証明するものがなければ無駄に入国料を取られてしまうからな」


「わざわざありがとうございます」


「……それでは入国料だが、二人だから合わせて銀貨二十枚だ」


「はい、分かりました。……ん?」


 入国料の値段を聞いた途端、隣にいるアリシアがリオンの服の裾を掴みながら呼びかけてきた。


「リ、リオンさん、どうしましょう? 私、身一つで追放されたのでお金なんて持っていないのですが……」


「ああ、それなら心配するな。師匠から持たされた分があるけど……二十枚くらいならさっき頂いたから」


「さ、さっき……?」


 まるで訳が分からないといった顔をしているアリシアを尻目にリオンは小さな布袋を取り出し、そこから銀貨を抜き出し、兵士に渡した。


「……よし、二十枚ちょうどだな。通っていいぞ」


「ああ、ありがとうな」


「ご、ご苦労様です……」


 無事、入国審査を通ることができたが、アリシアにはまだ疑問が残っていた。


「さっきのお金、リオンさんのではないんですか?」


「あれは、盗賊団の連中から手に入れた戦利品の一つだよ」


「そ、そうだったんですか……? ああ、そういえば、死体からなにかをまさぐっていましたが、そういうことでしたか」


「どうせ後で素体になるんだから持ち物を自分のものにしても問題ないだろう」


「そ、そうですね……」


 平然と言ってのけるリオンに対してアリシアはどう反応すればいいのか分からないままアトラスへと入国するのであった。

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