転生霊能者の死霊術 ~不死の魔女に育てられた男は異世界で最強を目指す~

栗原愁

第一章 死霊術師編

第1話 霊能者の最期

 死というのは、本人の意思とは関係なく突然訪れる。

 男は今まさに、死ぬ淵に立たされていた。


 ……初老の男に拳銃を突きつけられた状態で。


 男は、有名な霊媒師だった。

 霊媒師と聞けば、胡散臭いイメージがあるが、男の実力は本物だった。


 生まれつき幽霊を視ることでき、さらに対話も可能という能力を持ったおかげで、数々の霊障れいしょう相談を解決に導いてきた。

 最近になって、メディアにも取り上げられるほど有名になり、まさに人生の絶頂期だった。

 しかし、それもたった一つの案件が原因で命の危機にまで発展してしまった。


 事の発端は、幽霊関連で悩みを抱えた大物政治家と対談し、生放送中に除霊するという番組の企画が始まりだった。

 テレビの出演経験はなかったが、男は面白そうだという理由で快く了承した。


 そして、実際にその政治家に会ってみると、男は驚いた。


 確かに幽霊に憑りつかれていたが、その数が尋常じゃなかった。

 男は、幽霊たちから事情を聞き、生放送中にその内容を暴露した途端、政治家は激怒していた。


 それもそのはず、その幽霊たちは政治家が原因で死んでいった幽霊たち。しかもその原因も法に触れるものばかりだった。

 男はただ仕事をこなしていたのだが、これがテレビだということをすっかりと忘れてしまったばかりに放送事故を引き起こしてしまった。


 当然、生放送は中断となり、男はテレビ局を追い出されてしまった。

 そして、その帰り道、何者かに拉致されて男は今の状況に陥っていた。


「貴様、よくもわしに……恥をかかせてくれたな……」


 真っ先に男は、目の前のことよりも今の状況の把握に専念した。


 豪奢な内装の部屋にポツンと置かれた椅子に縛り付けられた状態で男は座っていた。

 周りには、黒スーツに身を包んだ男性が複数。そして、男の目の前には先ほどまで霊障相談に受けていた政治家が拳銃を手に脅迫まがいなことをしていた。


 これだけで自分がどのような立場にいるかなど、簡単に推測できる。

 男は、分かっていながら皮肉交じりに言葉を吐いた。


「……恥? なんのことだ? あんたが権力者に金をばら撒いて今の地位を築いたことか? ……それか、あんたが若いころに婦女暴行の罪を犯していたことか? ……それとも――」


「黙れっ!」


 パンッ。

 怒号と同時に拳銃の発砲音が数発放たれた。


「――っ!?」


 拳銃の弾は男の腕や足に被弾し、次の瞬間、強烈な痛みが男を襲った。

 被弾した箇所からは、血が流れており、これはたんなる脅しではなく、本気で殺す気でいると、男はようやく気付いた。


「……うっ、それであんたの望みはなんだ? 目的もなしに俺を拉致したんじゃないだろう」


「そうだ! 貴様には先ほどの発言を撤回してもらう」


「先ほどの発言……? はて、どれのことかな? さっきの発言か? その前のテレビ局でのことなら、いろいろと言ってしまったせいで自分でもなに言ったのか覚えていないんだがな」


「番組中の発言に決まっているだろうが! 今まで築き上げてきた地位が台無しになってしまう前に貴様の口からすべて虚偽の発言だったと認めてもらい、世間に公表させる!」


 事前に予想していた通りの要求だったが、その要求を素直に聞き入れる気が男にはなかった。


 これでも男は、霊媒師を生業にしているためここで相手の要求を呑んでしまってはのちのちの仕事に影響が出てしまう。

 それに、この仕事に誇りを持って取り組んでいるため、そのプライドを守るためにも要求を呑むわけにはいかなかった。


「残念だが、それはお断りだ」


「な、なんじゃと……!」


「ハリボテの地位を守るために犠牲になんかなりたくないからね」


「な、舐めた口を……。これがただの脅しの道具だと思うな!」


 初老の政治家は、引き金に指を掛けたまま男の額に拳銃を突きつける。


「……だろうな。さっきの発砲でそれぐらいやるだろう……あんたなら」


「だ、だったら……」


「でも、いいのか? 俺が死んだら困るのはお前なんだぞ」


「……っ?」


 男の理解不能な言葉に初老の政治家の手が止まった。


「言っておくが、俺の力は本物だ。幽霊を視ることができるし、会話もできる。お前の過去の悪事だってあんたに憑りついている霊から全部聞いたんだぜ」


「そ、それがどうした!」


「アハハ! あんた何しに俺のところに来たんだよ。……一つ聞くが、俺と会ってから体の調子はどうだ?」


「……っ!? そうだな……すこぶる快調じゃ。体のだるさも頭痛や幻聴も聞こえん……まさか!?」


「そうだよ……俺が霊たちを押さえつけているおかげだよ。俺が死んじまえば、あんたに憑りついた霊は一気に解放されて今度はなにをするやら……」


 男の言葉に恐怖したのか、初老の政治家の顔から汗が湧き出していた。


「どうだ? これは脅しなんかじゃねえぜ」


 互いに下手に動けない状況。

 初老の政治家もこれで引き下がるか、男はそう思ったが、


「……ふん。そんなハッタリに引っかかるか」


「……ハ?」


 予想に反した返答に男は少々戸惑ってしまった。


「一瞬、馬鹿な妄想に引っかかってしまったが、そんなオカルト話をわしが信じるとでも? 大体あの番組だって出演目的で出ただけだ。あんな相談などついでじゃ」


「……」


 どうやらオカルト関係に否定的なため、男の言葉など聞き入れる気すらないようだ。

 男は憐れむような目を向けながら静かにため息を吐いた。


「わしの過去をどこで嗅ぎ付けたかまでは知らないが、ここで始末してしまえばそれで済む話だ。……残念だったな、騙せなくて」


「あんたこそ残念だな……。これから地獄を見る羽目になるなんて」


「ふん、なんとでも言え……死ね!」


 政治家の手に持っていた拳銃から乾いた音が鳴り響いた。


「――あぁ……ざまあみろ」


 拳銃の弾丸は男の額を打ち抜き、男の体は床へと倒れ込んだ。


 痛みなどない。

 もう感覚すらない。

 男はただ死を受け入れるだけだった。


 ただ一つ心残りは、あの政治家の末路を見ることができないのが無念だった。

 面白おかしく笑ってやろうと密かに男は考えていたのに非常に残念だ。


(そういえば、あの世なんか本当にあるのかね? いやあ、楽しみだ)


 これまで数多くの霊を除霊してきたが、その霊がどこに行くのか、今まで男は知らなかった。

 そのため男は、死への恐怖というよりもあの世への興味のほうが勝っていた。


 男はあの世への妄想を膨らませながら、プツンと意識が途切れてしまった。


 ――あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 いつのまにか途切れしまった意識も回復したのだが、異様に瞼が重い。


 男は重い瞼を上げ、目を開けると、


(…………ん?)


 しばらくの間、男は思考停止状態に陥ってしまった。

 先ほどまでの絢爛な部屋はどこへやら。生活感あふれる木造の家屋の部屋が男の目に映った。


 男が混乱している中、ふと横に顔を向けるとさらに驚くべきことに気付いた。


 そこには、なんの変哲もない大きな鏡が置いてあったが、問題はそこに映っているものだった。

 一人は、闇色のワンピースに身を包んだ美しい女性の姿。もう一人は、その女性の腕に抱えられている赤ん坊の姿が鏡に映っていた。


 男はまさかと思いつつ腕を上げてみると、案の定、鏡に映っている赤ん坊も同じ動きをしていた。


(あー、まったくなんて悪夢だ……)


 男はどうやら、あの世を見ることなく、転生してしまったようだ。

 願望を叶えることができず、これからどうしたものかと転生早々、ため息をついた。

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