枯女が異世界転生したら妹が皇帝として君臨したせいで国を追われた私は亡命した国でのんびりスローライフ……のはずが、戦争に巻き込まれ女騎士団長になってしまったので自由を取り戻すために妹と戦うことにした。

江藤公房

第一章 皇女革命

転生者はかく語りき

第1話 私の略歴。あるいは死ぬまでの回想録

これは多分、前世の話になるんだろうか。


私には二歳年下の妹がいた。これがまた良く出来た妹で、お人形のように愛らしい顔に抜群のスタイル、それでいて恐ろしいまでに頭が良かった。


私がそこそこ大学をほうほうの体で卒業して、まあまあ株式会社の会社員として男運に恵まれず女を捨ててバリキャリと化していた頃、天に二物を与えられた妹は外国の一流大学を飛び級で卒業し、私より先に社会人として日本の研究機関に勤務していた。


凡庸たる私には研究機関とかいう胡散臭いところがどんな勤務体系になっているか知る由もないが、私が会社の後輩から影で「ワーホリの行き遅れBBA」と呼ばれていることを知り半ばヤケクソで参加した合コンで大いに暴れその結果、お持ち帰りされるどころかその場に放置され道端の石ころのように転がりめそめそ泣く羽目になっていた頃、妹は職場で知り合ったという恋人とイチャイチャコロコロ。それでいて仕事も順調らしいから、きっと妹の勤め先はワークライフバランスに重きを置いた素晴らしい職場なのだろう。


仕事に明け暮れプライベートは散々な日々。若い時には夢見ていた憧れも何処かへ遠く、ただ業務に没頭して枯れていくのが私の人生だった。


一方の我が妹は、頭脳明晰にして才色兼備に相応しい職場環境と地位を経て、私生活も充実していると言うのだから妬ましい。


だけど私は知っている。妹は自分の能力に驕らず、その能力を最大限活かすための努力を惜しまなかったこと。その結果が幸せな彼女の今の人生であるのだから、妬み以上に尊敬できる。


同じ血を引く私と来たら、努力は敵であると子供の時分に標榜し、なるべく楽に、なるべく苦労を避けて一切の努力もせずに流される人生を送ってきたのだから、当然の帰結だと思う。


働きたくない、ぐうたらして過ごしたいと願えば願うだけ仕事は過酷となり、使う時間もなければ使う目的すらない預金通帳の残高だけがみるみる増えていく。


これはこれで幸せなのかしらと女性週刊誌に出てくる似たような境遇にいる喪女達の声に勇気を貰いながら、それでも結局は適齢期のうちに永久就職をして、昼のワイドショーをリアルタイムで眺めながら優雅に暮らしたいという欲求が湧いては現実とのギャップに苦しむ羽目になる。


根本が怠惰な割には仕事をして、それなりに成果を残せているのが不幸中の幸いだろうか。


だけど、世間ではキャリアに生きる女性を新しい生き方として持て囃す傾向にあるけれど、望んでそうなった訳ではない私には迷惑もいいところ。


よく仕事が出来る女はモテないというが、私の場合モテないから仕事をする他ないという現実を無視してはいけない。


後輩からババア呼ばわりされているのがいい証拠だ。……いや、ババアってことは一応女扱いされているか? ならばワンチャン後輩と飲みに行って「終電無くなっちゃったね……///」を敢行し、捨て鉢の既成事実を作ってしまえばいいのだろう。さすれば私はハッピーだ。十中八九「ちょっと待って! 諦めるのはまだ早いよ」されるのが落ちだろうけど。


冷静に考えれば、どちらに転んでも何だか居た堪れないな私。30真近のアラサー女子としては、キャリアだけじゃなく私生活も充実したい!


だからこそ私生活もキャリアも共に充実した毎日を送る妹が眩しく見えるのかな。


妹とはあまり仲が良くない。……と思っているのは案外私だけなのかもしれない。妹の紗香さやかは頻繁に私に電話してくるし、時々買い物や食事にも誘ってくれる。


シンプルな姉妹への好意を持って接してくれる紗香には感謝しているけれど、私が妬美ねたみ嫉美そねみ僻美ひがみの三人を友達に選んでしまったせいなのだろう。優秀な妹を前にして姉である私はいつだって劣等感に苛まれていた。


姉より優れた妹などいない! と叫びたいが、私自身が怠惰であり凡庸である自覚があるだけに、自分が悪いと一言片付けられてしまうのがただただ辛い。


ただの妬みだし、人生ままならないことに対する苛立ちを妹へ八つ当たりする訳にもいかず、悶々とした毎日を過ごしていた。


だけどどんな人間にも人生で一番と呼べる大きな出来事がやってくるらしい。


私の務める会社は伝統ある日本企業にありがちな男社会。どんな有能でも女が出世することはあり得ないとされていた。


今を輝くバリキャリウーマン達にとって、これは屈辱であり性差別的な扱いであると憤り、PCポリティカルコレクトレスを棍棒代わりに性差別を駆逐せんと戦うソーシャルジャスティスウォーリアーへ変貌させるに十分なことだろう。


私はそもそも、さっさと結婚して会社を辞める計画だったので出世しなくても関係ない、自分とは無縁の話だと思っていた。


当時の私は出世欲なるものは待ち合わせていなかったし、出世して管理職になっても忙しさが増すだけなのは目に見えており、むしろ私からしたら女性だから出世出来ないというのは願ったり叶ったりな話だった。


しかし残念なことに、弊社は女性管理職不在の状況を女性の社会地位向上を標榜とする人権団体に見つかってしまい、容赦なくポリコレ棒でぶっ叩かれるはめになった。


かつて左翼の象徴といえばプラカードの柄から派生したゲバルト棒であったが、今では形こそ無いものの角材よりも強力かつ平和的なポリコレ棒が一切合切を粉砕する時代だ。


人権団体の槍玉に挙げられ、名指しで批判された弊社。会社というものは良くも悪くも社会的評判に業績を左右させられるものであるということは、21世紀に生きる我々現代人においてはもはや常識だろう。


突如吹き荒れたフェミニズムの嵐に会社の業績は徐々に右肩下がり。目に見える形で落ち込む契約件数に焦った上層部は社内改革を実施。具体的には女性人材の積極活用と銘打った人事の刷新。


そこで適任というよりただ目をつけられただけの私が大抜擢。


資質とか本人の意欲とかそんなものお構いなしに、ただ政治的な正しさだけを求めた結果、ボンクラで暗愚な一企業人であり、仕事をしたくないものの、仕事せざるを得ない二律背反な消極的積極性でのみ義務を遂行する被雇用者の私が、あろうことか課長になってしまう。


責任は増すのに給料は大して増えないのが下級管理職たる課長の辛いところ。


部下の責任は貴女の責任。上司のヘマは君の失敗。だけどお給料は据え置きね。


会社からこう宣言されたも同然の昇進辞令を受け取った私の心中たるやは、言わずもがな大荒れだ。


いや、荒れた理由はこれだけじゃない。


何せ先代の課長や課長代理をすっとばしての昇進。経るべき段取りを踏まずしての昇進は、社内の出世競争に負けまいと一歩ずつ出世街道を歩んでいた者にしてみれば、政治的に正しいというだけでの出世。憎みや妬みの対象たり得る。


ましてや、出世街道の本流、社内最大学閥に属していた前課長が今や見るも無残なシュレッダー係に降格してしまった現実を直視しようものなら、年功序列型出世席次の順番待ちが遅かれ早かれ形骸化する予兆と言えた。


されども形だけみれば、封建的な古臭い企業から女性管理職が誕生した事実は、外に与える驚きがあったらしい。


たがが課長が一人女になったから何だと言うものだが、それ以前に私が属する会社はどれほど堅物だと思われていたのやら。


ことの次第と責任が増えた愚痴を誰かに聞いて貰おうと妹に電話した結果、欲しかった同情は得られず、代わりに妹は出世を言祝ぎ私をディナーへ誘い出す始末。


本人がどう思っているかに関わらず、どうやら人から見た場合これは結構大きな出来事なようで、自分を客観的に見て、ようやくぱっとしない自分の人生では確かに一番の出来事なのだろうと理解はした。


理解はしたけど嬉しくない。


そして悲しいかな、この嬉しくない出来事こそが自分の人生の最後の出来事だったりする。


それはとある日、妹が約束通りに出世祝いのディナーをご馳走してくれると言うので、タダで頂けるものでしたら何でも頂くをモットーとする私は、指定された高級ホテルのロビーで妹と待ち合わせ。


高級ホテルの一流レストランでディナーだなんてそうそう経験の無い私は、着てきた服装がドレスコードに触れていないかソワソワするばかり。


反面、約束の時間通りにやって来た妹はまるで異国の王族かと問いたくなるような、大胆でありながら上品なドレス。


姉に会う服装かそれ? と疑問が浮かぶほど煌びやかなドレスは、それでも生まれ持った美貌を前にしては、本来ドレスと言うものは着飾るものではなく着ている者を引き立てるための衣装に過ぎないということを教えてくれる。


そんな妹をして「今日の姉さま凄く綺麗!」と言わしめる私は絶世の美女である。嘘ですごめんなさい。


大丸の歳末バーゲンで買った安フォーマルワンピース一つ着こなせない私に対する褒め言葉としては過剰過ぎる。しかしあまり嫌味を言う妹ではないから、きっとまぁ言葉を相当に選んでくれたに違いない。ありがとう、可愛い妹よ。気遣いの人よ。


さて、男女でも無いのに美女と野獣のペアが誕生した私たち姉妹は、ホテル上階のレストランへ向かうべく二人でエレベーターに乗り込んだ。


この、私が住んでいるマンションより幾分かは広いけど、高級ホテルだからといってとても広い訳ではないエレベーターの中が、私の見る最後の景色となる。


違和感はあった。過去にも来たことがあるこのホテルのエレベーターには普段ならエレベーターガールがいて、行き先を告げると迷わず目的のフロアのボタンを押してくれた。


だけどこの日に限ってエレベーターには誰もおらず、妹と中に乗り込んだ私はレストラン何階だっけと、上方のフロア案内の表示を見ながらモタモタしてしまった。


それが良くなかったのかもしれないし、あるいはそれすらも折り込み済みだったのかもしれない。


ようやくレストランのフロアが判明し、階数ボタンを押してエレベーターのドアが閉まる。


閉まりきる寸前、突如挟み込まれる腕にギョッとした私は何事かと思ってドアを見れば、高級ホテルに似つかわしくないスポーツブランドのパーカーを着てフードを被った男性が「すみません」と謝りながらエレベーターに乗り込んできた。


乱暴な割り込み方には驚きはしたもののちゃんと謝っているし、閉まりゆくエレベーターに飛び乗ろうと全力で自分の右足をドアに差し込んだ結果、脱げたパンプスだけがエレベーターで運ばれて行く辛い経験をしたことがある私からすれば、「間に合って良かったね!」と心の底から称賛し、喜びを分かち合うにやぶさかではなかった。


かくして狭い空間の中には三人。美女と野獣と怪しげなパーカー。


パーカーの男はエレベーターに乗り込みはしたものの、行き先ボタンを押さずにいるところを見るに目的地は私達と同じレストランなのだろう。


しかし、人の服装をとやかくいうのは憚られるとはいえ、流石に高級ホテルのレストランにパーカーは無いだろう。赦されるなら私だって部屋着とまでいかずとも、もっと楽な格好で来たかったわいと苦言を呈したくなる。


一体この人は世間知らずなのか、それとも肝が太いのかと若干の興味が湧き出した刹那、自分の興味はもっと他のところに向けられるべきであったと後悔するはめになる。


爆発音。初め耳にしたその音を形容する言葉は他になかった。もしくはエレベーターの中なのに車のタイヤがバーストしたような。


狭い空間の中で恐ろしいほどの爆音が鼓膜に轟き、私は体が竦み硬直した。焦げ臭い火薬の臭いが充満するなか、目にした光景は恐らく当時の自分からしてみれば、恐ろしく現実離れしていた。


パーカーの男は腕を垂直に伸ばしている。その手には映画や自衛隊の展示品でしか見たことがない代物。拳銃だった。


細長い筒のようなものが取り付けられた拳銃からは白い煙が漂い、字の如く火を噴いた直後のようだ。


拳銃が火を噴いたということは、モデルガンでもない限りは弾が発射されたということ。


拳銃の向く先、そこは確か妹の紗香が立っていたはず。


だけど、もう結果は視線の中にある。


紗香はエレベーターの壁に背中を預けるようにもたれたまま動かない。がっくりと項垂れた頭の後ろの壁一面にぶち撒けられた赤い液体と何かの欠片が沢山。


映画やドラマのように、とっさに叫び声が出ることは無かった。ただみっともなく口をパクパクと金魚のように動かして、声にならない声を発している。


妹が殺された。どうして?


私はどうなる? 逃げ場がない。


人が目の前で死に、かつどうしようもないくらい酷い理不尽な事態に遭遇した時。特に平穏無垢な世界で生きてきた人間には、事前に事態を想定なんてしていなかった。想定していない以上、自分がこの後どう振る舞えば良いのかなんて分からない。


妹に向けられていた拳銃がこちらを向いた時、私の頭の中に浮かんだ選択肢は一つだけ。一つしかないのなら選択肢とも呼べないが、生きるか死ぬかの二極の内ともなればなりふり構わない。


それは恐らく最も意味のない行為だった。


「お願い……殺さないで……」


人生最後の言葉としては飛び切り惨めなものだろう。理不尽な暴力を振るう殺人者に助命を乞うだなんて。


当然願いは聞き届けられず、銃口から伸びる抑制器サプレッサーの先端がコツンと私の額に当てられると、何の感情も抱いていないような無表情の男の顔が、私の人生最後の光景。


こうして私、草壁くさかべ千早ちはや29歳の人生に幕が降りたのだった。

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