第27話 読書の秋 -パリの本屋ー
夏樹はブティック建設のための、職人や大工への連絡に追われていた。
「はい。先日のメールのご回答をおねがいします。はい。わかりました。都合の悪い日は十五日と十六日ですね」
一日何本もの、メールや電話のやり取りを繰り返す。
夏樹は、今、大工たちの都合の悪い日を確認している。都合の良い日を聞くよりも、選択肢が広がり、効率があがる。
それをもとに、パスカルが調整をするのだ。
大工、電気工、配管工、設備工……それぞれの予定を、電話やメールで確認したうえで、調整しなければならない。
職人たちが、順序良く入ることが理想だが、工程の遅れた場合、問題が大きくならないように調整しなくてはならない。また、スペースによる人数制限等を考慮しながら配置する。
夏樹にできることは限られているが、パスカルが何を求めているかを、常に先回りしなければならない。
学校が終わると事務所に直行し、仕事に追われた。
だが、工務店と連絡が取れる時間は限られているので、就業時間が遅くなることはない。
仕事が終わると、夏樹は本探しを始める。学校の近くには本屋街があり、そこをひやかして歩くのは、本好きの彼にとっては楽しいことだ。
サンミシェル駅前には、大型書店ジルベール・ジューヌがある。ここは、品揃えが豊富だ。
オペラ座の近くにはL'Ecume des Pages。ここは夜遅くまで営業している。
セーヌ川沿いには、古本店ブキニストがある。
「へぇ、これ、面白そうだな……」
好奇心のまま手にするが、
「ちょっと、待て。こんなことしている暇はないんだ」
自分が今、すべきことを思い出す。
茉莉香に頼まれた本を探さなくてはならない。
新聞や雑誌の書評を片手に本を探し、数冊手に取っては、レジに向う。
自宅に帰ると、一通り読む。やはり内容を吟味したい。
「こっちはいいけど、これはなぁ……。あの、書評はあてにならなかったな……」
こうやって、選りすぐったものだけを茉莉香に送る。
「だけど、このやり方だと、経済的に厳しいな……」
送らなかった本代が、無駄になるのが悩みの種だ。
やがて夏樹は、ある文芸評論家の書評を頼ることにした。
彼の書評は的確だが厳しいために、時に“辛口”などと言われることもあるが、柔軟性に富み、新しい可能性に対しても開かれている。
また、無名の作家に対しても公平な評価を下すことでも知られている。
「すごいな……掘り出し物ばかりだ」
彼の書評を基準に本を選ぶようになってから、買い物の失敗がなくなった。
ある日、購入した本の著者の名字が、例の評論家と同じであることに気づいた。
「娘か……」
夏樹は評論家と著者のプロフィールを調べた。
ちなみに、評論家の妻は、文芸誌の編集長をしている。
書評は概ね好意的なものであった記憶がある。
彼以外の評論家に至っては、彼女を手放しで絶賛している。
パリの文壇に突如現れた新星として、知られつつある女流作家だ。
夏樹は、やや俗っぽい好奇心を持って、本を開いたが、自分の考えの甘さに打ちのめされた。
「……こいつは本物だ……」
自分の野卑な考えを恥じずにはいられない。
(身内だからって、甘い評価は下さないってことだな)
自分とそれ程年の離れていない女子学生。
だが、格調高く、斬新で、可能性に満ちた存在。
それが彼女だ。
「茉莉香ちゃんが読みたいのは多分こういう本だろう」
茉莉香と同い年の女流作家。
不思議な縁を感じる。
そんな予感を抱きながら、本を日本へと送った。
数日後、夏樹は帰宅をし、食事の支度をしていた。
――チリリン――
茉莉香だ。
急いでスマホを手に取る。
「夏樹さん? 本を送ってくれてありがとう! どれも素晴らしいものばかりだわ! とくに、著者が私と同い年の……」
茉莉香が喜んでくれている。
それだけで苦労が報われる思いだ。
「やっぱり、現地にいる人に本を送ってもらえると違うわね。一足先に、パリの流行に触れることができるわ」
「そう。喜んでくれて嬉しいよ」
「私ね。やりたいことを見つけたいと思うの。今は探しているところだけど……」
「きっと、見つかるよ」
「ありがとう。夏樹さんに言われると勇気づけられるわ。そちらは、夜遅いのよね。ゆっくり休んでね」
夏樹は、茉莉香の言葉に、心が温かくなるのを感じる。
茉莉香は、自分の言葉で勇気づけられたと言っていたが、自分が茉莉香から得ているものは、それ以上だ。
茉莉香の役に立ちたい。
そう思う。
「茉莉香ちゃんも元気で」
そう言って、二人の会話は終わった。
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