積極的な無口少女が、僕を困らせてくる。

ちょくなり

第1話「突然の強襲」


「…私と、付き合って。」



高校生になって早1ヶ月。

連休明けに例年のように五月病に掛かった僕は、環境の変化で張っていた緊張の糸が緩んできたのと合わせてより一層、気怠い毎日を送っていた。



……症状も深刻らしく、幻覚と幻聴まで引き起こしたみたいだ。



「…今日は早めに寝よう。」



眉間を右手の親指と人差し指で揉みほぐしながら、僕はそう呟いた。

まさか昼休みに賑わう教室で、どストレートに告白してくる美少女など居るはずがないだろう。




「……。」




おかしいな…、かなり目の調子が悪いみたいだ。

幻覚であるはずの僕を見下ろす美少女が消えてくれない。


いつも騒がしい教室内のみんなも、静まりかえってこちらを伺っているように感じる。



(あれ?僕以外にも見えてる…?)





「……聞こえなかった?私と…。」


「オーケー、場所を変えようか。」



僕は現実逃避を諦め、目の前に立つ美少女『久寿川 由里(くすがわ ゆり)』の手を取って廊下へと出た。











「…久寿川さん、だよね?どうしてあんなことしたの?」


「……。」



人気(ひとけ)のない校舎裏まで彼女を連れて来て、さっきの本意を聞いてみる。


しかし彼女は無言のまま僕を見上げ、不思議そうに可愛らしくコテンと首を傾げるだけだった。

その仕草は胸にグッとくるものであったが、今は堪えてなるべく優しく注意する。




「冗談であんなこと、言ったらいけないよ?」



断っておくが、僕と久寿川さんとの接点はない。

中学も違うし、クラスだって違う。

久寿川 由里は入学当初から『可愛い女子』の話題には必ず名前が挙がる美少女だったから、知っているだけだ。

無口でミステリアスな彼女に関係を持とうとする男子は多いが、皆友人にすらなれずに撃沈することでも有名。

中にはいきなり告白する猛者までいるみたいだが、結果は察しがつくというものだ。



対して僕はパッとしない普通の男子高校生。

部活にも所属していないし、中学からの友人はいるからボッチという程ではないが、休み時間を1人でスマホを弄って過ごすこともあるくらいに交友関係は狭い。




「冗談じゃ、ない…。」



彼女の表情は変わらないが、声色に怒りが滲んでいる。

10センチ以上背の低い彼女の威圧感にたじろぎながらも、その大きな瞳から目を逸らすことができない。



「…どういうこと?なら、なんであんなことしたの?」



「……。」



ならばあの行動の理由はなんなのか、聞いても返事はない。

僕は落ち着くためにゆっくり息を吐いて、冷静になろうと努める。



接点のない美少女からの告白。

本人は本気だということだか、流石にそれは信じられない。

ならば普通に考えれば罰ゲームか何かか…。

それを問い詰めたところで答えは返って来なさそうだ。



それなら、お互いに一番ダメージが少ない方法は…。



「ごめん。久寿川さんのことは噂でよく聞くし、実際に可愛いと思う。だけど、よく知らない人と交際するのはやっぱり気が引けるよ。」



『だから、ごめんなさい。』と誠意を込めて頭を下げる。

もったいないことをしているとは思うし、冗談だったとしてもダメ元で告白を受け入れた方が、彼女との接点が出来るのかも知れない。



しかし、僕は臆病なのだ。

変に夢を見て傷付くくらいなら、身の丈に合わない期待はしない。




「…っ。」



頭上から息を呑む音が聴こえて、恐る恐る顔を上げると…。




「ぅっ……、っ…。」


「ぁっ…。」



久寿川さんが顔を歪め、声を押し殺して泣いていた。

想像とは違った反応と、悔しそうに歯を食いしばり僕を睨むように見つめる久寿川さんに圧倒され、言葉を失くす。



「……たのに。」


「ぇっ…?」


「『オーケー』って、言ったのに…!」



…確かに、言った。

しかしそれは告白の返事として言ったわけではない。

なんとか弁明しようと口を開くが、言葉が出てこない。



「えと…。」


「なんで…、ダメなの…!?」



絞り出したような久寿川さんの声は、震えていた。

怒りと悲しみが多分に含まれたその声色に、僕の中で罪悪感が膨れ上がる。



けれど、この感情には覚えがあった。



いつだったか……、そうだ。

歳の離れた姉の娘、姪っ子と遊んでいる時に似たようなことを言われた事がある。

危険な遊びを真似しようとした姪に、『君が大事だから、止めてるんだよ。』となんとか言い聞かせたが、その時の姪と今の久寿川さんが重なったのだ。





それに気づいた僕はふっと力が抜け、自然と久寿川さんの頭を撫でていた。





「ごめん、僕の言い方が悪かったね。久寿川さんと仲良くしたくないって事じゃないんだ。」



優しく、久寿川さんを刺激しないよう姪にするように語りかける。

頭を撫でられた久寿川さんは口をポカンと開けて、大人しく僕の言葉を聞いてくれている。



その表情は、さっきまでの険しさがどこかにいってしまっていた。



「久寿川さんが僕のどこを好きになってくれたのかとか…、一緒に過ごした時間が短過ぎてわからないんだ。だから、このまま付き合って、やっぱり僕が久寿川さんの思っているような人間じゃなかったらと思うと少し怖い。」



『短い』どころかほぼ初対面なのだが、そこは置いておく。



「それに僕も、久寿川さんのことをよく知らない。第一印象だけで言うと、大胆で驚いたけど想像してたより感情も豊かだし可愛いと思ったけどね。」



そう微笑みかけると、久寿川さんが少し赤くなった。

やっぱり口数は少なくても意外と表情には出やすいのだと確信して、僕の笑みが深まる。

姪と重ね合わせたせいか、どこか幼く見えてそんなところも可愛いらしく思った。



「焦らないで、ゆっくり仲良くなれないかな?いきなり付き合うっていうのは僕にはハードルが高くてさ。まずはお友達になりたいんだけど、どう?」



最後に『お友達から』という、我ながら無難な提案を持ちかける。

泣き止んだ久寿川さんは、ポーッとした表情で僕を見上げていて、数秒後にハッと再起動する。


その様子を見ているだけでなんだか微笑ましくて、僕の頬は緩みっぱなしだった。



何かを考え込むように俯いた久寿川さんの反応を待っていると、やがてパッと顔を上げて、口を開く。




「…結婚を前提になら、いい。」


「んんっ…!?」



予想外の返答に僕は自分の耳を疑い、固まった。

『それはもう友達どころか、恋人関係すらすっ飛ばしてないか?』と疑問に思っていると、僕の困惑を読み取ったように久寿川さんが付け足す。



「…大丈夫。あなたは私の思っていた通りの人だったから。それに、私も頑張る。」



むんっと両手を胸の前で握り締める久寿川さんは、悶えそうになるくらい可愛かった。

クラっとノックアウトさせられそうになりつつも、なんとか理性をフル稼動させて堪える。



「あぁっと…、でも、焦らなくても良くない…?」


「ダメ。あなたを他の人に渡したくない。」



『僕はそんなに人気物件じゃないんだけど…』と、苦笑いが漏れる。

それが学年一と言っても過言ではないほど、モテている久寿川さんに言われたのだから尚更だ。


しかし僕の反応にも動じず、頑(かたく)なになって力強い瞳を向けてくる久寿川さんに、もうこれ以上の説得は無駄だと悟った。

それに、きっかけは謎なままだが僕もここまでストレートに好意を向けられて、嬉しくないわけではなかった。




「わかったよ…。正直、僕の方はまだそこまで気持ちが追いついていないけど、今日で久寿川さんの事をもっと知りたくなったから…。」



僕はスッと手を差し出した。



「あくまで今は友達だけど、これからよろしく。久寿川さん。」


「……。」



無表情に戻った久寿川さんが、ジッと僕を見て手を取ってくれない。

動かない久寿川さんに僕の頬が引きつり、『これはもしや、冗談でしたパターンか?』と身構える。



「…あの、久寿川さん?」



「…名前。」



この短時間でなんとなくわかるようになってきた久寿川さんの表情は、不機嫌さを表しているように思えた。

声色も、さっきより低く冷たい。



「あの…。」


「名前で、呼んで…。」



どうやら苗字で呼ばれるのが気にくわないらしい。

小さく安堵の息を吐くと同時に、恥ずかしさはあったが覚悟を決めた。



「よろしく、由里ちゃん。」


「…うん。」



パッと見た感じ無表情のままだが、頬は薄く赤に染まり、よく見ると少しだけ満足気に口角も上がっている。


今度は手を取ってくれた事に安心して、その照れ笑いに気の緩んだ僕もお願いしてみた。



「僕のことも、名前で呼んでくれる?」


「……。」


途端に困った無表情になる由里ちゃん。



「…名前。」


さっきと同じ言葉だが、ニュアンスが違いそうだ。



「…うん?」


その意味までは図り損ねて、首を傾げる。



「…名前、教えて。」


「知らないの!?」



告白する相手の名前を知らないなんて有り得るのか!?



いったいどこまでが本気なのか、彼女の心の内を知る術はなく、僕は愕然とするのだった。

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