第45話 罠

「通ってよい」


御者が偽造の身分証を呈示し、俺達の潜んでいる荷馬車は先に進む。

王都へ入る為には、2重の確認が行われる事になっていた。

まずは身分証の提示を求められ、次いで危険物の持ち込みがないかの魔法でのチェックだ。


これらは全て別の人間の手によって行われる。

買収などによる不正な侵入を防ぐためだ。


「異常なし」


が、俺達の潜んでいる荷車は問題なく通過する。

魔法で調べられれば本来もろバレなのだが、反王家派閥の手回しでこの門の守衛は全て懐柔済みだった。


反王家派閥の手並みが見事なのか、アイリーンの人徳の無さ如実に表れたのか。

まあどちらにせよ、俺達は問題なくチェックをすり抜けていく。


「通れ」


最後のチェックを終え、無事王都への潜入を果たした俺達は、そこから更に2時間ほど揺れる荷馬車に身を潜め続けた。


ん?地震?


道中、馬車の揺れとは別の揺れを感じる。

だがそれはすぐに収まった。

まあ気にする程の事ではないだろう。


やがて馬車がとまる。

どうやら目的の場所に付いた様だ。

厳重に施されたホロが捲りあげられ、光が差し込んでくる。


「――っ!?こりゃ……」


新鮮な空気を求めて勢いよく荷車から飛びし、その時初めて異常に気づく。

俺達はある貴族の家へと運び込まれる筈だった。


だがそこには――


「ようこそ。いえ、お帰りなさいませ。滝谷竜也様」


にっこりと微笑む、女王アイリーンの姿があった。

大きく胸元の開いた赤いドレスを彼女は身に纏い。

傍には少数の護衛の兵士達と見知った顔――クラスメートの面々が並んでいる。


どうやら俺達の潜入は、完全に露見してしまっていた様だ。


「くっ……アイリーン……」


「虫けら風情が、私を呼び捨てにしないでくれるかしら?」


汚い物を見る様な目つきで、アイリーンは呼び捨てにしたライラさんを睨み付ける。

本気で此方の事を虫けらと思っていそうだ。

この女は。


「なぜ我々の潜入の事が……」


「ふふふ、何故でしょうね?」


「意地悪せずに教えてやればいいじゃねぇか」


明神がにやにやしながらこっちを見る。

以前は金だったはずの髪の色は、赤く染め直されていた。

勿論全く似合ってはいない。

まあそれは金髪だった時も同じだが


「貴族や金を持ってる奴ら全員、俺達の能力でその動きを完全に把握できてるってよ」


反王家派閥は貴族を中心とした勢力だ。

その動きが特殊な能力で完全に把握されていたのならば、俺達の潜入が潰されたのも納得がいく。


「よお。村人の癖に、巨力なスキルを持ってるらしいな?」


明神の言葉に動揺しそうになる。

何故知っている?と。

だが直ぐにアイシャから聞き出した物だと気づく。


彼女はアイリーン達に抑えられているのだ。

そこから情報が洩れるのは、至極当然の事だった。


「お前の能力は俺達が上手く活用してやる。感謝するんだな」


「ふふ。さあ滝谷様、どうぞここちらに。共に世界を救いましょう」


アイリーンが妖艶に微笑み、此方へと手を伸ばす。

何が共に世界を救いましょうだ、こいつ俺に何をやったのか覚えてないのか?


だがそこで気づく。

アイリーンはひょっとしたら、俺が洗脳を解除した事に気づいていないのではないかと。


ならばこの状況を打開する方法はある。


「この前みたいなのは困るぜ。ちゃんと好待遇で迎えてくれるんだろうな?」


「ええ、あれはほんの手違いです。安心してください」


何がほんの手違いだ。

人の事を引きずって竜の巣に放り込む手違いとか聞いた事ねーよ。

舐めんな。


「ちょっと!バーン!あんた裏切る気!?」


背後でシャンディアさんが吠えた。

この状況下じゃ、まあそう見えても仕方がないだろう。

寧ろそう見えてくれないと困る。


「一緒にいた中だから忠告しといてやる。そこの8人は俺と同じ転移者だ。勝ち目はないから、あんた達も降参した方がいいぜ」


振り返り、8人の居る方に手を向ける

これで皆にも伝わっただろう。

警戒すべき対象が。


「あんただって異世界人でしょ!」


「八対一で勝ち目なんかあるかよ。それに女王に仕えた方が、間違いなく待遇は良いだろうしな」


俺はゆっくりと、アイリーンの元へと歩いて進む。

後2メートル。

もう少しで手が届く距離だ。

だがその前に、クラスメートが俺の前に二人立ちはだかる。


「危険じゃないか?」


「そうよ、何か企んでるかもしれないわよ」


ショートの派手な武道着を着た女子と、青い重鎧を身に着けた男子だ

どっちも名前は知らないが――は高校の授業初日に挨拶しているので、正確には話捨ているだけだが――明らかに俺を警戒していた。


バレている?

バレてない?

どっちだ?


俺は顔に出さないよう冷静に勤め。

相手の出方を慎重に伺う。


「二人とも、大丈夫ですよ。滝谷様は私の味方。そうですよね」


「ああ勿論だ」


勿論嘘だ。

この世で一番嫌いな奴ランキングを作るなら、間違いなくアイリーンがダントツ1位になるぐらい嫌いだった。


その言葉で二人がどく。

俺は焦る事無くゆっくりとアイリーンに近づき、握手を求めて手を伸ばす。


「よろしく」


アイリーンが俺の手を握る。

その瞬間彼女の体を引き寄せ、抱き抱える様な姿勢でその首元に引き抜いた剣の刀身を押し当てた。


一瞬スキルを発動させようかとも思ったが、所詮は只の女。

動けなくなると運ぶのが面倒になるので、まあこのままでいいだろう。


「貴様!」


「動くな!動けばアイリーンを殺す!」


周りの兵士や明神達が武器を手にするが、俺の一声でその動きは止まる。

上手くいった。

余程の事がない限り、俺の勝ちだ。


「精神支配が……解けていたのね?」


「ああ、気づかなかったのかよ。間抜けだな、女王様」


「ええ、確かに間抜けだったわ。貴方と同じで・・・・・・


「なに!?」


全身に強烈な衝撃が走り、俺は一瞬意識を飛ばされてしまう。

体が地面にはねた所で意識が戻り、何が何だかも分からない状態ではあったが、素早く起き上がる。


一体何が起きた?


「ふふふ、私を無力な只の女だとでも思っていたのかしら?スキルで私の動きを封じなかったのは失敗だったわね。お馬鹿さん」


「くっ!」


この口振り。

アイリーンに吹き飛ばされたと言うのか?


スキルを確認すると、ダメージ無効が一回減っている。

完全に油断していた。

まさか女王なんて立場の人間がこんな強力な力をもっているなんて……永久コンボを発動させなかったのは大失敗だ。


「どうする?殺すか?」


明神が俺の前に立ちはだかり、物騒な事を口にする。

とてもクラスメートにかける言葉ではない。

やっぱ俺、こいつは嫌いだ。


「彼のスキルは必要だから、無力化して頂戴。手段は問わないわ」


「了解」


にやつきながら、明神が俺に剣先を向けた。

アイリーンは下がり、他のクラスメート達も前に出る。

どうやら全員で俺を無力化するつもりの様だ。


つまり狙いは俺だけ。

そして殺される心配はない。


となれば――


「皆!俺に構わず脱出を!」


此方に駆け寄ろうとしていたギルドの皆を手で制する。

理想はアイシャさんを連れて、なのだが。

まあこの少数でアイシャの救出は無理だろう。


「し、しかし!?」


「いいから!」


クラスメートの能力を俺は知らない。

だが他の皆では恐らく話にならないだろう。

言い方は悪いが、彼女達は足手纏いだ。


仲間を気にしながら、クラスメート達の相手などとてもではないがしてられん。


「すまん!」


そう言い残し、ライラさんが城壁に向かって走る。

壁を超えて脱出する気なのだろう。

それに他の皆は従う。


「追わなくてもいいわよ。雑魚に用はないわ」


クラスメートの何人かが追おうとするが、アイリーンがそれを制した。

どうやら、俺さえ抑えられれば他はどうでもいい様だ。

正直、足止めをする必要がなくなったのは有難い。


「滝谷。裸で土下座するんなら、2-3発殴るだけで許してやるぜ」


なんで裸で土下座した上で、殴らにゃならんのだ?

そんな条件を飲むわけがない。

まあ仮にどんな条件を出されても、降伏する気など更々ないが。


「冗談は顔だけにしてくれ、明神。後、お前のその赤い髪。全然にあって無いぞ」


「なっ!てめぇ!」


俺の言葉に他のクラスメート達が失笑する。

どうやらみんな同じ事を思っていた様だ。


「八つ裂きにしてやる!?」


明神が顔を真っ赤にして声を荒げる。


「俺を殺したらまずいんじゃないのか?」


不殺というのは俺にとってアドバンテージになる。

相手を殺せないとなると、戦い方や使えるスキルに制限が出来る訳だからな。


「ざーんねん。あたしには蘇生があるから、あんたが死んだって問題ないわよ」


蘇生。

そう口にしたのは、露出の多いタイトな服装に杖を持った茶髪の女子だった。

確か彼女は聖女だった記憶がある。

どうやら聖女には、死者蘇生の力がある様だ。


だがそれはある意味朗報だった。

裏を返せば、彼女さえ殺さなければ他の奴らを殺しても生き返らせる事が出来ると言う事だ。

つまり、こちらも誤って殺してしまう心配をしなくてすむ事になる。


「へっ!残念だったな!死の恐怖と痛みを、俺がテメーに叩き込んでやるぜ!」


目を血走らせ、明神が嬉しそうに牙をむく。

当然そんな歓待は遠慮したいので、俺も剣を片手で構えた。

もう片方の手には、腰から外した革袋を握る。


「明神、一応スキルには気を付けなよ」


「はっ!勇者の俺が村人の攻撃なんぞ喰らうかよ!」


防いでもアウトなのだが、多分その事実を奴らは知らない。

リーン以外には誰にも教えていないからな。


「いくぜぇ!」


明神が突っ込んで来る。

その一撃を、俺は手にした剣で受け止めた。

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