act.116 イメージトレーニング


 賑やかで暑苦しく、視線が痛い朝食がようやく終了した。イグナールが何かを口に運ぶたびに鋭くにらまれ、軽く椅子を蹴られる。「何でお前が食べているんだ」と皆が表情で訴えかけてくるのだ。


 確かに食事は美味かったが、なんとも肩身の狭い朝食であった。


 エーミールとの約束は昼なので、女性陣を食堂に残して一人部屋に戻ることにする。朝起きたときは安心して眠ることが出来た部屋であったが、今夜からは無用な来客には気を付けたほうがいいかもしれない。


 二階に位置するイグナールの部屋は食堂の喧騒はかけ離れ、静かで小さな個室。外からはギルド員同士と思われる人達の声が聞こえてくる。どうやら依頼のため、今から出発するようだ。朝なのでいくつものパーティが待ち合わせと出発をしているようでやや騒がしいが気になる程のものでもない。


 恐らく昼頃には静かになっているだろう。


 イグナールは部屋のベッドで横になり、精神を集中させる。自分の胸の部分から力を引き出し、体中に巡らせるイメージを繰り返す。迅速に己の魔力による身体能力強化を施す訓練だ。


 魔法の訓練と言うのはこういったイメージトレーニングがとても重要で、発動までの速さや精度に大きく関わってくる。とモニカが言っていた。彼女が使うような魔法も扱いたいのだが、まずは自己強化魔法の練度を上げるを優先している。


 剣を扱い、前線で戦う近接戦をメインとするイグナールにとっては、この魔法が生命線となる。クルトと戦った時の、奴への怒りによって飛躍的に向上した場面を思い出して頭に焼き付ける。


 感情の高ぶりによって出力の上がった魔法は、想定を遥かに超える力だった。それをいつでも引き出せるように修練を重ねなければならない。その状態での実践訓練が出来なければあの時のように、己の力に振り回されるようなことになるからだ。


 ひとしきり自己強化のイメージトレーニングを終えた後、鞘から剣を引き抜き、両手で握った。今度は武器への属性付与エンチャントの訓練である。


 当初は剣に力を纏わせるイメージであったが、身体強化に慣れてきた今では武器を体の延長線と考えることで展開の速さも精度も上がって来ている……気がする。


 これと言った正解はないので、自分で探るほかないとモニカは言っていた。彼女は基本的に後衛を務める魔法使いであり、近接戦闘を迫られたときは魔法で武器を作り出す。


 このため、武器への属性付与エンチャントに関して、教えられることはあまりないと言う事だった。なので、自分の中でイメージを固めていかなければならない。イグナールは地道なイメージトレーニングを繰り返した。


 しばらく立った後、外が少し騒がしい。こんなことで集中を切らせてはいけないのだが、何やら揉め事に発展しているような雰囲気だ。トレーニングを中断し、窓から外の様子を確認しようとしたとき、扉がノックされる。


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