第126話 二つのクエスト
『伝説のレシピ』クエストの達成条件であるアイテム全ての回収が終わり、あとは依頼者のモールンへの報告を残すのみ。タダでさえ暗い鉱山を、夜の深い時間に潜って行かなければならない。新しい装備の為と思えば、この苦労も幾分かは報われると思いたい。
偶然と言うよりは必要に駆られて、毎回イベントのタイミングで装備品を更新している。本当はもっと余裕を持って更新したいのだが、願望は所詮願望である。
「お、モールン!」
見覚えのあるシルエットが見えたので、声を掛けながら歩み寄る。
もう夜中だし、鉱山には居ないかとも心配をしていたのだけど杞憂に終わった様だ。
「ん~オメェか!」
「ああ、集め終わったからな。持ってきた」
臭い水、変色した土、色あせた灰、風の残滓、統括者の鋼。各一つずつを取り出す。入れ物に入った状態のアイテムで本当に良かった。特に臭い水とか臭い水とか。
「確かに確認したでよ。これがレシピだで」
≪イベントクエスト『伝説のレシピ』を達成しました≫
≪続いて『伝説のレシピⅡ』を開始します≫
≪クエスト達成報酬として『統括者のレシピブック』と『鉱石素材』を入手しました≫
「んだら、サクッと次の試練に進むど」
「続きがあるのか…」
参ったな。このクエストが終わったら、転職クエストを終わらせようと思っていたのに。
「まぁなぁ、職人の試練だで、物作らんことには進まんでよ」
すっかり忘れていたが、このクエストを受けるのに【裁縫】を態々取得したのだ。生産しない事には進まないというのも納得できる話だ。
「これも少しづつ進めるしかないか」
「んだなぁ、レシピの装備は貴重な素材を使うで、結構な技量が必要とね」
これは公式イベントには間に合いそうにないな。情報を集めるだけ集めて、時間がある時に進めるしかないか。
「ふむ、どの程度の技量が必要なのだ?」
「むー、作る物にもよるけんどスキルで言うたら、Lv10は欲しいかね。全部作るならそんくらいかね」
「全身作るなら?」
「10やね。アレンジや改造したいなら、もっと欲しいけんども」
アイデア次第で色々なアイテムが作れるのも、グリモワール・オンラインの魅力の一つだ。掲示板でも頻繁に情報交換が行われているし、ゴブリン装備から妖精のハンマーを作ったのもそれである。
「暫らくはスキル上げだな…」
「おいちゃんは、いつも鉱山に居るち。まっとるでよ」
モールンは俺の肩を叩こうとして手が届かなかったからか、俺の太ももをポンポンっと軽く叩く。
「ああ、必要な技量を身に付けたらまた来る」
まさかの継続クエストには驚いたが、次は転職クエストを片付けてしまおう。
「えっと…確かアイテムが」
鉱山を出る様に歩きながら、インベントリにしまわれていた封筒を引っ張り出す。
転職案内書 種類:転職 ランク- 品質-
所持している物に相応しい職業へと導く手紙※譲渡不可
転職する為の全てが詰め込まれた封筒。次のステップへの道標。
「あー、転職アイテムだな。詳しい事は分からないけども」
兎も角、封筒して届けられたのだから、開けて見ろという事だろう。
「うわ!?」
開封した途端に紫色の閃光が視界を奪う。
なんか昔のアニメ映画で、こんなシーンがあったなぁ。
「ようこそ、お客人」
「「「カラカラカラカラッ!」」」
分厚く漂う黒い雲と、どっしりと見下ろす赤い月。悪趣味な紫色の空は、どこか見覚えのない油絵の様で、不思議な世界を形作っている。
「ここは…」
「見て解るだろう?」
慌てて周りを見渡せば、人の手が加えられたような不自然な形の岩が乱立している。
「墓地さ。そして、こいつ等は住人のスケルトン」
「「「「カラカラッカラ」」」」
スケルトンが一糸乱れぬ一礼を披露する。
「あ、どうも」
釣られて返礼で返す。
「あたしはあんまりにも暇なんだが、後輩のアンタに道案内したげるよ」
「道…?」
帰り道だったら嬉しいのだが。
「お」
ネクロマンサー
死者、死霊、闇の精霊を従わせる死霊使いの上位職の一つ。
キュスタン
死者の眠りを司る死霊使いの上位職の一つ。
「上位職…」
そうか死霊の誘いって、この場所に呼ばれるって意味だったのか。
「アンタは今から、ネクロマンサーになるかキュスタンになるかの選択をしなくちゃあいけない。選べるのはどちらか一方、元の死霊使いにも戻れないから注意することだ」
「少し説明が少なすぎやしないか?」
「ひっひっひ、説明はあたしがしたげるよ。あたしは言ったよ道案内だって」
「「「「「カラカラカラ」」」」」
骨がうるさい、何かじわじわ数が増えている様な?
「まぁ、あたしはキュスタンだから、ネクロマンサーの事は詳しかないけどね」
婆さんが煽る様に笑う。
「じゃあ、キュスタンの話から聞こうか」
「キュスタンは俗にいう墓守の事さ。悪い死霊使いやネクロマンサーが墓を掘り起こして、人間の尊厳を踏みにじるような行為を止めるのが役目さ」
「墓を…もしかして、死んだ英雄の亡骸でアンデッド作成することが出来るとか?」
老婆は無言で頷いた。
それは確かに、人の尊厳を踏みにじる行為だ。過去の文明を調査する発掘調査で、遺骨が出て来るのとは違う。死体を目的に墓を掘り返すのである、人にあるまじき行為と言えるだろう。
「まぁ、致し方ない事態もあるだろうさ。特に成りたての死霊使いは、戦闘能力が低い者も多いからね。突然戦闘になって他に手段がないって事もある」
ケースバイケースって奴だな。まぁ、アイスマンとか研究用に回収されてるけど、批判されてる話は聞いたことが無いな。俺だったら研究用だろうが、絶対に嫌だけど。
「そんな役目に合うスキルや能力が身に付く、それがキュスタンさ」
「なるほど…」
役割は分かるけど、ゲームとしてはどうなんだろう。ゲーム内でずっと墓にいる訳だろ…ないな。
「次はネクロマンサーさね。こいつらは死体を漁っては改造して、手駒にする職業だよ。以上」
「短い!」
もう少し詳しい情報が欲しい。
「と言ってもねぇ、ああ、そうだ。アンデッド作成ってスキルを使えて手駒を作るんだけど、それだけじゃない。奴らネクロマンサーは、傀儡使いのプロフェッショナルでもあるのさ」
「プロフェッショナル?」
「俗にいう死霊術のことさね。死霊使いの時はいちいち召喚して使役していただろうけど、本物の死霊術は一味違う。アンデッドの群れを操ることが出来るのさ」
とどのつまり、個ではなく群れを召喚ないし、操るスキルが手に入ると。しかし、ネクロマンサーとキュスタンを比べるとなぁ。
「墓地で一人佇むのはちょっとなぁ…」
「キュスタンの話かぁい?」
「ああ、聞いた限りどっちもダメそうだが、まだ移動できるネクロマンサーの方がマシのようだ」
「キュスタンは立ち寄った町の墓地で、専用の仕事を受けることが出来るよ。ま、墓守なんだけどね」
せっかく日中の行動制限が外れたのだから、色々と見て回りたいのが素直な心情だ。防衛となれば、長い拘束時間が予想される。婆さんも暇を持て余している様子だし、できれば墓守は遠慮したい。
「ネクロマンサーにする」
「良いんだね?」
≪ネクロマンサーに転職します。よろしいですか?YES/NO≫
「ああ」
現れたウインドウのYESに手を伸ばし、触れた。
≪ネクロマンサーに転職しました≫
≪職業スキル【ネクロマンシー】を習得しました≫
≪職業スキル【死霊術】を習得しました≫
≪生産スキル【アンデッド作成】を習得しました≫
「それじゃぁね」
「職業スキルってな…っ!」
連れて来られた時と同じく、紫色の閃光が体を包む。
意識が落ちる間際に見えたのは、裕に十体を超えるスケルトン達の綺麗な一礼だった。
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