第二十七話 いなり寿司



「じゃジークはここに座ってくれ」



 応接室に入り、八人が座れる応接セットのうち、上座である一人用ソファーをジークに勧める。

 ちなみにまだジークに手を握られたままだ。

 後ろの女官たちの視線が痛い。



「いえ、義兄上のお城なのですし、今回の訪問は非公式ですから」


「とは言ってもなー。ジークは王太子だし来年には国王になるんだろ?」


「でしたらこうしましょう」



 ジークはそう言うと、上座ではなく、その脇の三人掛けソファーの中央に俺を座らせ、自身はその左側に着席する。

 必然的に俺の右側にはちわっこが座ることになった。



「……まあ良いか」



 ニコニコと手をつないだままご機嫌のジークの横顔を見て嘆息すると、正面の三人掛けのソファーにクリスとアイリーンを座らせる。



「では殿下、お食事の用意をさせますわね」


「ありがとうございますクリス義姉上。それと先ほども言いましたけれども非公式の場ですので是非いつも通りジークとお呼びください」


 いつも通りとジークは言うが、ジークと面識のあるのは俺とエリナ、クレア、クリス、シル、アイリーンの五人だけだし、エリナとクレアに至っては王都での事件解決後の一度だけだ。

 あとは何度か俺が王都に行くときに随伴させたクリスとシル、アイリーンが何度か会った程度で、あまりプライベートな時間は少なかったはずだが、それでもジークは王族以外の家族というものに憧れがあったのか、そのわずかな時間でのそのプライベートなやりとりを時間と言っているのだ。



「わかりましたわジーク」



 それを察したクリスが柔らかく微笑んで返事をする。



「そう言えばジークはどれくらい滞在する予定なんだ?」


「収穫祭が終わるまでの予定ですよ義兄上」


「は? 明日から始まる収穫祭は三日間続くんだが、そんなに国から離れて大丈夫なのか? 王都でだって同じ日程で収穫祭をやるんだろ?」


「今回王都で行う収穫祭は五日間なんです。なのでファルケンブルクの収穫祭が終わり次第帰国して、最終日の挨拶だけはする予定ですよ」


「それはわかったが、王都では五日もやるのか」


「亜人国家連合との交易が本格化したおかげで国庫も潤いましたので、ここで一気に消費喚起をという姉上の提案なんです」


「なるほど。ファルケンブルクでも亜人国家連合とエルフ王国の物産展を開催してからは亜人国家連合やエルフ王国の交易品が売れるようになったしな」


「はい。義兄上から頂いた報告書でもその効果が記載されていましたので、今回の収穫祭は亜人国家連合の物産展も兼ねた大規模なものにしたんです」


「亜人への偏見はどうなんだ? ファルケンブルクはやたら緩い領民が多いから問題は起こらなかったけど」


「それもファルケンブルク経由で亜人国家連合の産物が輸入されていましたおかげか、ほとんど問題は発生していません。一部貴族が反発するかなと思いましたが、義兄上のおかげで一掃できていましたから」


「俺が排除したわけじゃないんだが」


「いえ、義兄上のおかげですよ。ねえ姉上」


「うんうん! お兄さんのおかげだよ!」


「いや、きっかけはそうかもしれないが、ちわっこがそのあとに頑張ったからだろ」



 実際ちわっこを助けただけだったしな。そのあとに国を立て直したのはちわっこの手腕だろう。

 すこし過大評価が過ぎると思っていると、入り口からクレア謹製三段重ね弁当を持った女官が入室してくる。



「失礼いたします」



 そう言ってチラチラ俺とジークの握られた手を見ながら顔を赤く染め、ジークとちわっこの前に重箱を置く。

 だからそういうんじゃないって。家族だから! ジークは弟だから! カルルと変わらないから!



「さあまずは食ってくれ」



 ジークとちわっこが俺の手を離し、早速重箱の蓋を開ける。



「わあ! すごいですね義兄上」


「お兄さんお兄さん! これおすしってやつでしょ⁉ 初めて見た!」


「ジークとちわっこは米食に慣れているか?」


「ええ、王都でもファルケンブルクコシヒカリの栽培は始まっていますし、ファルケンブルクから大量の米が輸入されてますからね」


「そうか。一段目のいなり寿司の方は炊き込みご飯を使っているが、二段目の巻き寿司は酢飯を使っているから、苦手なら残してくれ」


「はい。では早速頂きますね」


「ああ、遠慮なく食ってくれ」


「「いただきます!」」



 ジークも食事前の挨拶で手を合わせるんだなーと思いながらふたりの食べっぷりを見ていると、どうやら口に合ったようだ。



「義兄上、このいなり寿司というのはとても美味しいですね」


「私も好き!」


「甘辛く煮たお揚げが好きなら合うだろうな」



 ガキんちょにも人気だったしな。とは口に出さずに返答する。

 運動会の弁当と言えばお稲荷さんだったし。



「義兄上もどうぞ」



 はいあーんと言いながら、ジークが器用に箸を使って俺にいなり寿司のひとつを差し出してくる。



「ん」



 つい何も考えずに、ジークにいなり寿司を食べさせてもらった途端



「きゃー!」


「やはりこれは禁断の恋……!」


「ジーク様のいなり寿司……」



 入り口付近に控えていた女官たちが騒ぎ出す。

 あと明らかにおかしいやつが混じってる気がしたけど気のせいだろう。



「お前らうるさい。それに不敬だぞ」


「いえ、良いのですよ義兄上。なんだか楽しいですしね」


「うんうん! 国じゃこういう雰囲気で食事って食べられないしね」


「ですよね姉上」


「今日の晩御飯のとき、ジークはもっと驚くよー。凄く楽しいから!」


「へー! 楽しみです!」


「あれ? ジークはうちに泊まるのか?」


「姉上の部屋があると聞きましたので、そこに宿泊させて頂こうかと思いましたが、駄目でしょうか?」


「いや、良いんだけどベルナールとかが騒ぎそうだな」


「もうその予定で動いてるから大丈夫だよお兄さん!」



 勝手に宿泊場所まで決められていたが、いつものことなので気にしたら負けだ。

 育ちが良すぎるジークに、うちのガキんちょどもと一緒の食事とか大丈夫なんだろうかとも思ったが、ちわっこが普通に溶け込めたし大丈夫か。



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