第五十九話 試運転
ミコトと二人、爺さんたちの食事終わりを待ちながらわちゃわちゃと遊んでいると
「兄さま、アイリーンさんがいらっしゃいましたので通しますね」
クレアがアイリーンの来訪を告げてくる。
アイリーンはもう自由に家を出入りできるようになってるんだよないつの間にか。
「ぱぱおしごと?」
「そうみたいだな。クレアと遊んでてくれるかミコト」
「あい!」
ぽててとクレアのもとに行くミコト。ちょっと寂しい。
「閣下」
「アイリーン。どうした」
「どうしたも閣下が騎兵十騎を呼び寄せたのでは」
「アイリーンも一緒に来たのか」
「はい。魔導駆動車が完成し、試運転すると聞きましたので」
「なら丁度いい。無駄な機能の一覧表を作ったから渡しておく。あとは試運転しながらかな」
「はい」
アイリーンに先ほど爺さんとまとめたメモを渡す。
「アイリーン昼飯は食ったか?」
「はい、城の方で頂きました」
「なら爺さんの飯が終わったら一緒に魔導駆動車に乗ってくれ。乗り心地なんかの意見も聞きたいが、俺が口頭で無駄機能を上げていくからそれをメモしてくれると助かる」
「お任せください」
爺さんがお代わりを言い出す前に外に連れ出して魔導駆動車に乗りこむ。
運転席は俺、助手席に爺さん。
後部座席の二列目にアイリーンとベビーシートに乗せたエマ、その横にエリナが座り。
三列目にチャイルドシートを設置してその横にクレアが座る。
「運転かー。久々なんだよなー」
「まあこの中でまともに経験があるのはトーマだけじゃからの」
「ああ、わかってる」
「お兄ちゃん準備できたよー!」
「兄さま、こちらも大丈夫です!」
エマとミコトをそれぞれ専用シートに座らせた二人から準備完了の声がかかる。
「パワーウインドウのスイッチがあるけど窓は開けないようにな」
「「「はーい」」」
「アイリーン。ここもクルクルハンドルにしても良いところだから一応メモしておいてくれ。ただ優先度は低いから」
「はい」
「運転席から全部の窓を制御するスイッチは重要じゃろトーマよ」
「魔力消費がアホみたいに必要だったら却下だぞ」
「そんなに必要じゃないと思うが」
「まあとにかく気になったのは取りえず全て書き出してから優先順位をつけるから」
ブレーキペダルを踏みながらプッシュスタートを押してエンジンを掛ける。が、ほぼ無音だ。
電気自動車もこんな感じなんだろうか。乗ったことが無いから全然わからん。
「じゃあ動かすぞ」
「「「はーい」」」
俺は窓を開けて、騎兵の一人に声をかける。
「今からゆっくり動かすから南門までの護衛を頼む。魔導駆動車の周囲に人が来ないように注意してくれよ」
「はっ」
ブレーキから足を離し、アクセルを踏むと走り出す、マジで。ちょっと 感動。
しかもワンボックスカーなのにATだから操作も簡単で良い。
って違う違う間違えた。まあターボも何も排気どころか吸気もないからNAでも何でもないんだけど。
「お兄ちゃんまたアホなこと考えてるでしょ」
「流石エリナだな。その通りだ」
「お兄ちゃんだもん。わかるよ」
嬉しそうな笑顔を向けるアホ嫁から突っ込まれた。
「わわわ! 兄さま動きましたよ! すごいねミコトちゃん!」
「きゃっきゃ!」
クレアとミコトは大はしゃぎしてる。クレアは馬車に乗ったことはあるが、乗り心地は全く別物だし珍しいんだろう。
エリナもはしゃいではいないが、流れる景色を見て楽しそうだ。
ゆっくりと南門に向かって走っていく。時速としては三十キロも出てないと思うが、かなり怖い。
操縦感覚的には日本の教習所で乗ったセダンタイプに近いからそれほど違和感が無いのだが、視点も高いし幅も広い。
周囲を騎兵が警戒してくれてるから、壁に突っ込んだりするような自損事故をしない限り安全だとは思うんだが。
この魔導駆動車のサイズなら大通りでなくてもある程度道は選ばずに街中を走れるとは思うが、走行可能区域は定めないと駄目だな。
って自損事故って。そうか、保険のことを忘れてた。
「なあアイリーン。これ任意保険入ってる?」
「任意の保険……ですか? 何のことでしょうか」
「すまん、アホなことを聞いたな。万が一人や建造物なんかにぶつかった時に損害賠償が発生するだろ? 被害者が確実に賠償金を受け取れるシステムの事なんだが」
「損害賠償保険の事ですね。生命保険やシステムとしては存じ上げておりますが……。そうですね検討の必要性を感じますね」
「治癒魔法が発達してるから医療費が比較的安いんだよなこの世界って。両腕無くしても三日で退院したし」
「そうですね、ですので掛け金は低額に抑えられると思います」
「ならトーマよ。その保険は魔導士協会で引き受けたいんじゃが」
「そうか、魔導士協会なら医療費も建造物の補修もあっという間か」
「ほぼ技術料で済むからの」
「これ魔導駆動車は強制加入を義務付けるとして、馬車とか荷馬車でこういう保険の需要は無いのかな?」
「山賊、盗賊の被害から積み荷の損害を補償したりする、相互扶助目的の『講』というものは各ギルドで存在するようですが、人身事故の場合は例がありませんね」
「ハンナやニコラの両親が事故で亡くなったろ? 加害者がいる事故じゃないから賠償金も得られずに孤児院に来ることになったが、そういったケースもなんとか救済したいんだよな」
「一応孤児院というのがセーフティーネットになっていますし閣下が設立された生活支援制度もありますが、たしかに働き手を失った家庭に対しては今まで通りの生活を送れるほどの金額を、というのは難しいですね」
「魔導士協会にその保険の取りまとめをさせるのは良いけど、ちゃんと首輪をしておくようにな」
「お任せください」
「細かな掛け金や補償内容の設定なんかはアイリーンの嬢ちゃんに設定してもらったほうがいいからの。むしろこっちが助かるわい」
保険の話がひと段落したころには魔導駆動車も旧南門を抜け、広い敷地内を少しスピードを上げて走っていた。
「楽しいねお兄ちゃん!」
「もう少しスピードを出しても良いかもな」
南の街道に出ると馬車や通行人がいるので、しばらくここで運転を思い出しながら無駄機能をどんどん口頭で挙げていく。
乗り心地は最高だし、価格次第では量産品も売れるようになるかもな。
そのためには交通ルールなんかも制定しないと。
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