第四十話 絵本と文化


「ぱぱ! おひざ!」



 昼食後、ミコトが絵本を持って俺の側までやってくる。

 向日葵のような笑顔で絵本を読んでとおねだりだ。



「よしよし、おいでミコト」


「あい!」



 ちょこんと胡坐をかく俺の膝の上に座って、にへらと笑顔を向けるミコト。可愛い過ぎる。



「よしよし、じゃあ読むぞミコト!」


「わー!」



 ミコトの持ってきた絵本はグロがほとんどない健全なトーマセレクション金賞を受賞した物ばかりだ。

 このリビングからグロ絵本は一掃されてたのだ。

 ほぼ婆さんの部屋の金庫に移動しただけだけどな。たまに一号とかが婆さんに頼んで見せて貰っているらしいが、まあそのあたりは黙認だ。



「ぱぱ! ぶたさん!」


「そうだなーぶたさんだな。でも藁で家を建てる方がレンガや木の枝で作るより難易度高そうなんだよな」


「あー! おうちが!」


「ぶたさん大変だなー。狼が息を吹きかけただけで崩壊するってそれはもう家じゃないよな」


「お兄ちゃん……」



 隣でエマを抱いているエリナが突っ込んでくる。

 この三匹の子豚は狼が子豚を食べないバージョンなので命のやり取りが無い。まるでコントなのだ。そりゃ突っ込みどころ満載なのは仕方がないだろ。



「ぱぱ! つぎ!」


「はいはい」



 次にミコトが差し出してきた絵本を読む。



「ぱぱ! かえる!」


「そうだぞ、これが蛙だぞ。このあたりじゃ川か田んぼまで行かないと見られないけどな」


「ぱぱ! かえるさんが!」


「この姫は見た目がイケメンになったらコロっと態度を変えたからな。ミコトはこういう約束も守らない上に見た目で判断するような大人になったら駄目だぞ」


「お兄ちゃん!」


「どう考えてもこの姫を擁護できないだろ……。王子もよくこんな奴と結婚したな」


「もう! お兄ちゃんセレクションで銅賞でしょこれ」


「グロな描写が無いからセレクション入賞したけどな。絵本は数が揃ってきたし、こういう人格破綻した登場人物の絵本は焚書するかな? クズ過ぎるだろこの姫」


「うーん。お兄ちゃんの言うこともわからなくもないけどね。でもお兄ちゃんはハッピーエンドなのが良いんでしょ?」


「このクズ姫は幸せになっちゃいけないタイプの人間だろ……」


「お兄ちゃんめんどくさーい」


「いいかエリナ、子どもたちに読み聞かせる絵本の登場人物、特に主人公がクズな絵本なんか害悪だろ」


「たしかに『かえるの王さま』のお姫は約束を守らないけど」


「約束を守らないと言えば『赤ずきん』もあいつ寄り道するなよっていう約束を破って食われたからな。ペロー版だけど。ああいう教訓になる絵本ならまだわかるんだが」


「『赤ずきんちゃん』はお兄ちゃんのセレクション漏れで院長先生の管理になったでしょ」


「グロいからな。二人とも助からない初期バージョンだし」



 挿絵がなー。狼にがっつり頭から齧られてるた赤ずきんや、婆さんワインや婆さん肉まで描かれてたからな。あんなの絶対子どもに見せたら駄目だ。



「ぱぱ! つぎ!」


「わかったわかった」



 ミコトが差し出してくる絵本を受け取る。



「えーと、『ジャックと豆の木』? 泥棒の話じゃないか駄目駄目こんなの」


「お兄ちゃん!」


「ぱぱ!」



 絵本を読むのを拒否したら二人から怒られた。



「いやでも、こんな主人公の話のどこが面白いんだ? 巨人とか完全に被害者だろ」


「うーん。巨人の奥さんとか可哀そうだよね。ジャックを匿ってあげたのに」


「しかも味を占めて何度も盗みに入ってる上に巨人を殺したからな。なんで許されてるのこいつ」



 ジャックの行為を正当化させるために、「盗んだハープはかつてジャックの父親の物だった」みたいな後付け設定されてるバージョンもあるけどな。

 それでも酷いけど。



「でもでも! 盗んだものは結局ほとんど意味がなくなっちゃったし!」


「結局殺され損なんだよな巨人の」


「ジャックは反省して真面目になったでしょ?」


「反省すれば許される程度の罪じゃないだろ……」


「ぱぱ!」


「はいはい、ごめんなミコト。次は『しらゆき べにばら』か、これは良いな。トーマセレクション連続金賞の殿堂入りだし


「お兄ちゃんはグロいのは嫌だとか言うけど、これは小人が死んじゃうお話じゃん」


「クズは良いんだよ」


「お兄ちゃんめんどくさい!」


「うるせー」



 ミコトに「しらゆき べにばら」を読み聞かせる。



「ぱぱ! くま!」


「そうだぞー。熊さんだぞー」


「ぱぱ! こびと!」


「こいつはクズだからな。良いか、親切にされても感謝しないようなクズはその内がっつり酷い目に合うからなー」


「お兄ちゃんネタバレ! ネタバレ!」


「いや何度も読み聞かせてるのにネタバレも何もないだろ」


「そうだけど……お兄ちゃんは絵本の読み聞かせに向いてないと思う!」



 エリナから不当な評価を下されながらもミコトに絵本を読んでいく。「かえるの王さま」と「ジャックの豆の木」は婆さんも特に興味がなさそうだし焚書するかな?

 あの古本屋に下取りに出しても良いんだが、あんな害悪な主人公の絵本なんかうちの領地で流通させたくない。



「ぱぱ!」


「すまんすまん。考え事してた」



 そういえば絵本作家みたいな職業の人間っているのかな?

 前の世界で有名だった童話とか小説、漫画なんかはこちらで著作権無視で流通してるけど、この土地のオリジナルの童話とかあまり聞かないし。

 絵本作家なんかもそうだけど、作曲家とか詩なんかの作家、芸術家あたりなんかは領地で奨励とかしたほうが良さそうだよな。



「ぱぱ!」


「ごめんごめん」



 ミコトに怒られながらも、この土地オリジナルの文化なんかの発展も考えた領地経営に頭を悩ませながら絵本を読み聞かせるのだった。

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