第三十八話 三日月宗近


 刀鍛冶を紹介すると言ってからのシバ王がおかしい。

 巻き尾をぶんぶん振りながら、長髪に隠れていた耳もパタパタとせわしない。

 ゆっくり歩く俺の三歩後ろをついてきているのだが、先ほどからハッハッハッと呼吸音がうるさいし。



「なあシバ王は日本刀は持ってないのか?」


「マジックボックスに収納してあります。武器を携帯したまま閣下とお会いするわけには参りませんでしたので」



 亜人国家連合の連中はそのあたりはしっかりしてるのな。

 ここの旧領主やラインブルク王なんかは帯剣したままでも謁見するような危機管理ができてない馬鹿揃いだったけど。



「日本刀があるのに地竜は素手で仕留めたのか?」


「閣下、地竜の鱗は竜種でも最強の固さを誇っております。刃が通りませんからやむなく素手で仕留めました」


「ああ、そういやそうだな。俺が地竜を仕留めた時は日本刀に魔法を纏わせたが、親父の打った日本刀なら多分地竜の鱗すら切り裂くぞ」


「なんと! まさかそんな……。いえ、閣下はドラゴンスレイヤーの称号をお持ちと聞きました。すると本当に日本刀で?」


「親父から銀貨八百枚で売って貰った習作の日本刀に、中級の雷魔法を纏わせて抵抗なく地竜の鱗を貫通して脊椎まで斬れたからな。本気で打った日本刀なら魔法の補助が無くても問題なく斬れるんじゃないか?」


「おお! しかし某はこちらの通貨をあまり持ってはいないのです。亜人国家連合の貨幣はあるのですが」


「交易が始まってまだ一年も経ってないから外貨がお互いに少ないんだよな。外貨両替も最近中央庁舎で小規模で始めたばかりだし」


「両替しても足りなければ、宝石や宝飾品などは身に着けてるものがあるので、それをこちらで売れば何とかなるかもしれません」



 為替レートは今のところ利鞘で儲けようとする人間が出ても困るから、亜人国家連合から持ち込んだ宝石かなんかを売ってこちらの通貨を手に入れたほうが割が良い程度には調整してある。売却益から税金も取れるしな。

 もっと流通量が安定すれば為替レートも安定すると思うんだが。



「今回は俺からシバ王への返礼ということでプレゼントするから気にしないでくれ」


「それはあまりにも恐れ多い!」


「地竜の素材だけでも金貨百枚はくだらないんだ。親父の店の日本刀は玉鋼を使ったものでも金貨十枚程度だし、俺のミスリルを使った特注品でも金貨十五枚だぞ。むしろこっちが得してるんだから気にしないでくれ」


「しかし……いえ、ありがとうございます。閣下のご厚意に甘えさせていただきます」



 また土下座でもするのかとゲシゲシする体制に入ったサクラをちらりと見たシバ王はあっけなく陥落する。

 サクラがいると話が早くていいな。

 いやまあ金貨一枚で日本円で百万円くらいの価値があるから、金貨十枚で一千万円相当のプレゼントってだけでも恐ろしいんだが。

 地竜の素材だけでも一億円はあるから、お返しとしては足りないくらいな気がする。


 地竜の鱗すら切り裂く名刀が手に入ると知ってシバ王の呼吸がより激しくなる。過呼吸になるんじゃないか?

 なんとか倒れる前に武器屋にたどり着いたので、早速中に入る。



「ういっす」


「来たな。日本刀を買いに来たんだな?」


「おう。今日はこいつ、シバ王に合う日本刀を買いに来た。玉鋼を使った本物をな」



 身長百九十センチを超えるシバ王を親父の前に引っ張り出す。



「シバオ? 柴男? おお、亜人か。良い体してるな。手を出してみろ」


「は、はい」



 シバ王は恐縮しながら手を親父に見せる。

 柴男じゃなくてシバ王な。と突っ込みたくなったが、まあここの親父には肩書は関係ないしシバ王も気にしてないっぽいから良いか。



「親父どうだ? こいつに合いそうな日本刀はあるか? なければ作刀依頼をしたいんだが」


「いや、ちょうどいいのがある。待ってろ」



 そういうと親父は店の奥に消える。



「良かったな。ここの親父の見立てなら問題ないぞ」


「はい、緊張してきました」


「そういや今使ってる刀。親父に見立てて貰ったらどうだ?」


「そうですね、こちらでどれくらいの価値があるか気になりますね」



 そういうとシバ王はマジックボックスから自身の愛刀を取り出して、着流しの帯に落とし差しにする。

 随分刀身が長いな。太刀、いや大太刀サイズはありそうだけど拵えは打ち刀拵えにしてるのか。



「待たせたな」



 親父が奥から日本刀を手にして戻ってくる。

 持っている日本刀はシバ王の愛刀と同じく大太刀サイズだ。



「おお! これが地竜の鱗さえ切り裂く名刀を打った鍛冶師の日本刀!」


「おお、わかってるじゃねえか柴男! まあ抜いてみろ」


「はっ」



 もう完全に柴男って親父は呼んでるな。

 イントネーションがおかしいのを気にせず、懐紙を咥えたシバ王は大太刀を抜刀して刀身を眺める。



「刀身三尺六寸一分。玉鋼で打った本物だ。拵えは打ち刀だが、希望があるなら太刀拵えにするぞ」


「刀身一メートル超えか。刃文は浅いのたれに互の目ぐのめ逆足さかあし。備中青江派の特色の上に三日月形の打ちのけかよ……。天下五剣の三日月宗近みかづきむねちかそっくりじゃねえか親父」


「お前さんやっぱり今度一緒に酒を飲まないか? もう成人になったんだろ? 」


「うちは未成年だらけだから料理で使う以外のアルコールを置いてないし、俺も飲んだこと無いんだよ。というか刃文ってそんな簡単に似せられるのか? どうやってんだ親父」


「企業秘密だ」



 恒例となっている親父との会話の最中、シバ王は刀身に見とれてさっきから微動だにしていない。

 サクラは先ほどから興味深そうに店内に置かれている武器を眺めている。



「サクラもついでに武器を買うか?」


「私の得意な武器はナックルダスターなのでここには置いてなさそうですっ!」


「犬人国って拳で戦うのが好きなのか」



 ナックルダスターってメリケンサックだよな。

 鉤爪みたいなのなら親父も喜んで作りそうだけどな。あとは手甲みたいなやつか。

 サクラの十五歳用のプレゼントとして、少しおしゃれな服と社交界でも使えそうなドレスを用意したが、鉤爪とかも追加したほうが良いかな?



「どうだ柴男」



 親父に声をかけられて意識を取り戻したシバ王は、慌てて納刀する。



「素晴らしいです! こんな美しい日本刀は見たことがありません! 是非お譲り頂きたいのですが!」


「金貨十二枚。びた一文まからんぞ」


「代金は俺が出すからな親父。シバ王、拵えとか細かな希望は今やって貰え」


「打ち刀拵えで問題ありません。この長さでも腰に差せますから」


「あとはシバ王の佩刀を見て貰おうか」


「あっそうですね。これです」



 慌てて腰に差した日本刀を親父に鞘ごと渡す。

 シバ王の日本刀を受け取ると、早速抜刀して刀身を見る親父。



「ふむ。悪くはない。悪くはないが鉄の質が良くないし、鍛え方も足りてないな」


「亜人国家連合ではこれでも質が良い方なんだろ?」


「ええ、我が国でも有数の刀鍛冶が打った逸品なのですが」


「どうだ親父。亜人国家連合に何振りか輸出してみないか?」


「うーむ。できれば使い手を選びたいところだが」


「たしかに合う合わないはあるだろうしな。美術品として扱われるのは親父としても本意ではないだろうし」


「その通りだな」


「でしたら国に帰ってこの店を紹介いたしましょう」


「客が多く来ても対応できんぞ」


「わがままだな親父。まあでも何か考えておくわ。親父と亜人国家連合の間で需要と供給が満たされればいいわけだろ?」



 ファルケンブルクじゃあまり日本刀は売れないんだよな。

 シルが騎士団の連中に一期一振影打を見せびらかした影響で、騎士団の連中には多少は売れてるらしいけど……。

 騎士団の連中って貴族の子弟だったり縁戚だったりするから売れるんであって庶民には高額過ぎるしな。

 亜人国家連合に輸出してもどれだけ売れるかわからないし、なんかいい方法はないかね。

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