第二十一話 ヘアカット
クリスマスも終わり学校も冬期休暇になった。
明日には周辺領から来ている寮生は一週間ほどの里帰りのために馬車で実家に戻る。
朝食が終わった後におせちではないが、年末年始に実家で食べてもらおうと保存のきく料理を大量に持たせるために準備をしていた。
寮生の分は寮母たちが準備しているが、俺たちは託児所組の分を用意しているのでそれほど保存期間にこだわらなくてもいいのは助かるのだが。
「一号の試作した弁当箱を量産しておけば保冷状態のまま持たせられたんだけどな」
「魔石自体の需要が増えちゃいましたからね兄さま」
重ねられる機能を持つでかい弁当箱、まさにお重そのままの入れ物に料理を詰め込んでいく。
託児所組にはいつでも遊びに来いと言ってあるので、事実上保護者への食事になるのだが。
託児所を利用している家庭は貧困家庭なので、間接的な生活支援みたいなものなのだ。
「実際保温や保冷機能付きの弁当箱って需要は多いのかな?」
「そうですね、さんどいっちは問題ないのですが、やはりパスタやスープ系は温かい状態で食べたいという意見は多いです」
「カルボナーラとかクリームシチューのメニューも追加できるしな」
「今は食べる直前にお湯を入れてもらう味噌玉スープとコーンスープしかメニューにないですからね」
「意外と味噌汁が好評だったな」
亜人国家連合との交易が始まると大豆製品の輸入品が増えたのだ。大豆そのものをメインで輸入しているが、大豆油や味噌も取引量が増えている。
豆腐は日持ちがしない上に、製造方法は伝わってるが作る人間が皆無なのでファルケンブルクではまだ見ないが、味噌は比較的好意的に受け入れられて少しずつ人気が出てきている。ちなみに納豆は全然流行る気配がない。
朝の弁当販売の新メニューとして、味噌に出汁を加えて刻みネギを練り込んだ味噌玉と、ブイヨンとバター、コーン粉末と乾燥コーン粒を混ぜ合わせた簡易コーンスープを開発して、そこそこ好評だった。
お湯を用意しなければならないので購入者は限られるんだけどな。
「兄さま、お味噌も持たせましょう」
「ネギを抜いた出汁入り味噌だけにすれば日持ちは問題ないか。自宅ならお湯も用意しやすいだろうし栄養もあるしな」
お重の一つに出汁入り味噌をペタペタと詰め込んでいく。予定より一段増えたがまあ構わないだろう。一号たちの作ったお重は大量にあるからな。
「あ、兄さま、誰か来ましたよ」
防御魔法に反応があったとクレアが報告してくる。
「ん? 誰だろ」
「この人数は……。ああ、兄さま散髪屋さんですよ」
「そういえば今日じゃないと寮生も託児所の帰宅組も髪を切れないからって今日にしたんだっけ。出迎えてくるからクレアは魔法の解除を頼むな」
「はい兄さま」
玄関を開けると、門の前に女性が十人ほど立っていた。
孤児院だけを経営していた頃は婆さんやエリナ、クレアが孤児院メンバーの髪を切っていたが、託児所メンバーを預かるようになったころから月一回のペースで散髪屋を呼んでいたのだ。
学校が始まってからは寮生の散髪もお願いしているので、来てもらう人数も二人から一気に十人に増えた。
もうすっかりおなじみになっているので、いつも通り寮生を担当してもらう散髪担当にはクリスに案内させ、孤児院、託児所メンバー担当はそのままリビングに迎え入れる。
「おーいお前ら、散髪の時間だぞー」
「「「はーい!」」」
もう冬期休暇に入って授業が無いので、絵本を読んだりおもちゃで遊んだりしていたガキんちょどもに声をかける。
「お兄ちゃん! 私とエマちゃんの髪はすぐ散髪する?」
「弁当詰めが終わったらやってやるからちょっと待っててな」
「うん!」
エリナの髪だけは何故かずっと俺担当なのだ。俺の髪もエリナが切っているが、正直ヘアカットのセンスが無いのでずっと困惑している。
と言ってもエリナの場合は毛先を揃える程度なのだが。
エマの髪も俺が切る担当らしいのだが、乳児って伸びるのが遅いのかまだ全然ヘアカットする必要が無いんだよな。
一歳くらいになって初めてヘアカットの必要が出てくるらしい。
厨房に戻ってクレアと残りの作業を終わらせる。
持たせるお重は五段重ねになったが、日持ちもするしまあいいだろう。
「じゃあ戻るか」
「はい兄さま」
クレアとリビングに戻ると、すでにリビングは散髪会場になっていた。
人が苦手なハンナやニコラに慣れるまで時間がかかったが、今ではすっかり会話をしながら散髪ができるまでになった。
まあずっと孤児院を担当してた人じゃないとまだ嫌がるんだけど。
「お兄ちゃんお願いしていい?」
「よしやっちゃうか」
「うん!」
自室からエリナのブラシと、散髪用に買ったハサミ、梳きバサミ、櫛の散髪セットを持って来る。
エマをクレアに預けたエリナが、敷いた布の上に置いた椅子に座ってスタンバイを終えていたので、さっそく切った髪が服につかないようにエリナに布を巻く。
「じゃあ切るからな」
「よろしく!」
ツインテールを解きブラシで軽く梳いた後に、毛先を霧吹きで軽く湿らせていく。
「エリナの髪は相変わらず綺麗だな。全然傷んでないぞ」
「えへへ! お兄ちゃんのおかげだよ!」
「シャンプーはずっとあの安いものしか買ってないんだよな……。もう少しいいのにするか?」
「あのピンクの入れ物が可愛いしそのままでいいよ! みんな使い終わったあとの入れ物欲しがってるんだよ」
「じゃあ男子チームのシャンプーを女子チームのと同じにするか。あれ茶色だし人気なさそうだ」
「散髪師さんに、男の子たちの髪が傷んでるかどうか確認して貰ってからでいいんじゃないかな? 香料が入ってるから男の子は嫌がりそうだし」
「飯を大量に食うからかあいつら髪も健康なんだよな。シャンプーじゃなく石鹸でいいんじゃないか?」
「お兄ちゃん酷い!」
「一号なんか昨日『今日はお湯で流すだけでいいや! シャンプーの泡流すのめんどくさいし!』とか言ってたぞ」
「アラン……」
話ながら先月より伸びた分だけをカットして毛先を揃える。
前髪を少し梳きバサミでカットして軽くなるようにしたら完成だ。
「ほい、切り終わったぞ。どうだ?」
ブラシで髪を梳き、床に敷いた布の上に切った髪を落としていく。
手鏡を渡すと、満面の笑顔になるエリナ。
「ばっちりだよ! ありがとうお兄ちゃん! 私可愛い?」
「エリナはずっと可愛いぞ。ツインテにするけどいいか?」
「うん! えへへ!」
エリナをツインテにして、手箒で切った髪を払ってやって終了だ。
「よし終わり」
「じゃあ次はお兄ちゃんの番ね!」
「いつも通りでいいからな」
「任せて!」
「フリじゃないからな!」
「なんでお兄ちゃんは毎回確認するの? 私お兄ちゃんを変な髪形にしたことないのに」
「毎回誰々さんみたいな髪型にしようよ! とか言ってくるだろお前は」
「似合うかなって!」
「そういうのはいいの。いつも通りで」
「お兄ちゃんのヘタレ」
「ヘタレ関係なしに髪型変えるって結構な度胸が必要だろがよ……」
不穏な会話をしつつ、椅子の上に座り布を体に巻き付ける。
「じゃー切るねー」
「おう」
チョキチョキと軽快な音が響く。
「あっ!」
「そういう冗談やめろって毎回言ってるだろ? ばっさりいかれたかと思うと怖いんだよ」
「お兄ちゃん、ここハゲてるよ!」
「マジかよ! 鏡見せてくれ!」
「嘘だよー。 なんでお兄ちゃんは毎回この嘘に騙されるの?」
「常にハゲないか気にしてるからな! もうお前に髪を切らせるのやめるわ」
「えー、それも毎回言ってるー」
きゃっきゃとじゃれ合いながら、結局俺の髪はいつもの髪型になり散髪が終了する。
エリナは器用だからな。なんだかんだ安心して任せられるんだが、毎回ハゲを見つけたとか脅すのはやめてほしい。
そのうちほんとにハゲるぞ……。
晩飯前には寮生も含めて全員切り終わった。
数日後に控えた新年をさっぱりした気分で迎えられそうだ。
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