第十話 生活支援


 収穫祭は無事に終わった。

 今年は喧嘩が数件発生した程度で例年以上に平和だったとのことだ。

 治安は良くなってるっぽいな。


 明日からは秋の採用試験が始まる。

 試験会場と宿泊施設は結局学校の敷地内に建設したので寮生や職員の生活には影響はないが、試験期間中はグラウンドを使った授業を行わない程度だ。


 今日は午後から城で後期追加予算の配分を行う会議を行う予定だが、生活支援部門から予算要求があったので、会議の前に人生の冒険者ギルドにクリスとやってきたのだ。



「おいっす」


「こんにちは」


「トーマさん、奥方様、ようこそいらっしゃいました」



 いつもの事務員はにこにこしてるが、受付カウンターの隅では筋肉ダルマが突っ伏していて動いていない。

 多分追加予算要求書を作るのにこき使われたんだろうな。何しろ要求書自体今朝になって急遽持ち込まれたものだし。

 筋肉ダルマには一切触れない事務員が、奥の会議室へと俺たちを促す。



「本業の方はどうなんだ事務員」



 席に座って出されたお茶を一口飲んで、まずは本題の前に人生冒険者ギルドの状況を聞くことにした。

 クズがいなくなったら潰して職業斡旋ギルドに一本化する予定だからな。



「駆除は順調ですね」


「駆除っていうなっての」


「真面目にホーンラビットなどを狩っているレアキャラは頑張っていますよ。南部の大森林が一部開拓されたことで住処を追われたのか、比較的南門に近い場所でもホーンラビットやラージラットが多く狩れるようになったと喜んでいますしね。魔石の買取価格が値上がり傾向なのもあって頑張っているようです」


「レアキャラって……。たしかに俺は一度も見たことが無いから相当レアなんだろうけど」


「あとは王都への街道敷設工事や北、東、南の宿場町建設工事では泊まり込み前提のために衣食住が付帯してる上に、割高な給金設定になってますからね。かなりの人気で、手っ取り早く貨幣輸送馬車を襲おうなんて馬鹿以外には好評のようです」


「素行不良で首になる連中も減ったって聞いてるしな」


「美味しい労働環境ですからね。官営の公共事業から弾き出されたらまた採取や魔物狩りをするしか能のない連中です。頑張れば建設、土木関係への正式採用の可能性もあると目の色を変えて頑張ってるみたいですね」


「なら意外と早くにここは潰せそうかな」


「魔物を狩って一攫千金を夢見て頑張っている人生の冒険者もいますからね、完全にはいなくならないと思いますよ」


「その辺は俺もそうだったしな。あの時割のいい工事があっても泊まり込みじゃガキんちょの面倒は見れないから結局狩りをするしかなかっただろうし。よっぽど金に困ったら工事現場に行ったかもしれないけどな。それでも素行の良い連中だけになったら職業斡旋ギルドに一本化しても良いし」


「そういえばトーマさんは、ファルケンブルクでは初の人生の冒険者ランクS級になりましたからね。人生の冒険者ギルドが無くなったらそれも消えてしまいますよ」


「いらんいらん」


「何故ですか? 王都でも現在Sランクの冒険者はいないのですよ?」


「クズの最上位ランクっていうだけで気分悪いしな。A級やS級になると確かに凄く美味しい依頼は多いんだが、護衛任務とか調査任務なんかで数日拘束されるようなものばかりだから俺には不要なの。ダッシュエミューあたりの討伐任務で割高な報酬がもらえるから登録してるだけだしな」


「引きこもりの発言じゃないですか」


「いやいやいやいや、ちゃんと時間のある時は狩りをしてるし。ミコトやエマと散歩に行くし」


「子離れができていないのですね」


「ミコトやエマは乳幼児だからな! まだ親が離れちゃ駄目な年齢だからな!」


「そういえばトーマさん、追加予算もその乳幼児の件なんですよ」



 そういうと事務員が俺とクリスの前に書類を差し出してくる。

 たしかに今朝貰った予算請求書の項目にも、乳幼児対策の文字があったのを思い出す。

 要望書にはない詳細な内容が書かれた書類に目を通す。



「なるほどね、一応うちでも乳幼児の預かりはやってるんだが、希望者が皆無なのはこういうことか」


「たしかに周辺領から預かるというわけにもいかないですからね。わたくしも失念しておりましたわ旦那様」



 周辺領地から預かった六歳以上の児童は、月に一回くらいの頻度で三日間家族と過ごすために送迎をしている。夏季休暇や年末年始休暇などは、希望すれば親がファルケンブルクに来て、寮で子どもと一緒に二週間ほど滞在するか、もしくは里帰りのために送迎馬車が出されている。

 それとは別に、本人や親が希望すれば随時帰宅のために馬車が出されるほど緩くはしているのだが。

 だが乳幼児に関しては働いている間に預けるだけならともかく、何週間も手元から離したくないという意見が大半だという調査結果などが書かれている。



「それで補助金額の上乗せか」


「はい。それも他領の住民に、です」


「うーん。俺としては申請した予算もそれほど高額ではないし叶えてやりたいんだが。どうだクリス」


「他領からの孤児や貧困層の児童はこれまでも受け入れていますから問題はありません。ただしファルケンブルク領内の乳幼児を抱えている住民と同じように、職業斡旋ギルド経由の生活支援金という体裁をとったほうがスムーズだとは思いますわ。予算も一括にできますからね」


「新規に予算枠を作るより早いってことか」


「はい旦那様」


「元々生活支援が必要な住民が各々の住む町や村でギルド登録手続き出来るようなってたしな。新たに乳幼児を持つ親がギルド登録して支援金を受け取れるようにするだけか。生活支援金に関してはファルケンブルク領の持ち出しでやってるし、領主からも文句は出ないだろ」


「食料品に関しては一定量の給付を他領の領主には要請していますけれどね、備蓄入れ替え分の放出ですから多少増えたところで影響は無いと思われますわ旦那様」


「それも不正が無いように定期的に調査をするようにな」


「ええ、もちろんですわ」


「それとトーマさん、各宿場町や街道敷設工事現場での託児所設置の件ですが」



 俺にお茶のお代わりを淹れてくれた事務員が、さらに追加の書類を出してくる。

 これは職業斡旋ギルドへの住民の要望をまとめた書類か。



「それも人員が集まり次第やるぞ。ファルケンブルクから離れた現場だからどうしても炊事場や洗濯なんかは必要だし、作業員の希望者が増えて現在の女性職員の人数じゃ回らなくなってきた。この書類の要望もそうだけど『日中子供の世話さえ見てもらえれば現場で泊まり込みでもいいから働きたいという女性が多い』っていう報告は他からも上がってるからな」


「旦那様、預けられる乳児が多いとどうしても母乳を与えられる女性職員が必要になりますからね。授乳しながら働くのも可能ですが大変でしょうし、交代制にするにしても人数が必要ですから」


「大豆を亜人国家連合から大量に輸入するようになったおかげで、豆乳を母乳の一時的な代用にはできているけどな。できれば母乳で育てたいし」


「交易で我が領地への利益がかなり出ているので追加予算に余裕ができましたしね」


「もっと大規模な隊商を編成してもいいな。今は官だけでやってるけど、民間の商会を参加させてもいいし」


「輸入商材の販売価格などを考えると民間の参加はまだ難しいですわね」


「クリスに任せっぱなしで悪いけどな。そのあたりの調整は頼む」


「かしこまりました」


「まずは官営の販売店を作って雇用を生むっていう政策を優先させるのは変わらないけどな」


「官営商店を増やす為にもですが、ファルケンブルクへ移住する住民も増えてまいりまたし、町の区画を広げる計画もそろそろ立てないとですわね」


「事務員、とりあえず追加予算の件は午後から城で会議を行うが、多分要求通り通ると思ってくれていい」


「ありがとうございますトーマさん。筋肉ダルマが頑張って書類をまとめた甲斐がありました」


「ほどほどにしておいてやれよ。落ち着いたら前みたいに適度に息抜きさせてやってくれ」


「わかってます。今はアレでも遊ばせておくにはいかない重要な時期ですからね」


「秋の採用試験でも優先的に試験合格者を回すからなんとか頑張ってくれ」


「はい。お任せください」



 凄い笑顔でそう宣言する事務員を残して退出する。

 筋肉ダルマはいまだに受付カウンターで突っ伏して動かないが、呼吸はしているようなので放置だ。

 生活支援の方もまだ粗が目立つが、事務員が随時対応して要望を揚げてくれるおかげですぐに対策ができるのはありがたい。

 そのたびに筋肉ダルマが瀕死になってるが、落ち着くまでは頑張って欲しい。


 さて、俺も午後の会議を頑張るかと、昼飯を食いに家に戻るのだった。




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