第二話 思い出の味
エマが産まれて一週間が経過した。
それまではずっと24時間体制で女医や看護師がエリナのサポートについていてくれて、非常にありがたかった。
正直領主という立場だからこれほどの待遇を受けられたのだが、これを平民でも受けられるようにならないかな……。
出産予定日少し前から、産後一週間ほどまで入院できてサポートも受けられる総合産婦人科みたいなのであれば、今回みたいな個別で対応するより人員も少なくできるんだが。
それに加えて無料で、滞在中の食事やなんかも出せれば、より人口増加につながると思うんだが。
まあそのあたりはクリスやアイリーンに相談するか。
エマの目が開いたのもちょうど今日だった。俺やミコト、シャルと同じく黒い瞳、黒い髪。滅茶苦茶可愛い。
産後の肥立ちも良く、母子ともども順調ですよという女医の言葉に一安心だ。
とはいえ、相手は赤ん坊だ。すぐにお腹が減ったと泣き出すし、一日に何度もおむつを交換しなくちゃならない。
クレアや婆さん、クリスやシルも手伝ってくれるが、エリナは授乳だけでも大変なのだ。夜中に何度も起こされるしな。
昼食後に魔法によって適温に保たれたリビングでゆっくりとしている俺とエリナ。
夏だけど、魔法によって温度管理されたリビングはすごく快適だ。
クレアがやってるんだけどな。すごいぞクレア。
ガキんちょどもと婆さんとクリスとシルは学校で授業中。
今リビングでは、クレアがミコト相手に絵本を読んでいるところだ。
ミリィはやたら賢いらしく、年下チームの授業にも追いつけているようで学校に通っているが、ミコトはいつくらいから通わせるかな。
他領の孤児や貧困層の子どもたちに乳幼児はいなかったが、今後は専門の部署も作らないといけないかも。
職員がつきっきりになって大変だろうけど。
「エリナ、お前昼飯あまり食べられなかったろ? なにか食べたいものはあるか?」
「うーん、今はそうでもないかなあ」
エマを抱っこしながら返事をするエリナだが、少しだけ顔色が悪い。
「ちょっと顔色悪いぞ。少しでも食べないと母乳も出にくくなるしな」
「えへへ、お兄ちゃんが優しい」
「エマのこともあるしな。ま、何か食べたくなったら言え。カロリーが取れる甘い飲み物とかでもいいし」
「うん」
エリナは悪阻があまり無くて食事には苦労しなかったけど、産後に赤ん坊の世話で疲れて食欲がなくなるとはな。油断してた。
エリナの好きなものってなんだっけ? なんでも美味しい美味しいって言って食べるからな……。
そうだ、忘れてた。あれがあった。
「エリナ、ちょっと晩飯の買い物行ってくるわ」
「わかった」
「クレア! すまんが買い物に行ってくるから、エリナのこと頼むな!」
リビングの片隅でミコトに絵本を読んでいるクレアに声をかける。
「わかりました兄さま。お任せください!」
クレアの頼もしい返事を聞いて、早速買い物に出かける。
まずは肉屋だな。
「おっす」
「兄さんいらっしゃい。赤ん坊はどうだい?」
「元気だよ。ただ元気過ぎてエリナが疲れちゃってるみたいなんだよな」
「そうか、なら豚肉が良いと思うぞ。薄切りにした豚バラか肩ロースを茹でてゴマダレやおろしポン酢で食うんだ」
「冷しゃぶだろそれ。でも夏だしいいなそれ。レタスなんかと一緒にさっぱり食べられそうだし、パスタにしてもいいな。あと欠食児童用にチーズ入りハンバーグも貰おう。あと鶏肉の胸とももをそれぞれ十キロずつとウインナー、ハム、ソーセージも十キロずつと卵を三十個な」
「豚肉は肩ロースでいいかい?」
「そうだな、俺は豚バラが好きだけどちょっと脂がきついかもしれないから肩ロースで。これも十キロだな」
「わかった。じゃあハンバーグの成形をしておく。寮の食材もまとめておくぜ兄さん」
「頼む。二、三十分で取りに来るから」
学校の敷地の工事は終わったので、今は北の王都への街道整備と宿場町建設、南部大森林の開拓と、東部でも馬車で一日ほどの場所に宿場町を作っている。これは亜人国家連合との交易が予想以上に順調なために、急遽アイリーンが提案してきたものだ。というか休めよアイリーンは。
なので今ファルケンブルクの町の中では公共工事は行っていないために、購入する食材は、学校給食というか寮用のものとうちの分だけだ。それでも寮の分だけでも職員合わせて百人近いので、大量に必要なのだ。
肉屋を出たら次は野菜売りのおばちゃんの店だ。
おばちゃんにはしょっちゅうエリナのことで世話になったからな。何せ出産回数五回のベテランだし。
「おばちゃーん」
「あらお兄さん。エリナちゃんとエマちゃんは元気かい?」
「エマは元気なんだけどな、エリナがちょっと参っちゃってて」
「夜中に何度も起こされるからね。お兄さんがちゃんと支えてやっとくれよ」
「ああ、ありがとうなおばちゃん」
冷しゃぶサラダ用やら、エリナ用の果物なんかと一緒に、いつものように野菜をどっさり用意してもらう。
もちろん学校用の食材も一緒に持って帰る。
帰宅したらすぐに準備だ。おやつの時間に間に合うかな。
学校用のおやつはすでに渡してあるから、俺とエリナ、クレアとミコトの分だけだ。エマはまだ母乳以外口にできないからな。
発酵済みパン種は常にマジックボックスに入れてあるので、まずはクッキー生地を作る。
適度なサイズに丸めたパン種を、クッキー生地で包んで、網目状に線を入れたら二次発酵をさせる。
二次発酵を待つ間に次は作り置きのカスタードクリームを、同じく適当なサイズのパン種を伸ばして、カスタードクリームを餃子状に包んで、耳の部分に切れ込みを入れる。
で、次が割と問題なんだが、正直味を覚えていない。というか知らないメーカー名だったから飲んだことすら覚えてないのだ。
とはいえ、それっぽいものは作れるから今日はそれで勘弁してもらおう。
水一リットルに、塩三グラム、レモン汁五十ミリリットル、砂糖おおさじ六杯。
本当は砂糖より体に良いはちみつを使おうかと思ったが、万が一こぼれたりしてエマの口にはちみつが入ったりしたら大変だからな。
これを振って溶かしたら手作りスポーツドリンクだ。
せっかくだから大量生産して学校のガキんちょどもに飲ませてやるか。体育の授業の後とかに最適だろうし。
などと考えているうちに二次発酵が終わったので、
そう、エリナと初めて出会った時に食べさせたメロンパンとクリームパン、そしてスポドリを用意することにしたのだ。
いつか作ってやるよなんて言ったまますっかり忘れていた。
菓子パンってファルケンブルク領では少ないんだよな。多分おやつ自体が贅沢だし、お菓子を食べるのも贅沢っていう生活レベルの庶民が多いからだと思う。
庶民が気軽に菓子パンを買えるような生活レベルにしないとな。
焼きあがるまでに時間ができたので、大量のスポーツドリンクをつくる。万が一はちみつ入りを家に持ち込まれても困るので、全部砂糖で作った。
レシピも簡単だし、寮の職員に常に作らせてストックさせておくのもいいな。学校や寮内で消費する分にははちみつ使っても問題ないし。
大きな壺に百リットルほど作って、マジックボックスに収納していると、ちょうどメロンパンとクリームパンが焼きあがったので、グラスに入れたスポドリといっしょにリビングに持っていく。
「エリナ―、クレアー、ミコトーおやつだぞー」
「ありがとうお兄ちゃん」
「兄さま、言ってくれれば手伝いましたのに」
「おやつー!」
「クレアはミコトとエリナとエマの面倒を見る大事な役目だろ、気にすんな」
クレアがミコトを連れてエリナの横に座るのを確認して、それぞれの前にメロンパンとクリームパンが盛られた皿を置き、氷入りのスポドリを置く。
「あれ? お兄ちゃんこれって」
「そう、メロンパンとクリームパンだ。すまんなエリナ。いつか食べさせてやるって言って忘れてた」
「わー、これが姉さまの言っていためろんぱんとくりーむぱんですね。兄さまに食べさせてもらったんだよっていつも自慢されてましたから」
「もうクレア、内緒だったのにー」
「ごめんなさい姉さま」
「ま、食ってみてくれ。味は似てはいるとは思うけどあまり期待しないように。あと焼きたてで少し熱いから気をつけろよ」
「う、うん」
エリナとクレアが、まずはメロンパンに手を出す。
クレアは少しちぎってミコトに食べさせたあとに、自分の口に入れる。
「兄さま、美味しいです! さくさくのふわふわで!」
エリナはメロンパンを少しちぎって口に入れて咀嚼した後、クリームパンを手に取り、同じようにちぎって口に入れる。
そのあとにスポーツドリンクを一口飲み込むと、エマを抱きしめて肩を震わせた。
「姉さま?」
「エリナどうした? 気持ち悪くなったか?」
「ちがうの……すごく美味しいの……。お兄ちゃんが私に食べさせてくれたときの味そのままだったから……」
エリナの横に座ってた俺は、エマを抱いたエリナごと優しく抱きしめる。
「元気になってくれてありがとうな。そして元気な子を産んでくれてありがとうエリナ」
「うん……うん……」
「もし食べられるならもう少し食べてようか」
「うん、そうだね。えへへ」
涙をぬぐって、メロンパンをほおばるエリナ。
「無理に食べなくてもいいからな」
「うん! でも美味しいから食べられちゃう!」
もっと早く作ってやればよかったな。と反省しきりだ。
「美味しいですね姉さま。これは朝のお弁当販売でも売れますよ!」
「流石クレア! お兄ちゃんももっと早く思い出せばよかったのに!」
「すっかり忘れてたんだよなー。なんだかんだ忙しかったから」
「甲斐性なしなのに?」
「犯人はエリナ……お前か」
「ぱぱ! かいしょなし!」
「……結構稼いでる方だと思うんだけどな。エリナの妊娠が発覚してからはあまり狩りに行ってないから仕方がないか。打ち合わせも極力家でやってるし」
「わたしはお兄ちゃんが甲斐性なしでもひもでも大丈夫だからね!」
「頑張って稼ぐよ。エマのためにもな」
少し元気が出たエリナに一安心だ。
今後の量産に備えてクレアにメロンパンとクリームパン、スポーツドリンクのレシピを教えたので、あとはもうクレア任せだ。コスト計算からの値段算出や、学校内で配布するスポーツドリンクの生産体制などをすべて放り投げた。あれ? 俺ってやっぱり甲斐性ないのかな?
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