第十三話 春の採用試験
三月になり、学校の施設の大部分が完成した。
まだ全ての工事が終わったわけではないが、現時点でも四月の開校に支障はない程度には完成している。
四月の開校前に、明後日から行われる春の採用試験での試験会場、および無料宿泊施設としてまずは使うのだ。
俺は今クリスとともに、内装工事が終了したばかりの校舎の中から外を眺めている。
ファルケンブルク周辺の村や旧領主家と血縁関係のある諸侯領から、受験生を乗せてきた馬車が次々とやってくる。
「クリス、受験者の数はどうだ?」
「昨年の倍以上ですわね。送迎馬車の導入で遠隔地からの受験希望者が増えましたし、試験期間中の食事に加え、個室の無料宿泊施設が使えるというのも増加の要因と存じます」
「家が裕福じゃなくて今まで受験できなかった受験生から有能な人材が見つかればいいがな」
「受験者の中から人柄がよく、基礎知識やコミュニケーション能力に問題のなさそうな人材には教員としての勧誘も行いますわね」
「学校の講師に人生冒険者ギルド職員に領地の官僚、文官ね。とにかく人手が足りない状況だからな」
「今年は秋に採用試験をもう一度行います。無料宿泊所の快適さや無料で提供する食事の内容など、口コミで広がればさらに受験生が集まると存じます」
「次回以降は試験会場に校舎を使えないから、新たに試験会場に使える講堂や、イベント時に開放できる官営の宿泊施設も作らないとな。天竜の素材でかなりの資金が手に入ったから予算は気にしなくて済むし。クリスのお手柄だぞ」
「ありがとう存じます旦那様。ですがあの魔法は旦那様とわたくしのいわば共同作業ですからね、わたくしだけの手柄でもありませんわよ」
「魔法の名称に関してはスルーするけど、そういってもらえると売却益全てを公共事業の予算にした罪悪感が薄れるな」
「わたくしが持っていても仕方がありませんからね。この領地の為につかっていただけるのであれば異存はございません」
「それは約束する。というか、個人資産と領主家の資産と領地の予算がごっちゃになって良くわからん。討伐依頼なんかで稼いだ俺個人の金以外は全部クリスに任せるから頼んだぞ」
「お任せくださいませ」
サクラは今、シルと騎士団数名とともに開墾した土地の土づくりに精を出している。
実家である犬人国からも種もみを何種類か取り寄せて、苗床も作り始めたり、こと稲作に関しては非常に優秀な能力を発揮している。
「じゃあ人生冒険者ギルドの方へ行くか」
「はい」
校舎を出て、人生冒険者ギルドへと向かう。
「こんにちは」
「おいっす」
一応公式の会議なのだが、クリスはいつものように軽い挨拶をする。
そもそもクリスは城で行われる公式の会議ですら俺の匂いをかいでくるくらいだからな。
すごく機嫌のよさそうな事務員と、酷く疲れ切った筋肉ダルマが迎えてきた。
「トーマさん、奥様お待ちしておりました。奥の会議室までお越しください」
「閣下……助けて下され……」
筋肉ダルマが涙目で助けを求めてくる。
「どうしたんだ筋肉ダルマ」
「ソフィアが……ソフィアが……」
「トーマさん、馬鹿は放っておいて会議を始めましょう」
ソフィアって誰だっけ? ああ、自分の上司を馬鹿呼ばわりしてるこの口の悪い事務員の名前だっけ。
「いやいや、一体どういう状態なんだ筋肉ダルマは」
「事務仕事をさせただけですよ。こんなナリでも一応そこそこ事務仕事はできますからね。体力の続く限りこき使っただけです」
「ならいいか」
筋肉ダルマを受付カウンターに残し、俺とクリス、事務員で会議を始める。
「まずは職業斡旋ギルドの方はどうだ? 支援金給付は終わったのか?」
「登録業務と給付業務は落ち着きましたね。それでも完全には無くなっておりませんし、一時しのぎですからね」
「そうだな、前にお前からもらった生活支援計画書の素案をもとに、仮に予算を組んだものを用意した。クリス」
「はい旦那様。ソフィアさん、こちらが今年度配分できる予算の中からいくつか作った計画書ですね」
クリスが事務員に何枚かの書類を渡すと、事務員は「拝見いたしますね」と受け取ると、ざっと目を通す。
「どうだ? アイリーンが頑張って予算をつけてくれたと思うんだが」
「はい、正直ここまで予算を割いていただけるとは思っていませんでした」
「天竜の素材が魔導士協会に高額で売れたからな。イニシャルコストに関してはそれなりに予算はつけたが、来年度以降に関してはまだ予測がつかないから前年度の予算から算出してある」
「それでも十分です」
「そこからさらに実際の支援対象者の声などを聴いて修正をしてほしい。施行までは今まで通り臨時の予算枠から出すから」
「はい、ありがとうございます。それに食糧支援までいただけるとは」
「格安で商店に卸している消費期限が近くなった備蓄食料をの一部だがな」
「それでもだいぶ助かります。ありがとうございます」
「でだ、ギルド運営に関してなんだが、南の森の伐採を始めてホーンラビットが減ったりしてるんじゃないか?」
「いえ、開拓工事の場所は南門から少し離れてますから、問題はないようですよ。むしろ開拓場所から追い立てられたのか、ホーンラビットとの遭遇率が上がって狩りやすくなったとか」
「薬草採取とかでも影響が出るかと思ったが問題は少ないのかね」
「元々真面目に狩りや採取をするクズ自体が稀ですからね。狩場や採取場所が少々減ったところで影響はありません」
「薬剤師ギルドの方でも安定供給のために薬草園を持っているから、南の森で採取される薬草の入荷量が多少減っても問題ないとは言ってたし、影響がなさそうならいいか」
「採取で生計立ててるような人生の冒険者は、ほとんど公共事業の方に参加してますけどね」
「問題を起こさずに公共工事でずっと働いてる人生の冒険者はもう普通に工事業者に就職できそうだけどな」
「魔王さんはいくつかの業者から勧誘を受けているようですよ」
「アホだけど使いようによっては有能ぽかったからなあいつ。魔法も少しだけど使えるし」
「人生の冒険者ギルド所属のなかでは一番昇給して給金が高いですからね」
「まあいいところに就職して、今後は税金滞納をしなけりゃ構わん。それと職業斡旋ギルドの方も併せて、学校の工事が終わっても継続雇用希望者がいれば街道整備と南部の開拓工事の方に回してくれ」
「わかりました」
「じゃあ書類が完成したらまたアイリーンかクリスに連絡を頼む」
「できるだけ早く仕上げますね」
「筋肉ダルマをあまりいじめないように」
「わかっています」
にこっと笑うその笑顔は可愛いんだけどどこか怖い。
愛想が良くなったのはいいんだけどな。口が悪いのは治らないけど。
まあ殺しはしないだろうとクリスと人生冒険者ギルドを出る。
筋肉ダルマは受付カウンターに突っ伏して微動だにしなかった。死んでないよな?
「試験は明後日から一週間、結果はそこから三日後には発表だっけか」
「はい。それが終わり次第、周辺領から孤児と貧困層の児童の受け入れを行います」
「孤児が十四人、貧困層の児童が六十五人だっけか。うちでは受け入れられないから校舎の寮に入ってもらうことになるが職員は足りるのか?」
「現時点ではギリギリというところですね。採用試験が終わり次第に増員の予定ですが」
「とりあえずやるしかない。がんばろうなクリス」
「お任せくださいませ。旦那様」
これでファルケンブルク、ファルケンブルクの周辺領地、王都の孤児と貧困層の子どもたちを食わせていける道筋は立った。
少しずつでも不幸な子を出さないようにやっていかないとな。
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