第十一話 シルヴィア VS ワイバーン
「
シルが上空の飛竜に、水属性で上級の攻撃魔法を行使する。
超圧縮された水が高出力ビームのような線を描いて飛竜に直撃し、二匹の飛竜のうち一匹がその場で四散する。
「おお! すごいなシル!」
「わふわふっ! すごいですシルお姉さん!」
「ありがとう存じますお兄様、サクラちゃん! もう一匹もすぐに仕留めますね! ハイドロプレ……ってなんですかあれ?……」
二匹目を仕留めようと、シルが再度ハイドロプレッシャーを行使しようとしたその瞬間、飛竜よりも二回り以上大きい竜が超高速で飛来して、残りの飛竜をガブっと咥える。
「クリス、アレなに?」
「天竜……ですわね。生きているのは初めて見ましたけれど……」
「あれってブレスを吐く最上級の竜種じゃなかったっけ……?」
シルの使う土魔法の走査の索敵範囲は広大だが地上と地中しか効果が無い。空中の索敵はほぼ不可能なので天竜の察知が遅くなった。
どちらにせよ攻撃魔法を使うときに走査は切ってたので、その直後に探査魔法を使わなかった俺のミスだ。
使ったとしてもあの速度で急接近されたら目視の場合と数秒しか変わらなかっただろうが。
「ええ、大変危険ですのですぐに仕留めます」
そういうとクリスは、ペンダントに仕込まれたルビーを輝かせながら天竜に向かって手をかざす。
「
地竜の頭部や心臓すら一撃で貫くメギドアローよりも上位の、火属性最上級の魔法を行使する。
クリスの手から放たれた直径十センチほどの赤光の帯は、クリスから離れるほど白く輝きを増していくとともに太くなり、最終的には直径二メートルほどの白い柱となって天竜に襲い掛かる。
<パーン>
軽い音とともに光の柱が消滅する。
あれ? あんまり効いてない? てかこっちに向かって来てないかアレ。
天竜は飛竜を咥えたまま、こちらに向かって着地しようとしてるのか、腹を見せながら降下してくる。
怒ってるのかな? ヤバくね?
「旦那様、失礼いたしますね」
クリスがそういって俺に抱き着いてくるので、思わず抱きかかえてしまう。
「何してんの? てかヤバいぞ」
クリスは俺に口づけをすると、くるんと回って俺の腕を腹に回して固定する。ああ、夫婦魔法か。というかキス必要なかったろ。
「
クリスが魔法を行使した瞬間に俺の魔力の半分以上が一気に持っていかれる。
先ほどは直径二メートルほどだった白い柱が五メートルほどに太くなっている。
エリナと訓練するついでに「お兄ちゃんとクリスお姉ちゃんでもできるんじゃない?」というエリナの提案で、クリスと練習してなんとか使えるようにはなっていた。実戦で使うのは初だが。
ちなみにエリナとはお互いに魔力の譲渡ができるが、クリスとの場合は俺が一方的に魔力を渡す片道でしか行使できない。
あと魔法名についてはツッコまない。ツッコんだら負けだからだ。
<ジュッ>
あ、天竜の胴体に穴が開いて落っこちてきた。
「わふわふっ! クリスお姉さんすごいですっ!」
「ありがとう存じますわサクラちゃん。旦那様、落下地点に騎士団の半数を向かわせたいと存じますが」
「騎士団だけじゃ運ぶのは無理だから素材の回収部隊も必要だな。天竜の咥えてた飛竜も一緒に。あ、シルもお疲れ。飛竜を仕留めた魔法凄かったな」
「うううっ」
「シルお姉さんガンバ!」
「ううう、ありがとう存じますサクラちゃん……」
サクラに慰められているシルは「見せ場だったのに……、見せ場だったのに……」と地べたに這いつくばって泣いている。
何を言ってもへこたれない強靭なメンタルを持つシルの落ち込みように少しばかり同情しつつ、メイドさんを呼んで天竜回収部隊を手配させる。
「クリス、天竜ってどれくらいの価値があるんかな」
「ラインブルク王国全体でも十年に一度というくらいのレア素材ですからね、想像がつきません」
「とはいえ心臓は無くなってるよなアレ。魔石は無事だろうか?」
「天竜を狩る場合は土の最上級魔法での飽和攻撃が基本ですから、状態はかなりいいと思いますわよ旦那様」
「土の最上級魔法ってメテオフォールじゃねーか。隕石の飽和攻撃って……」
「魔法で巨岩を生成しているので正確には隕石ではないのですけれど、心臓以外はほぼ無傷という今回はかなりの高額が予想されます」
「お兄様! わたくしとも夫婦魔法の練習をしてくださいませ!」
四つん這いのまま、シルが涙でぐちゃぐちゃの顔を向けながら懇願してくる。普段はそこの隅に座ってろとかぞんざいな扱いをしてもにこにこしてる子なのに。流石にここまで落ち込んでるのを見るとかわいそうに思えてくる。
「わかったわかった。あと今日は優しくしてやるから」
「本当ですか! お兄様大好きです!」
ラヴ・メギドフレアを放ったあとも俺から離れないクリスを押しのけ、俺に抱き着いてくるシル。しまった、こいつ調子に乗るタイプだった。
まあでも今日は優しくしてやるって言ったしな。
シルの赤い髪を優しく撫でてやる。ぐりぐりと嬉しそうに頭を押し付けてくるが、俺は胸甲してるのに痛くないんかな?
「仕方ないですわね。卿は半数を率いて天竜と飛竜二匹の確保をしておきなさい」
「はっ」
クリスの指示で騎士十騎の内五騎程が森の中に散っていく。伐採した区域に落ちたら楽だったんだけどな、森の中じゃ荷馬車も入りにくいだろうに。
「クリス、一応周辺の調査もさせておこう。飛竜はともかく天竜なんてものが普通に出てくるのはまずい。巣があるなら駆除したり出現した原因なんかを調査しないと危険すぎる」
「はい、お任せくださいませ。魔導士協会にこの件を伝えれば血眼で調査をすると思いますわ」
「容易に想像できるな……。ついでに無料で周囲の安全の確保もできるから助かるな」
「はい。素材の為なら何でもいたしますからねあの連中は」
うむ。魔導士協会の連中って変人が多いんだよな。地竜ですら大騒ぎだったんだし、天竜じゃそれこそ全員出張ってくるかもしれん。
というか騎士団の指揮権はシルが持ってるんだよな? 見せ場も指揮権も取られたシルは嬉しそうに俺に抱き着いている。残念過ぎるなこいつ。
「よしよし。シルは頑張ったぞ」
「お兄様! えへへ!」
ぐりぐりと更に俺の胸甲に頭をこすりつける。痛覚も無いのかなこの子……。
「では閣下、灌漑予定地までご案内いたしますね」
「もうお前は家に帰って寝ろよアイリーン」
「仕事が終わればそういたします閣下」
「お前の仕事はいつ終わるんだよ……」
言っても聞かないので、さっさと終わらせよう。
「サクラ、クリス、行くぞ」
「はいっ!」
「かしこまりましたわ旦那様」
「シルはスキャニングの魔法を使ってくれ」
「えへへお兄様大好きですー」
駄目だこいつ。完全に駄妹モードになってる。
「
駄妹の代わりに探査魔法を行使し、周囲の警戒をしつつ、ガッチリ俺に抱き着いているシルを引きずりながら歩いていく。
灌漑予定地につくと、早速アイリーンがサクラに地図を見せながらあれこれ話し合いをする。
そうこうしてるうちに昼になったので簡易宿舎に戻り、昼飯としてエリナとクレアが用意してくれた弁当を食いつつ話し合いは続く。
一つ弁当多いなと思ったけどこれアイリーンの分かよ。アイリーンにも弁当を渡すが、サクラとともに飯を食いながらの話し合いが続く。
時折サクラが「これすごくおいしいですっ!」と叫んで一時中断されているが。
食後は工事担当者とクリスも交えて予算やら工期などの打ち合わせをする。
二時間ほど話し合いが行われ、会議は無事終了した。早速明日から灌漑工事に入って開墾も同時にしていくそうだ。
その間ずっとシルは俺にべったりだった。
「じゃあ帰るか。シルいい加減離れて馬に乗れ」
「えへへーお兄様大好きですー」
もうやだこいつ。だが一度甘やかすと言ってしまったからな。こいつの調子に乗りやすい性格をすっかり忘れて甘やかしてしまった俺の責任だ。
「じゃあクリスはサクラを乗せてやってくれ。俺は駄妹を乗せるから」
「はい」
まず駄妹を何とか引っぺがした俺が先に馬に乗り、手を引いて駄妹を乗せてやると、駄妹は俺の方を向いて乗りやがった。
仕方が無いので、完全に抱きしめ合う格好で馬を操る。滅茶苦茶面倒くさい。前も見づらいし。
「お兄様……んー」
顔を上げてキスを要求してくる駄妹。
「お前いい加減にしろよ……」
「姉上とはしてたじゃないですか」
「もー」
ちゅっと軽くキスをしてやると、「えへへ!」とすんごい笑顔を向ける。まあ可愛いは可愛いんだよな。二人きりだと女騎士モードにならないのが少し残念だけど。
駄妹もますます調子に乗って密着してくるもんだから、お互いの胸甲が馬に揺られるたびにガチガチ当たってうるさい。
「わあっ! シルお姉さんうらやましいですっ!」
「サクラはクリスにもふって貰え」
「サクラちゃん良いですか?」
「いいですよっ!」
「南門に着いたら馬から降りて市場で晩飯の買い物するからな。もふり過ぎるなよクリス」
「かしこまりましたわ旦那様」
多分かしこまってないよなと思いながら帰途につく。サクラがまた半べそかくのは予想できるな。
アホっ子多すぎだわ。特に今日は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます