第三話 領主父子の処遇


「さておっさん、こうなってしまったわけだが、何か言いたいことはあるか? 発言を許可する」


「……貴様、こんなことをしでかして一体何が望みだ」


「まだ立場がわかってないようだなおっさん。もう領主でもないお前にできることは、どうやって殺して欲しいかを俺に嘆願することだけだ。その通りに殺してやるかどうかは俺の気分次第だがな」


「はあ……その容赦のなさ……旦那様素敵です!」



 俺の腕にしがみついていた駄姉が、腕を抜いて俺の上半身に抱きついてきて恍惚の表情を浮かべる。

 いや、今脅してるのはお前の父親なんだが……大丈夫かコイツ。



「クリスティアーネ……」


「軽々しくわたくしの名を呼ぶことは禁止します、エルグランデ。わたくしはもう身も心も名ですら全て旦那様の物なんですから」


「だが俺も鬼じゃない。大人しく指示に従えば命だけは助けてやる。まずは領主の印璽を渡してもらおうか」


「貴様……」


「シル、どうやらこのおっさんは、ただの脅しだと思っているようだ。まずはそのクズの息子の首を……」


「待て! わかった!」


「ったく、そうやって最初から大人しく言う事を聞けっての」



 おっさんは右薬指にはめられた指輪から紫色の絹でできたような艶をした手のひらサイズの小袋を取り出すと、おずおずと俺に差し出す。

 クリスが「直接旦那様にお渡しするなどなんて無礼な」と、ひったくるように元父親から小袋を奪い取る。



「旦那様、間違いありません。ファルケンブルク領主の身分を保証する印璽です」


「これで公文書の発行が可能になるか。王都や周辺の諸侯領に、今回の政変は合法的手段によって穏便に行われた事だと知らせろ」


「流石旦那様ですね。かしこまりました、城内の制圧が完了次第、公文書を持たせた使者を派遣いたします」


「印璽はお前に預ける。決して宣戦布告書なんかの封蝋に押印するなよ」


「お任せくださいませ。まずは今回の政変に賛同するかしないかで敵味方を分ける必要がありますから」


「ほんと考え方が危ないのなお前」


「しかし必要な事でしょう? すべてを敵に回す必要などないのですから」


「敵を一切作らない方法をまず考えろや」


「つーん」



 クリスは唇をつきだして俺から視線を逸らす。

 なんだこいつ。可愛いけど。



「どちらにしても万が一に備えなきゃならん。まずこの領地の兵力、兵種、練度、武具兵糧などの情報を調べろ、書類上の数字じゃなく実際に目で確認しろよ。領主からしてこんな調子なんだ、ちょろまかしたり横流ししてるクズがいるだろうからな。ついでに王都と周辺諸国の情報もだ」


「旦那様!」


「決して戦争を望んでるわけじゃないからな! 下手に戦争を起こしたら勝ったとしても孤児が増えるだけだろ、不幸な子供を増やす方法は絶対に許さんからな!」


「お任せくださいませ!」


「イマイチ信用できん。さて、問題はこの父子をどうするかだが」


「お母様がご存命だったならばこのような事にはならなかったかもしれないのですけれどね」


「お前何か案はあるか?」



 先程からうっとりした顔で俺の上半身にしがみついてほおずりをしている駄姉に一応聞いてみる。

 大体予想はできるが、まあビビらす効果もあるだろうしな。



「? 城門に首を晒すのではないのですか?」


「ひっ……」



 切っ先を向けられている領主から小さく悲鳴が聞こえる。



「凄いなお前、親を目の前にして良く言えるな」


「旦那様は先程のやり取りを見たでしょう? 昨日の会議でもそうでしたが、この領主と愚息は平民を人間として扱っておりません。支配者として無能な上に、このように簡単に革命を許すほど愚かなのです。魔法を使う暇すら無く取り押さえられるなど危機管理すら出来ていないのですよ。こんな愚かな無能を領主としなければならない民衆の事を思えば、親子の情すらなくなりました」


「シルはどう思う?」



 俺にしがみついてほおずりしている姉を羨ましそうに見ながらも、首から下を氷漬けにされたセドリックの首筋に日本刀をあてている駄妹に聞いてみる。

 こいつは事前打ち合わせしてなかったけど、駄姉と話し合ってたりしたのかな?

 躊躇なく肉親に刀向けてるけど。



「金貨数枚すら平民の為に工面できない無能な領主父子など、姉上の言うように首級を晒すべき愚かな指導者かと存じますが……。政治犯を幽閉する塔がございます。衣食住のみ保障し命だけは助けて頂くことは可能でしょうか?」


「くっ……」


「シル」


「はっ」



 幽閉しろという妹の言葉に思わずうめき声をあげたセドリックの首筋に当てた日本刀を、ほんの少しシルが引く。

 更に傷口が開き、流れる自身の血の量を見てセドリックは大人しくなる。



「シルヴィアは甘いですね、もしこの無能を担ぎ上げる勢力が存在すれば厄介な事になりますわよ。さっさと殺すべきですわ」



 あれ? こいつ本気なの? 俺一応言う事を聞けば命は助けるとか言っちゃったから、駄妹の案に乗っかりたいんだけど。

 そもそもいくらクズでも人殺しとかしたくないし。



「いいえ、姉上。事ここに及んで、この無能領主を担ぎ上げようとする愚かな者などいるはずがありません。むしろそういう動きをする者が万一出たとしたら、それはそれでかえって好都合ではないですか。その時こそ無能とその無能を担ぎ上げる賊の首を晒しましょう」


「貴女にしては珍しく頭を使いましたのねシルヴィア。旦那様、どうでしょうか? わたくしもシルヴィアの提案がよろしいかと存じます」


「ならばマジックボックスの中身を全部出させたうえで没収し、その塔とやらに幽閉するか。身体検査や着替えなども忘れるなよ」


「かしこまりましたわ旦那様。城内の抵抗勢力が降伏次第そのようにさせて頂きます」


「あとは有能な文官、武官の取り纏めだな。無能はいらん、お前たち姉妹の目に適って信頼できる奴を中核とした組織を再編しろ」


「はい」


「はっ」



 ひとまず考えうる指示を出し終わる。

 一応死人どころかセドリックがヒールですぐに治る程度の怪我をした以外は特に問題無く終わった。

 どうしてこうなったんだ本当に。

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