第十三話 再生魔法
駄目姉妹を孤児院の外で放置したあとにパリポリとラスクを齧っていると、<どっぱん>と音がして、駄目姉妹が闖入してくる。
ポンコツはぐったりしていて姉に抱きかかえられていたが。
「エリナ、ちゃんと塩撒いた?」
「うん、一掴み分だけ! でも足りなかったみたいだね!」
「トーマ様、申し訳ありません。つい殴り合いの姉妹喧嘩に発展してしまいました」
「清楚な見た目の割りには武闘派なのな。いや言動は過激派だったか」
「と言ってもわたくしの防御魔法を突破できない妹を一方的に殴っただけですが」
「あっそ。ところでどうやって入ったんだ?」
「無理矢理施錠の魔法を解除しましたが」
「エリナでも出来るしな。んで用は何?」
「クレア様に魔法をお教えするというお話でしたよね」
「すっかり忘れてた。クレアーー!」
「なんですか兄さま。またいつもの発作ですか?」
ぽてぽてと俺に呼ばれたクレアがやってくる。
珍しくミコトは連れていない。
たくさんの子供たちに囲まれてきゃっきゃと遊んで貰ってるようだ。
「俺が大きな声で呼ぶのを、毎回発作というのはやめろ」
「冗談ですよ兄さま。それでそちらの方は?」
「クレア様でいらっしゃいますね? わたくし、シルヴィアの姉のクリスティアーネ・グライスナーと申します。以後お見知り置きくださいませ」
「えっと、く、クレアと申します。よろしくお願いしますねクリスティアーネさん」
「本日はトーマ様からのご依頼により、クレア様に魔法技術をお教えさせて頂くため参りました。よろしくお願いいたしますわね」
「こちらこそよろしくおねがいします」
「あら、クレア様は素敵な指輪をされていらっしゃるのですね」
「兄さまから頂いた婚約指輪なんです。ムーンストーンの魔法石なんですよ」
「なるほど、ムーンストーンは白魔法と相性が良いですからね。お話は伺っております。少しお体に触れてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
駄姉が右手の掌をクレアの額に当てる。
「クレア様は素晴らしい潜在魔力をお持ちですね」
「ありがとうございます!」
「ではこれから魔力操作を行い、魔力励起を促してみます。下腹部の辺りに、今までにない違和感があるかと存じますが、まずはそれを感じたら出来るだけ意識してみてください。決して体に悪影響を及ぼすようなものではありませんから」
「はい」
駄姉が目を閉じ、小さく呟く。
何を言っているのかはわからんが、爺さんの時は特に呪文詠唱的なものは無かったから、やはり実力は少し劣るのだろうか。
それでも他人の魔力を励起出来る程魔力操作に長けてるって事は、王都でも二、三人しかいないって言ってたし、相当な実力者なんだろう。
「どうでしょうか? こちらでは魔力の励起が始まったように感じ取れましたが」
「はい! お腹の中がなにかふわふわした感じがします」
「素晴らしい才能ですね、それが魔力です。クレア様は潜在魔力が上級貴族以上に感じられますので、少し時間がかかりますが、そのまま魔力に集中していて下さいませ」
「おお、もう励起出来たのか。お前は爺さん並みに優秀なのな」
「爺さん? バッハシュタイン卿の事でしょうか?」
「ロイドとか言ってたけど、事務員もそんな名字を言ってたな」
「なら間違いございませんね、トーマ様とエリナ様が優秀な理由がわかりました」
「いや、エリナはともかく、俺なんか全属性だけど潜在魔力が低いと言われたぞ」
「<転移者>の方ならば潜在魔力はあまり関係は無いでしょう。何しろ<転移者>の方は成人以降も成長する可能性があるとの研究結果もございますし。エリナ様も十六歳ながらメギドアローを扱うとか」
「レベルも限界が無いって言われたなそういや」
「ええ、それにバッハシュタイン卿は気に入った相手でなければなかなか教示いただけない程の方なのです。大変失礼ですが、予約申請も無しに平民のお二人が受講できたというのは、その才を認められたからだと存じます」
「爺さんの書いた本も貰ったんだよ。やっぱ気に入られたのかね。二人で飲み代の銀貨二十枚しか払わなかったし」
「わたくしの師匠でもいらっしゃるのですが、面白い奴が居たら連れて来いと仰る酔狂な方ですので、相当気に入られたのでしょうね」
「そうだ思い出した。あとで魔法について聞きたいことがある」
「かしこまりました。クレア様、全ての魔力の励起が終わりました、大変素晴らしい魔力量ですね。その魔力を自由に動かせるようにイメージをしてくださいませ」
「はい、わかりました!」
クレアは「んー!」と言いながら力を籠める。「力は必要ありません。イメージで動かしてくださいませ」などとどこかで聞いたようなやり取りが始まる。
「お兄ちゃん、クレアも魔法が使えるようになるんだね!」
ぽてぽてとミコトと遊んでたエリナが俺の側まで歩いてくる。
「白魔法はかなり使い勝手が良いからな。中級からは風属性より強力な防御魔法も使えるようになるし、安心してクレアに孤児院を任せられるようになるぞ」
「狩りには連れて行かないの?」
「経理や料理、家事と孤児院の運営には欠かせない人材だろ、狩りなら俺とエリナで十分だし」
「でもたまにはクレアも狩りに連れてってあげてねお兄ちゃん! その時は私がお留守番するからね!」
「そうだな。わかったよエリナ」
相変わらず妹思いなんだな。アホだけど。と思いながらクレアの方を見ると、照明魔法の発動に成功したようだ。
珍しく年相応に「わわわ、できました!」と喜んでいる。
俺やエリナの時よりも早くないか? あいつ賢いからなー。
「はっ! ここは……孤児院の中! っ! 痛たた!」
腕を押さえてポンコツが声をあげる。
鼻にハンカチを突っ込まれてるしシュール過ぎだろう。
しかし腕とは言え容赦なく殴りつけるのな駄姉は。
まあ駄妹も抜刀してたし、魔法で完全に元通りに戻せる自信があるのもあるんだろうけど。
「やっと気が付いたか駄目な妹。略して駄妹」
「だまい? とにかくまずは妹としてトーマ様に認められたと解釈してよろしいのでしょうか? 一歩前進しましたね!」
「駄目姉妹の妹の方って事だぞ。調子に乗るなよポンコツ、お前の駄目なところはそういう所だぞ」
「あら、丁度良く気が付きましたねシルヴィア。クレア様、ヒールをこの駄妹で練習いたしましょう」
「はい、クリスティアーネさん!」
「きっちり会話は聞いてるのな駄姉」
「あら、わたくしを姉と呼んで頂けるのですね、大変光栄でございます。今年で二十二歳になりましたのでトーマ様より三歳年上という事になりますわね」
「都合の悪い所だけを聞き逃してるんじゃねーよ。姉じゃなくて駄姉だぞ、だ・あ・ね」
クレアが駄妹の腕に手をかざしてヒールを唱えると、腫れあがった部分が治っていく。
「クレア様は大変優秀でございます。では治癒を......いえ、治癒とヒールの複合の再生魔法まで練習いたしましょうか。実験台がおりますので」
「グロそうだから裏庭でやってくれる? それに血で汚れそうだし」
「かしこまりましたトーマ様。シルヴィア、裏庭に参りますわよ。まずは指からいきましょうか」
「トーマ様! 助けてください! 貴方の大事な妹がピンチですよ!」
「そういうことを言うから助ける気が無くなるんだぞ。自業自得だ駄妹」
「大丈夫ですよ、鎮痛の魔法も行使しますし」
「申し訳ありません姉上! お見合いの前までは好感触だったお相手の男性が、お見合い後になると全員お断りしてくるのは決して姉上に問題があるわけではありませんから!」
「......なるほど、鎮痛魔法の必要はないようですね。クレア様、裏庭に案内していただけますか?」
「はい! こちらです!」
魔法が使えるようになって浮かれまくっているクレアがうきうきで駄妹を引きずる駄姉を裏庭へと案内する。
再生魔法が使えるようになるとかなり助かるんだよな。いざという時のことを考えると。
両腕はともかく、指とかその辺りは覚えておいて損は無さそうだ。
◇
ぐったりした駄妹と、何故かつやつやしている駄姉も交えて夕飯の時間だ。
今日は週一のハンバーグデーという事でガキんちょどものテンションも高い。
クレアは無事駄妹の犠牲と引き換えに、ちょっとした再生なら出来るようになったらしい。
駄姉も優秀なんだな、性格以外は。
「じゃあみんなー、いただきまーす!」
「「「いただきまーす!!」」」
エリナの音頭で食事が始まる。
「トーマ様、このメインのお料理は素晴らしく美味しいですわね」
駄姉が一口ハンバーグを口に入れて驚きの声をあげる。
「どうしてもビーフステーキは高いしあまり美味くないからな。良い所の合い挽き肉を使ったハンバーグが一番肉料理では美味いと思うぞ」
「市井にも十分美味しいなお料理があるのですね。貴族社会はどうしても格式だとか伝統にこだわっていて、市井で流行しているものを取り入れるといったことを忌避しておりますから」
「お前はそういう鬱憤があるから過激な思想に染まってるのか」
「トーマ様から見てもこの国の連中は頭が悪いとお思いでしょう?」
「そうだな、一見統治自体は上手く行ってるようには見えるが、実際細かい所を見ると弊害が出てきているんじゃないかと思うぞ。と言っても孤児とか貧困層の子供を見ただけの俺の意見だがな」
「いえ、トーマ様のその言は正しいと存じます。事実暗殺ギルドなどの件もありますしね」
「実際あのギルドはどういった経緯で出来たんだ? 駄妹の方に調査は頼んだけど」
「元々はラインブルク王国がこの地域を制圧した頃の話......ちょうど二百年前の話ですが、その時に戦功をあげた<転移者>の意見で、平和になって軍縮をする際に、失職する兵や傭兵の身の置き場として暗殺ギルド、盗賊ギルド、冒険者ギルドを設立したという事になっております。冒険者がどこへ冒険をするのかわかりませんが、ネーミングは<転移者>の方ですね。ついでにその方は勇者を自称しておりました」
「やっぱ頭悪いのな<転移者>って。というか飛ばされる年代は地球の時系列とは別っぽいな。ラノベの影響受けてる日本人っぽいし」
「たしかに十年ほどは、その施策によって平和になって軍を解雇された者の受け皿として機能はしていたようですが......」
「暗殺ギルドって誰を暗殺してたんだ」
「一応各地でゲリラ活動をしている抵抗勢力の駆逐任務、特に幹部クラスの斬首作戦が主任務であったようです」
「なるほど、それなら理解できる」
「盗賊ギルドはそのゲリラ活動を支える補給路等を妨害する通商破壊行動ですね」
「ネーミングセンスが壊滅的なだけで、一応はちゃんと目的はあったんだな。納得はできないけど」
「冒険者ギルドは手に職の無い連中の受け皿で、馬鹿でもできる仕事を斡旋する目的で設立されました」
「まあそれは今でもそのままだからな」
「ですので潰しましょう」
「それには全く異論はないが、手段をもう少し考えろ」
「トーマ様のご命令があれば、わたくし今からでもメギドフレアであの一帯を消し炭に変えてきますが」
「メギドアローの上位魔法かよ。お前がいれば地竜はどうにかなったんじゃないのか?」
「多分討伐は可能だったとは思いますが、出撃要請が来たのはトーマ様が地竜を討伐する直前でしたからね。トーマ様がいらっしゃらなければ猟師や騎士団はもちろん、町に住む民衆にも犠牲が出ていたかもしれません。何分ダンジョンからそんなに早く出て来るとは誰も予想できておりませんでしたから」
「まあ調査して結果を領主に報告してからだ。本気で駄目だと思ったらある程度の実力行使も辞さない覚悟はあるが、流石に国や領主を相手に喧嘩を売るわけにはいかん」
「トーマ様は領主家に喧嘩を売られましたが......」
「それを言われると何も言えないが、まあ可能な限り穏便にやりたいし、国や領主に頼らない方法だってあるだろ」
「残念です」
「そんな過激な性格だからお見合いを失敗するんじゃないのか?」
「わたくしはわたくしの夫になる殿方には、いざとなれば国王を
「そら断られるわ。むしろお前が通報されてないのが不思議だわ」
「国王にファルケンブルク伯爵令嬢に謀反の兆しがありとすら報告できない腰抜けばかりなのが残念ですわ」
「お前は一体何がしたいんだ......」
その後は無言で食事を終えました。
変なのばかり集まるなこの孤児院。
食後の片づけが終わると、そうだ、と思い出し、駄姉に話しかける。
「そうだ駄姉、お前に聞きたいことがあった」
「そういえば、魔法の事で聞きたいことがあると先程おっしゃられておりましたね」
「二人で力を合わせて魔法の出力を増幅したり、片方の魔力を吸収して魔法を行使したりっていうのは研究してるのか?」
「はい、二人同時に同じ魔法を行使して威力を増幅させるというのは融合魔法という名称で研究が行われておりますが、魔力を他者から譲渡させるというのは面白い発想ですね」
「その融合魔法っていうのは実際に出来たんだよ。エリナ単独の風縛だとブラックバッファローを拘束できなかったんだが、俺と一緒に風縛を使えばブラックバッファローを拘束出来たんだよ」
「融合魔法は親子や双子、師弟、魔力の似通った者同士であれば行使出来たというケースはありますが、夫婦でというのは珍しいですね」
「あと吸収の方は地竜討伐の時に俺とエリナの魔力が空になった件で考えたんだけどな。片方が魔力を使い果たしても、魔力のある方から魔力を貰って行使できないかって考えたんだわ。で、今日は二人とも魔力がある状態だったんだが、俺がエリナから魔力を貰って探査魔法を使ったら俺単独の時よりも探査範囲が広がったんだよ。エリナの消費魔力の割りには探査範囲が百メートル程しか広がらなかったから効率としては悪いんだがな。ひょっとしたら俺の魔力が空っぽでもエリナの魔力を貰って探査魔法が発動できたかも知れん」
「それは......理論上は不可能ではないというレベルの研究論文は存在しますが、実際に行使出来た例は存在しませんね。人工の魔法石に魔力を備蓄する技術は存在しますが、あくまでも備蓄した本人にしかその魔力は使用できませんし、備蓄できる魔力もまだまだ微量です」
「そうか、これって他言したらまずいかな」
「そうですね、少し危険かもしれません。戦争利用も可能な技術ですし」
「あーそうだよな」
「どうでしょうか? 是非わたくしの研究にご協力いただけませんか? 個人的な興味ですので公に発表は致しませんから」
「それは構わんが、見返りは?」
「見返りは私の個人資産からおいくらかという事になりますね。是非託児所の為に使っていただきたいと考えておりますが」
「ありがたい話だが、協力できるのは雨が降ったりして狩りをしない日だぞ。あとどこか魔法を使える場所を提供してくれ。今までは冒険者ギルドの訓練場を借りていたが、秘匿する技術ならそれなりの場所が必要だろうし」
「そちらはお任せくださいませ。では早速次に雨の降る日に実際に見せてくださいますでしょうか?」
「ああ、わかった」
戦争利用は流石に想定外だった。
しかし過激派思想のこいつにそんな技術を研究させていいのだろうか。
まあいざという時には頼れる味方になってくれるなら良いんだが、その辺りも見極めつつだな。
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