第八話 魔法風呂
「おーい、エリナ、風呂の準備するから道具の場所とか教えてくれるか?」
「はーい! アラン、あとよろしくね」
「わかったよエリナ姉ちゃん」
井戸はこっちだよ! というエリナの後をついていく。
「いつもはどうやってるんだ?」
「井戸からポンプを使って、桶に水を溜めたのをみんなで運んで浴槽に溜めてるよ。三日ぐらいかけてちょっとずつ」
「たしかに重労働だな。ポンプがあるのならホースみたいなのは無いのかな」
「ほーす? ほーすって何?」
「あれ、ホース無いのか。別の言葉かな? 下水道はあるみたいだし、配管とかって言えばわかるか?」
「はいかん? んー、よくわかんない」
「じゃあこの世界の風呂ってどうやって水を溜めてるんだろう?」
「お風呂があるお家って珍しいんだよ。ここも、ずっと昔はお貴族様が住んでたお屋敷だったんだって」
やけにトイレも頑丈な造りで広いし、広い風呂場まで完備されていると思ったら貴族の家だったのか。
築百年くらい経ってそうな感じだけど。
貴族なら使用人とかも多いだろうし風呂の準備は問題無いか。
「じゃあ庶民の風呂は銭湯みたいなものがあるのか?」
「せんとー? 銭湯ならあるよ」
なら今日は銭湯に連れて行って明日ホースが無いか市場で探すのもありか。
夜にガキんちょどもを外出させるのはちょっと怖いけど、婆さんの魔法があれば大丈夫か?
「銭湯って近いのか?」
「そんなに遠くないよ。市場より近いし」
「なら飯の後にみんなで銭湯行くか」
「お兄ちゃんヘタレたの?」
「言い返せないけど、ホースがあるなら無駄な事はしたくない。一応井戸を見ておくか、ポンプの口径も調べたいし。ええと定規とかメジャーってあるか?」
「じょーぎ? めじゃー? メジャーあるよ! 取ってくる!」
なんかいちいち口元に指をあてて、頭をこてりと倒して言葉を確認する仕草が可愛いな。
狙ってやってるとしたら末恐ろしいが、天然だと信じたい。
などとアホな事を考えてるとエリナが巻き尺っぽいのを持って来たのでそのまま井戸まで行く。
風呂場も近くにあって、鎧戸の窓がある。ここから直接ホースなり通せば楽になるな。
「口径は十五センチか。ここから風呂の鎧戸までは意外と近いが一メートルのメジャーじゃ足りんな。エリナそこに立ってくれ」
「ここ?」
ポンプの口からメジャーを目いっぱい伸ばした一メートル部分でエリナにメジャーの端を渡して俺が移動する。
二メートルの地点でもう鎧戸の近くだ。
「三メートルもあれば十分か。最悪流しそうめんみたいに板で水路を作ってその場で桶を持ち上げて水を流す方法で、移動せずに水を溜められるようにするか」
「そういえばお兄ちゃん、魔法でえいっ! って直接水を出せないかな。私は水魔法使えないけど」
「お前賢いな。火魔法で沸かす事ばかり考えてて水魔法の存在をすっかり忘れてたわ」
登録証を見ると俺の魔力は98%に回復していた。
帰り道で風魔法を使わなかったら100%だったかな? 使う前に見ておけばよかった。
エリナの登録証を見ると30%だ。あれから2時間くらい経ったのか。
早速風呂場に行って水魔法を使う。
「<アクアクリエイト>!」
ばしゃーと水が出る。
桶一杯よりやや多い位か。
登録証の魔力を見ても98%のまま変わらない。
「回数は必要だけど行けそうだな」
「そういえば白魔法で飲み水を出す魔法があるよ」
「俺が使ったのはどっちなんだろうな」
あとは大波を起こす魔法や水を刃のようにして敵に攻撃する魔法くらいしか知らないぞ。
あとの攻撃魔法は水じゃなくて氷だし。
しかも記憶もあやふやだ。
映画版の方だっけかな。
「お兄ちゃんが魔法を使う時って何を喋ってるか分からないからなー」
「あーそういうもんなのか。なら恥ずかしがらなくても大丈夫じゃん俺」
「お兄ちゃん、飲み水の方の魔法使っても良い?」
「ちゃんと許可を取るエリナは偉いな。よし、使ってみろ。登録証の魔力確認は忘れるなよ」
「うん!
ドバシャーンと百リットルくらい出た。
なにこいつ。
飲み水でこの量はおかしいだろ。
「......魔力どれくらい減った?」
「えっとね、29%だって」
「じゃあ俺より強力な魔法なんじゃねこれ。魔力をもっと抑えて出してみよう。のどが渇くたびにこんなに出してたら水浸しになるぞ。魔力も勿体ないし」
「わかった!
パシャッと水が出る。
それでも桶一杯の俺と同じ位だ。
「魔力は?」
「29%のままだね」
「もっともっと抑えてもう一回。ちょっと桶を構えるからそこ狙って発動してみろ」
「はーい!
ぴちゃっと桶に水が入る。
五百ミリリットルくらいか。
「お、良いぞ、この感覚を忘れないようにな」
「はい! お兄ちゃん!」
「じゃあちゃちゃっと水溜めるからちょっと待っててな」
「私が魔法使った方が早くない?」
「うーん、お湯を沸かすのにどれくらい魔力が必要かまだ分からないから今回は待ってな。お湯を直接出せればいいんだけど火と水の複合魔法とやらで、初心者は別々に使ったほうが良いって爺さんの本にも書いてあったしな」
「はーい。私は水魔法使えないしね」
「じゃあ水を溜めるぞ。水位が五十センチ位になったら教えてくれ <アクアクリエイト>!」
「<アクアクリエイト>! <アクアクリエイト>!」
登録証を確認しながらひたすら水魔法を使う。
十回使うと1%減る程度か。
ほんとわかりにくいなこの表示方式。
魔力総量と使用魔力がわかる方法とかないのかね。
爺さんにそのあたり聞いておけばよかったな。もらった本に書いてあれば良いんだけど。
浴槽は大人四人が楽に入れそうなサイズだ、二メートル四方ってところか。
五十センチの水を張ると二千リットルか?
エリナが百二十リットルくらい入れてくれたから残り千八百八十リットル。
一回二十リットルだとしてもあと九十四回くらい魔法を使えばいいんだな。
魔力換算で約10%だ。
桶で汲むより楽だけど、流石に大変だな明日は絶対ホース探してこよう。
ぜーぜー言いながらエリナの「もうお水これだけあれば大丈夫だよ!」の声に救われて魔法を止める。
「ぜー、よし次は、はー、火魔法だ」
「お兄ちゃんちょっと休もうよ」
「お前らこんな広い風呂の水を良く桶で溜めてたな」
「釜の高さまで溜めれば沸かせるし、この半分位かな?」
「じゃあお湯に肩まで浸かるってのは未経験なのか?」
「銭湯に何度か行ったことあるから、肩までお湯に浸かったのはその時くらいかなあ。あまり深いと小さい子が居るから大変だしね」
「あれ? じゃあこの深さだと不味いか?」
「一番下の子だけ気を付ければ大丈夫だよ!」
「なら沸かしちゃうか。火魔法であまり強いのを入れると爆発するかもしれないからな。炎の矢を少しずつ打ち込むぞ」
「わかった」
「お前ちゃんと魔力抑えろよ。水蒸気爆発しちゃうからな。フリじゃないからな」
「お前じゃなくてエリナだけど気を付ける! あとふりって何?」
「気にするな。ずっとそのままの綺麗な心を持ち続けてくれ。俺はとっくに汚れちまったからな。まずは俺からやるぞ <フレアアロー>!」
じゅっという音だけ残して一本だけ出した炎の矢が消える。
流石にヘタレ極まってるな。
一応手を入れて確認するけど冷たいままだ。
「エリナ、今の俺の炎の矢を十本くらいで調整して出せるか?」
「うん! やってみる
バシュバシュバシュっと俺の炎の矢の三倍くらいの大きさの矢が十本湯船に張った水に飛び込んでいく。
あ、浴槽の底の石が焦げてる。
湯気すら出てないが一応手を突っ込んで確認をしてみる。うーん、温度に変化があったのかすらわからないな。
「これじゃ効率がなー。ってそうだ、釜の方で温めりゃ良いんじゃん」
「おー! お兄ちゃん流石!」
「よしよし、じゃあ釜まで行くぞ。井戸から見えてたなそういや」
「はーい!」
風呂入れるだけでこんなに大変なのか。
養護施設はボタン一つで「お風呂が沸きましたって」教えてくれる最新式だったが異世界って大変なのな。
と考えてる間に釜の前にたどり着く。
「薪をくべる代わりに魔法を使えばいいんだよな。ただあまり強いと釜が溶けちゃうから気を付けるんだぞ」
「はーい!」
「お前返事は最高に良いんだよな。よし、じゃあまた俺からな。<フレアアロー>!」
炎の矢を五本くらい出して釜に当てる。
うん、全然熱くなってない。
じゃあこっちはどうかな。
「<ファイヤーボール>!」
手持ちで使える最強の火魔法だ。
釜に直接当てるのはヘタレには怖かったので釜の下だ。
ぱふんと着弾してメラメラとしばらく焚火のように燃え続けていたが、魔力を消費尽くしたのか三分ほどで消える。
魔力を確認すると2%くらい減っていた。
この火力で2%なら結構効率良いのかな?
釜も熱を帯びてるのがわかるくらいには熱されたようだ。
「この方法は良いんじゃね?」
「そうだね!」
「じゃあ次はエリナが火球を打ってくれ。滅茶苦茶弱いのでいいからな。釜の下狙うんだぞ釜の下」
「はーい!
バボーン! と釜の下に着弾する。
釜が真っ赤に染まって滅茶苦茶熱されている。
着弾の音が俺と全然違うじゃん。
同じ魔法なのに。
「......エリナ、これで一番弱いの?」
「うーん、多分!」
「あっそ、魔力は?」
「えっとね、1%減ったよお兄ちゃん!」
「えっこれだけの火力で1%なのか?」
「そうだよ、使う直前に確認したし」
「うーん、これが潜在能力の差なのかね。お兄ちゃんちょっとショック」
「でもほら! 私は火と風と白魔法しか使えないし!」
「エリナは属性の無い水も出せたしな」
「お兄ちゃん! もう!」
「あーすまん、ちょっと才能の差に絶望しかけてた」
「大丈夫だよお兄ちゃん! 俺が毎日お前らを風呂に入れてやるぜ! とかすごくかっこいい事言ってた癖に、ぜーぜー言いながらお水を溜めただけで、結局火魔法もそれほど役に立ってないよね、とか誰も思ってないから!」
「妹の悪意のない毒舌で死にそう」
「えっ! やだよお兄ちゃん死なないで!」
「大丈夫、死ぬ勇気が無いヘタレだから。でも恥ずかしさで死んでしまうかも」
「おにーちゃーん! しなないでー!」
アホな兄妹コント中もまだメラメラと燃えているエリナの火球。
もうこれだけで風呂が沸きそうだな。
いつもの俺の宝物で時間を計ってるが、三十分くらい経っても火が消えない。
熱で釜が割れるようなこともなかったし、とりあえずは風呂を沸かせる方法が見つかって良かった。
「エリナ、俺はお湯の温度を見てくるからここで待っててくれ。温度が丁度良くなったら鎧戸から声かけるから火球を消してくれな。水ぶっかけると釜が割れるかもだから魔力を消す方だぞ」
「わかった。お兄ちゃん、お風呂で自殺しないでね」
「まだやってたのかよお前。大丈夫だよヘタレ舐めんな。そんな度胸あったら<転移>なんかしてないわ」
風呂場へ行くと浴槽から湯気が出てる。
ちゃんと沸いたな。
ちょっと手を入れて温度を測るのが怖い。
後ろにダチ〇ウ倶楽部がいたら絶対押されてしまう状況だ。
あのワードは絶対に言わないようにしよう。
桶で掬って指先でちょんと触れてみる。
大丈夫そうかなと安心して手を入れてみると適温だ。
食後までの時間経過を考えたらもう少し熱くしても良さそうだけど、多少ぬるくても良いだろ、冬ならともかく初夏だしな。追い焚きくらいなら俺のファイヤーボールで丁度良さそうだし。
なんだ役に立ってるじゃん俺の火魔法。
「おーいエリナ、魔法を消してくれ」
「はーい! あっ! お兄ちゃん! 魔法を消すと魔力がちょっと戻ってくるみたいだよ!」
「回復のタイミングと合ってたとかじゃないか?」
「んーわかんない!」
「それも今後の研究材料だな、魔法を消したのなら台所に集合な! 飯作るぞ飯!」
「わかったー!」
発酵もそろそろ良いだろと台所へ行くとエリナが先回りしていた。
「お兄ちゃん何作るの?」
「ピザ作るぞピザ」
「ぴざ? あーピザ! 聞いたことある! たしか屋台にも売ってる店があったような気がする!」
「そこの店よりは美味しくはないと思うがな」
「楽しみ!」
「そかそか。俺が生地を延ばすから、エリナはその上にトマトソースを塗ってカットしたベーコンやらソーセージやらスライスした野菜なんかを乗せてくれ、最後にチーズと香草を乗せて焼くと完成だぞ。ここはちゃんと窯もあって便利だな」
「わかったー!」
「そういやガキんちょどもは好き嫌いとかあるのか? あと婆さんも」
「んー、特にないかなー。というかあまり色々なものを食べてないから、ピザが嫌いな子がいるかも知れないけど」
「そうか、トマトソースやチーズが嫌いならアウトだけど、具材なら避ければ良いから作っちゃうか」
「大丈夫だよお兄ちゃん! お兄ちゃんの作る料理は美味しいから!」
「それなら良いんだけどな、アレルギーとかあるから嫌がってる物を無理に食べさせたりしたら駄目だぞ。あと他の人にとっては毒じゃない食べ物でもその人にとっては毒になることもあるからな」
「あれるぎー? よくわからないけどわかった!」
「玉ねぎ、ピーマン、トマトなんかは薄切りで準備しておいてくれ」
「うん!」
発酵の終わった生地をちぎって丸めながら考える。
「十二人いるから大きめサイズで四枚か五枚で良いかな? 欠食児童だらけだから六枚くらい焼くか。余れば温めなおして朝食に出しても良いし」
「けっしょくー!」
「......七枚焼くか。生地多めに準備しておいてよかったな」
丸めた生地を円盤状に延ばしてエリナの前に置く。
窯には一度に四枚入るから結局キリが良い八枚を焼くことにした。
エリナがトッピングしてる間にスープを作る。
野菜たっぷりのポトフだ。
あの親父の店のソーセージも入ってるし栄養は満点だろう。
相変わらず出汁に苦労するが、エリナはおいしーおいしー言ってるしまぁ良いか。
だがそれでもコンソメが欲しい。
俺にはちょっと物足りない味なのだ。
そういやコンソメとブイヨンって違いはなんだ?
どっちも西洋出汁だよな?
「エリナ、コンソメってわかるか?」
「こんそめ? うーんわかんない」
「ブイヨンは?」
「ぶいよん? スープストックならあるよ! 粉になってる奴! ここには無いけど!」
「おお! 存在するのか! 明日それとホースを探すから覚えておいてくれ」
「わかった! ほーすとぶいよんね!」
「言いづらいならスープストックでも良いぞ」
「大丈夫! ほーすとぶいよん、ほーすとぶいよん」
ブイヨンがあればそれと水と野菜を切ってぶち込むだけでスープになるし助かるな。
しょせん男の料理だから手抜き結構。
そこそこ美味くて栄養があれば十分だ。
野菜も安いしな。
エリナも簡単に作れるようになるだろうし。
ブイヨンに思いを馳せてる間に窯を確認すると丁度焼き上がったようだ。
「さぁ持っていくか」
「うん!」
大きなトレーにピザを乗せて運ぶ。
リビングに着くとガキんちょどもが騒ぎ出す。
相当腹が減ってたみたいだ。
というか昼の分まで朝に食い尽くしたんじゃないだろうなこいつら。
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