化け物バックパッカー、オアシスを泳ぐ。

オロボ46

こぼれる砂が水に、砂漠が海に見えなくもない。

 



 タイヤが、砂ぼこりを巻き上げる。


 巻き上がった砂は、車体が起こす風によって空を舞う。


 車体の窓に黒い手をつけて、


 ローブの少女は、砂の一粒一粒眺めていた。


 飛ばされていく砂の中には、早くも落ちてしまう落ちこぼれがいた。


 落ちこぼれの砂は、元からいたところと変わらない場所……


 線路に落ちて、再びチャンスがくるまで待ち始めた。




 自分の元から去って行く、




 砂漠の中を走る電車を見送りながら。








 電車は、街にある駅に止まった。


 しばらくすると、駅の出入り口から印象の強い2人の人物が出てきた。


 ひとりは、黒いローブを着た少女だ。

 顔はフードに隠れて見えないその少女は、フードに手を当てながら空を見上げた。

 その背中には、ビニール袋に包まれた黒いバックパックが背負われていた。


「日差シガ……マブシイ……」


 その後ろから、もうひとりが話しかける。


「“タビアゲハ”、太陽を直接見てはいかんぞ」


「ウン、ワカッテル」


 “タビアゲハ”と呼ばれた少女は、振り返ってもうひとりの人物を見つめた。


 その人物は、老人だった。

 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという謎のファッションセンス。そして、小心者が見たら逃げ出しそうな怖い顔。

 その老人の背中には、タビアゲハと同じバックパックが背負われている。俗に言う、バックパッカーである。


「“坂春サカハル”サン、その服ッテヤッパリ暑クナイ?」


 タビアゲハの言葉に、“坂春”と呼ばれた老人は「全然」と笑みを浮かべた。






 ふたりは、ビルの建ち並ぶ街の中を抜け、砂を踏みながら進んでいく。


 特にタビアゲハは、砂に残る足跡を見ながら、一歩一歩、まるで踏み心地を味わうように踏みしめながら歩いている。


 やがて、【ラクダ乗り場】と書かれた大きな看板と、全方向に見えた数列の行列を見て、ふたりは足を止めた。





「街から離れた遺跡を見に行きたかったが、ここまで混んでいるとは……」


 坂春は行列の先を見つめながらため息をついた。

 行列の先にあるのは、数頭のラクダだ。すでに人を乗せ、出発し始めているラクダもいる。


「ソノ遺跡ッテ、ラクダジャナイトダメナノ?」

 タビアゲハが尋ねると、坂春は「そんなことはないが……」とつぶやきながらスマホを取り出した。

「砂漠を徒歩で歩くのは危険だからな。この調子ではラクダに乗る前に日がくれてしまうから……専用のタクシーを探すとするか」




 坂春がスマホを操作している間、タビアゲハは膝を曲げ、地面の砂に手のひらをつけた。


 砂の感触を手で味わうと、今度は両手で砂を救い上げ、手の隙間から少しずつこぼしていく。


 落ちていく砂がくすぐったいのか、タビアゲハはフードの下で笑みを浮かべていた。




「コノ辺リッテ、ドウシテ砂漠ガ広ガッテイルノ?」

 手に残った砂をはたきながら、タビアゲハは奥まで続く砂漠を眺めていた。

 そのタビアゲハの言葉に、坂春はスマホから目を離さないまま答える。

「ここは乾燥地帯と呼ばれている気候だからだな」

「キコウッテ確カ……」

 タビアゲハは空を見上げながら口をパクパクと動かす。言葉が出てこないのだろうか。

「ソノ……ソノ地域ゴトノ……暖カサ……冷タサ……アト……エット……」

「その土地の気温、湿度、天気、風や降水量の違いだな」

「ソウダッタ……ナカナカ説明スル言葉ガ……ツナガラナクテ……」

 坂春は鼻で笑いながら、補足を付け足す。

「乾燥地帯は高温だが湿度がほとんどなく、カラッとした暑さになっているな」

「確カニ……今マデノ場所ト暑サノ感ジガ違ウ……」

「寒い路地裏で、シーツを被らずに寝ても風邪を引かないおまえでもわかるのか?」

 疑問に思っているように話しているが、まだスマホから目線を離していないところから、冗談で言っているのだろう。

「ウン、ホンノチョットシカ感ジナイケド……ジメジメガマッタクナイ」

「そういうことだ……しかし、この駅のホームから出て違和感はなかったか?」


 タビアゲハは坂春の顔を見て硬直した。

 フードの下では瞬きをしているのだろうか。


「そこの看板の影に入って見るとわかる」


 首をかしげながらも、タビアゲハは看板の影に向かった。


 看板の影の上に立ち、体を影に隠すように隠れる。


 しばらくそのポーズのままで止まっていると、突然立ち上がり、坂春の元に戻ってきた。


 行きよりも明らかに速いスピードで。


「ゼンゼン違ウッ! 暑サガ!」


 いきいきと輝く声でシンプルな感想を述べるタビアゲハに、さすがの坂春もスマホから目線を離さざるを得なかった。

「……そこまで感激するほどか?」

 困惑する坂春に、タビアゲハは2回うなずいた。

「……ま、まあ、今までは暑さに加えて湿気も感じていたんだが、ここでは湿気がないから違いがわかるだろう」

 タビアゲハは納得するようにうなずき続けたが、ふと何かを思いついたように動きを止めた。

「ソレジャア……夜ニナルトドウナルノ?」

「……暑いどころか、極寒になるな」


 その言葉を想像するようにタビアゲハは空を見上げたが、想像できないように首をかしげて、「ナンダカ、極端ダネ」と言って、笑った。




 しばらくして、坂春はため息をはきながらスマホを下ろした。


「……だめだ、どこも予約がいっぱいだ」

「タクシー、ナイノ?」

「ああ、仕方ないが……遺跡は明日ということになるな。今のうちに明日の分の予約を取るか……」

 坂春がスマホの操作を続けていると……


「あんたたち、遺跡に行きたいのかい?」


 坂春が目線を上げると、目の前に女性が立っていた。

 その女性はカジュアルな服装で、面倒見のよさそうな雰囲気を出している。


 ただ、その雰囲気が怪しく見えることもあり……

 坂春は警戒する目つきで答えた。


「ああ、そうですが……今日は出直そうと思っていましてな……よし、ちょうど明日の予約を取り終えたところです」

 言葉だけは無難であるものの、女性の表情をみると、坂春が疑っていることをわかっているようだ。

「それなら、今日はあたしがおすすめの場所に連れて行ってやるよ。こっちは順番待ちはないし、なにより、安いよ」

「とか何とか言って、別料金を取るつもりだろ」

 早くも本性を現したのは坂春のほうだった。

「じいさん、あたしのこと疑うんだ。あたしはそっちの魔術師みたいな子が怪しいと思うんだけどねえ」


 女性の目線に気づいたタビアゲハは、フードを抑えた。

 その行動に頬を上げながら、女性はタビアゲハの耳元に位置するフードに口を近づけた。


「怖がらなくていいよ。あんた、“変異体”だろ?」


 女性が耳から顔を離すと、タビアゲハはゆっくりと顔を女性に向ける。

「……ドウシテ、ワカッタノ?」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに女性はタビアゲハに説明する。

「さっきの話、聞いていたよ。寒い路地裏で、シーツを被らずに寝ても風邪を引かないって。変異体は温度の違いは感じるが、それによる体への影響は受けないからね」

「詳シイ……」


 興味が出てきたように女性を見つめるタビアゲハに対して、坂春はせき払いをした。


「それで、何するつもりなんだ? 通報しない代わりに金を払えと?」

「……その疑い方、過去に経験があるんだね。だいじょうぶさ、あたしの仕事仲間も変異体だからさ」

 女性はポケットから何かを取り出し、自信満々に坂春に突きつけた。

「ソレッテ……化ケ物用スマホ?」

「ああ、このスマホのアプリは同じ化け物用スマホを持っている人にしかつながらない。それを持っているあたしは、結構信用できると思うけどねえ」

 坂春はまだ目つきを戻さずに腕を組んだ。

「それで、おまえの言っているおすすめの場所とはなんだ? 遺跡とは違うところだろ?」




「オアシスだよ。灼熱しゃくねつの砂漠にポツンとある、ひそかなオアシス」




 坂春が判断を下す前に、タビアゲハは期待するような目線のようなものを送った。






「結局来てしまったが……そいつが仕事仲間か?」


 目の前にいる生き物を見て、坂春は女性に尋ねた。


 その生き物の形を簡単に言うと、ラクダ。

 普通のラクダと違うのは、背中のコブが4つあることだ。

 体は大きな布で覆い被されており、はみ出ている足は4本ではなく6本で、緑色をしている。


 変異体と呼ばれるその化け物は、客を見ずに、ただ砂漠の砂を見つめていた。


「……」


 タビアゲハが大きな布の下から顔をのぞいても、


 変異体は隠れることもなく、タビアゲハに目を向けることもなく、


 砂を見続ける。




 何もかんがえていないように。

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