そろそろ街に秋の気配が訪れるころ、店に怪しい男たち現れた。

 気付いたのは昨日。

 荒くれ者や行商人たちに混じって何食わぬ顔をして食事をしているが、背を向けるとチラチラとこちらを伺っているのがわかる。

 人数は4人だ。

 なかなか良い身なりで、ペトラの店の客としてはやや不自然だ。

 あたしもこの街で生活するようになってそれなりの時間を過ごしている。エイヒムの人間か、外の人間かくらいはわかる。明らかにこの街の人間ではない。

 そして、この街と寂しの森以外に、あたしに関わりのある人間はいないはずだ。

 剣を帯びていて、なかなか腕も良さそうに見える。


 魔力を通して見れば、害意や悪意の有無はすぐに分かる。

 とはいえ、何が目的がわからないのは気持ち悪い。


(敵意がある……という感じではないけれど)

(それに、もしかすると魔力をごまかす術があるのかもしれないしね)


 あたしは自分の直感をそこまで信頼していないので、警戒心を解く気はなかった。


 どうやらその男たちのことは、ペトラもニコも気づいているらしく、何食わぬ顔で接客しながら、常に警戒しているのがわかる。

 他の客たちは何も気づいていないが、騒ぎを起こされるのは困る。

 どうしたものかと思っていたら、ペトラから声がかかった。


「リン、悪いけどゴミ出しを頼むよ」

「喜んで!」


 あたしは厨房へ回り、ゴミの入ったバケツを二つ受け取る。

 この世界にはゴミ袋なんていう便利な物はないので、どこの店でもゴミが溜まったバケツは裏に出して、木の板をかぶせておく。そうしておけば、夜のうちに専門の業者が飼育魔獣の餌としてゴミを持ち去ってくれる。

 背中を向けつつ確認したが、ゴミバケツを受け取ったあたしが裏へ向かうと、男たちは一斉に立って、テーブルに銀貨を置いた。

 一応回りに溶け込もうとしているのか、ニコに「旨かったよ」などと言っているが、不自然極まりない。

 どうやらあたしに用があるのは間違い無さそうだ。

 

(あの銀貨……隣の領地の人間ね)


 この世界の貨幣は土地によっていろいろだ。貨幣価値はどこでもあまり変わりないので、外から来た人間も普通に買い物はできる。男たちが置いた銀貨はライヒ領で主に使われているものではなく、王国銀貨だ。


 男たちは足さばきもしっかりしていて、しっかり鍛えられているのがわかる。

 

(腕は良さそうだけど、演技力は不足しているようね)

(ペトラはともかく、ニコにまで気づかれているようじゃ隠密には向いていないね)


 さらに言えば、ペトラのお膳立てに簡単に引っかかっている。普段から隠密のような仕事をしているような専門家スペシャリストではなさそうだ。

 

 あたしは店の裏の扉を開けてゴミ出しをする。

 奴らがあたしに用があるなら、このチャンスを逃すはずはない––––案の定、足音がやってきた。


(……来たわね)


 男たちは近づいてくると、無言でゴミ出しをしているあたしを囲んだ。

 相変わらず敵意は感じないものの……人を殺すことに害意も敵意も躊躇も必要ないようなサイコパスである可能性だって捨てきれない。


「……やる気?」


 威圧した。

 すると男たちは慌てたように剣を抜こうとして――ここで加速。剣を抜ききる前に、全員の剣を、根本から叩き斬った。

 

 ギギギギン! と耳障りな音が裏道に響く。

 

「…………ッ?!」

 

 男たちは柄だけになった剣を片手に、あっけにとられている。


(隙だらけ)

(この程度で動けなくなるようなら、大した相手じゃないな)


 あたしは一番身なりのよい男の後ろに周ると、喉元に剣を突きつけた。


「待てっ!!」


 男たちは慌てて対応しようとしたが、「動くな!」と言うとピタリと止まった。


「少しでも動いたら殺す」


 全員がピリピリしながら、あたしを睨んだ。

 うまく相手の虚を突けたものの、一対四ではあたしに勝ち目はない。

 なんとか便にお帰りいただこう。

 

 相手を観察するが、やはり見覚えがない––––となると『はぐれ』狙いの奴隷商に雇われたならず者か、貴族の使いか。

 

 剣を突きつけられた男――おそらくこいつが一番立場が上のはずだ――は、両手を上げながら、苦しげな声で言う。


「……お待ち下さい、あなたに害をなす気は……」

「剣を抜いておいて、いけしゃあしゃあと……アンタを殺して、他の誰かを人質にしてもいいのだけれど?」

「先に殺気を放ったのはそちらでしょう! 私達は、ただ姫さまに言われて……」

「姫さま……?」

「私達は、オルヴィネリ伯爵領の者です」


(なるほど『姫さま』と来たか)

(嘘をついてるようには見えないわね。あたしと『姫さま』の繋がりはハイジだけ。それを知らない人間にはこんな台詞は吐けない)


 どうやら男の言っていることは本当のようだ。

 あたしは剣をゆっくりと下ろした。

 

 剣を突きつけられていた男は、あたしに解放されると喉をさすった。

 汗だくになっているのは、冷や汗のせいだろう。


「何という気性の荒さだ……」

「失礼ね。あたしはこう見えても温厚で通ってるわ。怪しい行動をするアンタたちが悪い」

「いや……これは失礼した……改めて名乗らせていただく」


 男はあたしに向き直り、丁寧に礼をした。

 

「我々は、オルヴィネリ皇太子妃であらせられるサーヤ姫直属の護衛です。姫のたっての願いにより罷り越しました」

「まさかこのような手荒い歓迎を受けるとは思っていなかったが……」

「剣を抜いたりするからよ」

「……あまりに見事な殺気だったもので。あの殺気を受けて剣を抜かないようでは護衛失格だということで、どうか理解して頂きたい」

「あたし程度に無力化されてるんじゃ、どのみち護衛失格じゃない?」

「これは手厳しい……」

「それで? そのお姫さまの護衛さんが、あたしに何のご用?」


 そう、問題はそこだった。

 何しろ、あたしはオルヴィネリの姫の名前ですら、今はじめて知ったのだ。

 そのサーヤなにがしが、あたしに何の用があるというのか。


「それが、我々にもわからないのです」

「わからない?」

「はい。ただ、姫さまがあなたに会いたいと仰せで」

「それで、仕事中に囲むようなことを?」

「そんなつもりはなかったのですが……」

「いや、言い訳はよそう。そう取られたならそれは我々の不手際だ。謝罪させてもらう」

「姫さまには、あなたに失礼がないよう、丁重にご招待するよう言いつけられていたのですが……我々も市井の文化には疎く……どう声をかけてよいか迷っていたのです」


(丁重に……ね)


「ま、お貴族さまですもんね。こんな下町じゃ目立つでしょ」

「ご理解いただけて助かります」

「それで……本題なのですが、リンさま、オルヴィネリ伯爵領までお越し頂けないでしょうか?」

「お忍びにはなりますが……できる限り丁重に饗させていただきます故に」


 男たちは、第一印象が悪かったことを気にしてか、随分低姿勢だ。

 皇太子妃といえば、次期お妃様ということだ。その護衛をしているということは、この男たちも一角の人物であるだろうに。

 

 しかし、あたしはその願いを突っぱねた。


「無理ね」

「無理?」

「あなたたちも見たでしょ? この店は忙しいの。あたしが抜けたら、その穴は誰が埋めるの?」

「それは……もちろん、その分の損失は保障させていただきますが……」

「店だけじゃなくて、この店を楽しみにしているたくさんの客のことは考えてる?」

「それは……」


 あたしは、ハァ……とため息を付く。

 興味はある。

 サーヤ姫。

 ライヒ伯爵の養女にして、現在はオルヴィネリの姫さま。

 そして、ハイジが惚れていた––––いや、おそらくは今でも忘れがたい想い人。


(気が進まない)


 なにしろ、ハイジが一番気にかけている人なのだ。見てみたいという気持ちも確かにあるが––––なぜか気が進まなかった。


 あたしは自問自答する。

 この感情は嫉妬なのだろうか? ––––いや、それはきっと違う。

 きっと、そういうことではないのだ。あえてこの感情をあえて言葉にするならば––––––––そう、ただのだ。

 でも––––逃げるのは嫌だ。


(ならば)

 

「用があるなら、そちらから来て、と姫さまに伝えて」


 あたしが妥協案を持ち出すと、男たちは唖然とした。


「なっ……!?」

「無礼な……! 相手は大貴族なんですよ?!」


 男たちは怒り出すが、知ったことではない。

 そもそも、ここはライヒ領なのだ。

 しかもお忍びということは、ライヒ伯爵にも話は行っていない––––つまり密入領に違いない。騒ぎになって困るのは、男たちの方だ。


「リン殿。そこを曲げて何卒お願いする」

「サーヤ姫は皇太子妃です。自由に動くことができないのです」

「貴族と市民では、立場が違うのです、理解してもらえないだろうか」

「……何言ってんのよ」


 男たちが必死に説得してくるが、あたしはあえて突っぱねた。


「姫さまも出自は『はぐれ』なんでしょう? なら、あたしと同じじゃない」


 男たちが頭を抱えた。

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