12
裏の食在庫で、芋をいくつか見繕う。
肉は、先日男が仕留めてきたイノシシの肉の端っこを失敬する。
キッチンに向かい、玉ねぎを刻み、芋の皮を剥く。
この芋は小ぶりだが、皮が分厚くて紫色をしているだけで、中身は日本のじゃがいもと大差ないことは確認済みだ。
肉を薄くカットしたら、玉ねぎと一緒にラードで炒めて、芋を投入。
芋を軽く炒めたら水を加えて、芋が煮えるまで蓋をしておく。
肉が煮えたら、砂糖をゴリゴリ削って加え、醤油もどきを加える。
(驚くなよ、先日のリベンジだ)
(醤油と砂糖と酒があるなら、まずくはならないでしょ)
そう思っていたのに。
(あれっ?!)
醤油もどきを加えたら、予想していたものと違う香りがぱぁっと広がる。
それは醤油というよりは、お酢っぽい匂いだった。
(えっ、なんでなんで!?)
慌てて味見するも、とてもじゃないが肉じゃがの味とは言えない味だ。
美味しいかマズいかでいうと……。
(マズくて食べられないってほどではないけど……)
とても微妙な味の料理ができてしまった。
あの醤油もどきは、火を通すとこんな匂いになるのか……。
そのままなめたら醤油っぽいと思ったのに。
(この味なら、酢豚でも作ればよかった)
いや、酢豚は砂糖を大量に使う。
扱いを見るに、どうやら砂糖は貴重品らしいし、酢豚は無理だろう。
(失敗した……)
気がついたら、自分でも意外なくらいに凹んでいた。
一言も口を利いてくれない、恐ろしげな雰囲気の男。
その男の世話になりながら、何もできない自分。
しかも、自分の得意料理を披露するつもりで男に色々要求したのに、こんな妙な料理を作る始末。
男に対する苦手意識と、そんな男の世話になりつつ、何も返せない自分への嫌悪感。
どよんと落ち込んで、トボトボと自分の部屋(これだって男に貸し与えられたものだ)に引っ込む。
生来の強気な性格のおかげで、泣いたりはせずにすんだが、なんだか消えてしまいたい気持ちだった。
(もうちょっとくらいは、何かできると思ったんだけど)
本当に、なんの役にも立たない。
炊事や洗濯だって、男は苦もなく自分で全部上手くやるし、そもそもそれを手伝ったところで、男は暇な時間が増えるだけで、何もありがたくないのではないか。
自分だって、もし何も手伝うなと言われたら、本を読むくらいのことしかできずに暇を持て余すだろう。
(ひょっとして)
(あたしがやろうとしてきたことって、手伝うどころか、ただの迷惑なおせっかいだったりするのかな)
(……料理もマズイし……)
もしそうだったとしたら、あの男はなぜあたしをここに置いてくれているのだろう。
あの男が自分に対して好意を持っていないことは、あの態度でわかる。
そして自分も、あの男の雰囲気が苦手だ。どうしても好きになれない。
見た目の問題ではない(それも恐ろしいが)。
何が苦手かというと……男からは「暴力の雰囲気」」を感じるのだ。
東京にいた頃、たまに街で見かける不良っぽい人たちは、身の危険を感じさせる暴力的な雰囲気を持っていた。
あたしはそういう人たちにはできる限り近づかないように避けて通っていた。
そしてあの男からは、それとは比べ物にならない、本物の暴力の雰囲気を感じるのだ。
街の不良たちなど、男の持つ危険な雰囲気と比べれば、子供みたいなものだ。
(と言っても、勝手にあたしが感じてるだけなんだけどさ)
(でも、怖いものは怖いし、仕方ないんだよ)
まぁ、女の自分の感覚では狩りだって暴力の一種だ。自給自足の生活では仕方ないとはいえ、躊躇なく動物を殺し、死骸から皮を剥ぐところを目撃しているのだ。
日本育ちのあたしの感覚とは相容れないし、それは向こうにしてもお互い様だろう。
(それだって、最初はあたしを助けるためだったんだよな)
それでも男に生かされている自分。
役に立とうとしても、何もできない自分。
(ああ……自己嫌悪だ)
いっそ、この家を出ていこうか。
そうだ、天気が良い日の朝早くに出ていけばいい。
あの男だって、面倒な女が居なくなって清々するだろう。
「駅」とやらへの地図だって覚えている。
(といっても、結局お金がないと意味がないんだよな)
そこでも男の力を借りることになる。
それは、なんだかとても嫌なことに思えた。
さらに言えば、こんな小屋でできる仕事なんてたかが知れているはずだ。
そんなことすらできない自分に、他の場所で仕事なんてあるのだろうか。
自分ができること。
得意なつもりだった料理は野人以下だと判明した。
洗濯や掃除くらいはできるだろうけど、職業にできるほどではないだろう。
そもそもこの世界の常識がないわけで。
(ぶっちゃけ、女のあたしにできる、残された仕事って、娼婦くらいしかないんじゃないか)
恐ろしい考えが脳裏を過ったので、ブルッと震えて慌てて打ち消す。
でも。
(正直、この世界で一人で生きていく自信はない)
(それこそ本当に、体を売るくらいしかできることがないんじゃないか)
いけない、考えがどんどん悪い方へ暴走している。
しかし、本箱に並んでいた民話集らしき本には、元奴隷の少年が悪魔を倒すといった物語が載っていた。
つまり、この世界には奴隷が存在するということだ。
ブルリと震える。
こんな自分がこの小屋を出て、生きていけるのか。
身売りするようなことになるか、あるいは奴隷にでも落とされたらどうしよう。
そう考えると、男の態度はとてつもなく紳士的な気がしてくるから不思議だった。
こちらを怖がらせないように、男なりに気を使ってくれているらしいし、女のあたしに変な視線を向けたりもしない。ただし、逆に一切目を合わせてくれないのだが。
風呂に入っている時にはすっぽんぽんで遭遇したが(未だに思い出すと胃のあたりが痛くなる)、こちらに視線を向けないようにしてくれていたし、そもそもあれはあたしが風邪を引かないように、風呂に薪をくべようとしてくれていたわけで。
(もし、出て行けと言われたらどうしよう)
(もしそうなったら、この小屋より居心地の良い状態にはならないだろう)
ここに置いてもらおう。
頭を下げて、ちゃんとお願いしよう。
一切の言葉のやり取りもないまま、いつの間にか流されるようにこの状況になっているが、きちんとお願いしなければいけないだろう。
今はなんの役に立たないが、男の仕事をよく見て、少しでも手助けできるようになろう。
あたしはこの時やっと、この小屋で生きていく決心をした。
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