第2話 『祈りと私』 鶴岡八幡宮にて
「夏帆、朝ご飯出来たわよー」
下の階でお母さんの呼ぶ声がする。
「はーい!すぐいくー!」
私は布団で横になりながら弄っていたスマホに触るのをやめ、ふうと吸い込み一呼吸を整えると、ガバっと布団を勢いよく剥ぎ、上半身を起こした。
そして両手の指を組み、そのまま両腕を上に伸ばし、んーという声にならない声をあげながら伸びをする。
「よし」という言葉とともに、私は布団から足を出し、部屋の床に立った。
まだ微睡の中から抜け出せているわけではないが、こうも一階の食卓からベーコンの焼ける匂いが漂ってくると、私のお腹はそれを求めているようで、空腹が私の目を覚ましてくれた。
着ていた淡いオレンジのストライプが入った白のパジャマを着替え、白のオーバーサイズのTシャツにデニムのスキニーパンツ姿になり、下の食卓へとさっさと降りていく。
食卓に着くと、木製のワンプレート皿の上にはテーブルには厚切りベーコンが2枚、半生のバジルと黒胡椒の香りが漂うスクランブルエッグ、フレンチドレッシングのかかったレタスとベビーリーフとトマトのサラダがこじんまりと乗っている。
朝は必ず食パンを食べる私にとって、これほど美味な組み合わせは非常に心躍るものがある。
いただきますと手を合わせると、私はふんふんと鼻歌を歌ういながら、食パンにベーコンとスクランブルエッグを挟み、二つに折ってそれを真ん中から噛り付いた。
ベーコンからの塩味と油、スクランブルエッグからのバジルの香りと黒胡椒の辛味、卵の黄身の甘味が口の中で絡まり、朝の最高の一口に私の幸福は絶頂に達していた。
私は食べることは好きでも、料理が出来るわけではない。
こうやってお母さんが作ってくれる美味しい朝食を食べられるだけでも至福に感じている。
空腹が求めた朝食は、あっという間にお皿の中を空にしてしまった。
ぺろりと朝食を食べ終えると、一息つくためにスティックのインスタントカフェオレを猫柄のマグカップにいれる。
そこにお湯をそそぐと、食卓には甘い砂糖とコーヒーの香りが漂い始めた。
マグカップに口をつけ、一口カフェオレを啜るとテーブルの椅子に座り直し、背もたれに深く座り込むとふうと鼻から息を漏らした。
温かいマグカップをコトンとテーブルの上に置いた。
立ち上る湯気が、食卓のわずかに吹く風に揺れながらふわりふわりと消えていく。
晴れやかな土曜日の朝、どこか浮足立つ足はどこか行き場を求め、そわそわし始めていた。
平日の無機質な毎日を抜け出せるような、幻想的な風に包まれた場所に行きたい。
ふと、頭に緑の景色が浮かぶ。
懐かしく涼しげな風が通り、来るものの心を癒していく、日本の古き良き竹林の風景。
「今から報国寺に行ってくる」
ふと、思いがけない言葉が私の口から漏れ出した。
鎌倉に住む私にとって近くにありすぎてあまり足を運ぶことはない、竹林寺の空気を吸いたいと私の体は求めていたのだろうか。
カップから立ち上がっていた湯気はいつの間にか、ぬるい温度になっていた。
私はカフェオレを一気飲みすると、ご馳走様という言葉とともにカップを水場にいれ、急いで2階の自室へと戻る。
机の上に置いた水色のショルダーバッグを開け、スケッチブックと筒状の文房具入れをバッグに詰め込む。
そして衣装ダンスから無地の灰色のパーカーを引っ張り出し、白いTシャツの上からそれを着込んだ。
ショルダーバッグを肩にかけ、そのまま玄関前まで一気に駆け降りる。
シューズボックスから白いスニーカーを取り出すと、足をするりと入れ、一指し指で踵を整えた。
「いってきます!」
食卓で後片付けをする母に向かって、通る声で呼びかける。
微かに食卓のほうから「気を付けるのよ」と母の声が聞こえた気もしたが、玄関の扉を閉める音と重なり、私の耳に届く前にそれは掻き消えていた。
玄関を出てすぐ横の、家と道路の境界線になっている柵の間に、私が愛用している白いロードバイクがある。
鎌倉は由比ガ浜を山々が囲む地形となっていて、非常に入り組み、坂の多い地形であるため、ロードバイクは必須なのだ。
日本史の授業では、鎌倉は「三方を山に囲まれ、一方は海をのぞむ」ことで知られ、非常に敵が攻め入ることが難しい地形ということもあり、源頼朝が鎌倉幕府を開いたと習っている。
移動の時はこのロードバイクが必須であり、私の愛用自転車はかれこれ7年という付き合いになる。
私はロードバイクを引っ張り出しチェーン錠を外すと、外に向かって風を切るように走り出した。
約4.5キロの道のりを颯爽と駆け抜けていく。
最近では、海外でも日本の古き良き文化である神社仏閣の特集が組まれ、それを見た外国人観光客の人が増え始めている。
休日の昼時にもなると、国内外の観光客で町がごった返し、むせ返るほどの人の圧に飲まれてしまうからこそ、こうやって朝どこかに行くのはとても気持ちがいいのだ。
私はまばらに自動車の走る国道21号線を突っ切りながら走っていると、正面に鶴岡八幡宮が見えてきた。
時計を見ると、まだ朝の8時30分であり、観光客はまばらな数しかおらず、犬を散歩するおじいさんやランニング経路として汗を流すお兄さんなど地元の風景が広がっていた。
その景色を見ていると、私はふと神様に挨拶をしなきゃと思った。
そう思ってから、私の心は報国寺ではなく、鶴岡八幡宮のほうへと向いていた。
鶴岡八幡宮には専用駐輪場がないため、鎌倉駅西口第一自転車駐車場へと移動し、自転車を置く。
そのまま徒歩で15分ほど鶴岡八幡宮の参道である段葛を歩いていった。
4月の陽気に桜がひらひらと舞い踊り、桜並木につけられたピンクの提灯が風に揺れていていた。
それはまるで鎌倉まつりの賑わいを今か今かと待ち侘びているようにも見える。
一片一片、儚く舞っていく桜の花弁は、私の絵とはちがう一瞬の美の芸術に自分の人生を重ねてしまっているのだ。
私は幼くして先天性の心臓病を患っている。
心室中隔の一部に先天的な欠損孔があることから、「心室中隔欠損症」と診断された。
欠損孔の影響か心臓の動きが普通の人と比べ弱く、全身へ行き渡る血流が弱いために非常に疲れやすい体であるために、あまり遠くまで行くこともできず、満足に運動もすることが出来ないのだ。
私は幼いながらに自分の命の短さを知っている。
だからこそ、自分の見た情景を生きた証として残すために、私はただひたすらに絵を描いている。
きっといつか私を愛する誰かが、私の絵を窓辺に飾ってくれることを祈りながら。
私は桜の花弁を見ながら、その対照的な美しさに焦がれるようにして、その景色を慈しんでいた。
涙ぐむ目で歩いていると、いつの間にか鶴岡八幡宮の赤い大きな三ノ鳥居の前まで着いていた。
私は鳥居の前で一礼すると、参道の右側により、まっすぐ本宮へと歩き出した。
源平池に掛かる橋を渡り、石造りの参道をゆっくりとした足取りで歩いていくと、大きな舞殿が現れ、
その横を通り過ぎると、本宮まで続く大石段が現れる。
私にとってこれを登り切るのは中々に辛いものがあるが、一歩一歩踏みしめながらその階段を登り始めた。
時間はかかったものの、大石段を登りきると、そこには荘厳に聳え立ち、漆の朱と金の文字で書かれた「八幡宮」が渾然と輝く桜門が待ち構えていた。
私は圧倒されながらも、一礼をもって桜門をくぐると、すぐに拝殿が現れる。
少しばかりの握った小銭を賽銭箱の中へ放り込むとカランカランと中で小銭が転がる音が響き渡った。
拝殿に向かい二礼二拍手一礼をすると、私は満足げな顔をして、急な大石段を駆け下りていった。
三ノ鳥居までたどり着くと、私はもう一度本宮へと向き直り深々とお礼をしながら、自転車を置いた駐輪場へと向かっていった。
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