第60話 ブラットニーは動き出す
「モニカ! コニー!」
ローランドに帰ってきたノーマンは、奥さんと子供さんと熱い抱擁を交わしていた。
奥さんはノーマンと一緒に涙を流していたが、娘さんはキョトンとするばかり。
まだ小さい子供だ。
何が起きていたのかも理解していなかったのであろう。
「アルベルトさん……本当にありがとうございます」
ギルド前でノーマンは俺に深々と頭を下げる。
奥さんも同じように頭を下げていた。
「頭を上げてくれ。仲間を助けるのは当然のことなんだからさ」
「ありがとう……本当にありがとうございました」
頭を下げたままノーマンはすすり泣く。
俺は全ての問題が解決し、彼が安堵している様子を見て心底喜んでいた。
「お兄ちゃん」
デイジーが俺の胸に飛び込んで来る。
今回、奥さんたちをここに連れて来てくれたのも、バルバロッサさんをマーフィンに呼び出してくれたのもデイジーだ。
俺は感謝の念と、単純に可愛らしいと思う気持ちを込めて、彼女の頭を撫でる。
「ありがとう、デイジー。お前のおかげで全部上手くいったよ」
「えへへ。お兄ちゃんのために頑張ったよ」
その様子を見ていたエミリアが、腕を組みながら心なしかつまらなさそうにしている。
「……引っ付きすぎなんだよ」
「え?」
「なんでもない……」
ぷぃっとそっぽを向くエミリア。
デイジーはそんなエミリアの様子が心配になったのか、オドオドしながら彼女の服を引っ張る。
「エミリアお姉ちゃん……私、何かした?」
「……かわっ……だ、大丈夫! デイジーは何もしてない!」
エミリアは自分よりも背の高いデイジーの頭を撫で、彼女にそう言い聞かせていた。
デイジーは本当、誰にもで愛されるなぁ。
身長だけで言えば立場は逆のはずで、デイジーがエミリアに甘えているのがなぜか可笑しくて、俺は微笑しながら微笑ましい二人の様子を見守っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
あらゆる物が壊され、酷い有り様となった客室で、ゴルゴは昇っていく太陽を憤怒を含んだ瞳で睨みながら、昔のことを思い浮かべていた。
あいつが子供の頃……
すでに人心掌握術を理解していたあいつは、周囲の人間から愛されていた。
もちろん、そいつらは俺が陥れてガイゼル商店から追い出してやったが……
いつか、あいつとは敵対するような予感があった。
そしてそれが的中してしまった。
目障りなやつ……いつまでもハエみたいに俺の周囲を飛び回りやがって……
これからもあいつは俺の邪魔をしてくるであろう。
だったら……何が何でも潰してやる。
ナンバー1になりたい。
それが彼を突き動かす原動力である。
ガイゼル商店を乗っ取り、マーフィンでナンバー1になった。
そのためにアルを商店から追い出したし、出来る限りの努力をしてきたのだ。
だが売り上げは激減し、アルの仲間が働く商店がノリに乗ってこちらを追い越そうとしている。
許せるわけがない。
自分はナンバー1でいるべき人間なのだ。
そう考えるゴルゴは、早くも行動に移す。
馬車でソルバーン荒地へと移動するゴルゴ。
そこは草木が生命を失ってしまったように、灰色の世界であった。
ところどころに雑草しか生えていない、乾いた砂場がどこまで広がっていそうな、足を踏み入れるだけで寂しい気持ちになる荒地。
ゴルゴはそこに到着するなり、大声で叫ぶ。
「ブラットニー! 聞こえるなら出てこい!」
こだまするゴルゴの叫び声。
「…………」
静寂のみが続くかと思われたが、遠くから黒い影がゴルゴへと近づいてきて、彼の目の前でそれは人間のような姿に変化する。
「なん、だ」
ゴルゴの前に突如現れた黒衣の男。
白髪に黒目と白目が逆転している瞳。
風貌も体の大きさも人間とさほど変わらないその男は、ボーッとした様子でゴルゴに視線を送っている。
この男は四害王の一人、滅殺のブラットニー。
怠惰としか取れないようにやる気のなさそうな表情。
だがそれでいて、なんとも言えないおぞましさを感じる瞳。
話す声もどこか面倒くさそうな、できるなら話などしたくないようなトーンで会話をする。
「殺したい奴がいる」
「それ、前も言って、た」
ギリッと歯を鳴らすゴルゴ。
「前回は失敗しただろ! 確実にあいつを殺したいんだ! これまでだってレイナークの情報を流してやってたろ? 互いに利害が一致したから協力しあってるはずだよな、俺らは」
「たしか、に」
「お前がレイナークを制圧し、俺が人間たちの頂点に立ち支配する。そういう約束だったはずだ」
ある日、仕事でソルバーン荒地の近くを通りかかった時にブラットニーと偶然遭遇してしまったゴルゴ。
彼は殺される覚悟をしたものの、苦し紛れに互いの利益の話をすると、ブラットニーは意外にもその要望に応えてくれた。
ブラットニー……四害王たちは、人間を支配するにあたって、それらを管理する人間がいたら便利だと考えた。
もちらん、根絶やしにすればいいのだが、人間には色んなものを生み出す能力がある。
簡単に滅亡させても益は無いが、生かしておけば役立つことも大いにあると踏んでいた。
そこでゴルゴとブラットニーたちの利害が一致してしまったのだ。
四害王は人間を管理する人間と、人間たちの情報提供。
ナンバー1になりたいゴルゴはその地位を。
ブラットニー側から見れば、自分たちが直接手を下さなくともモンスターに命令を出すだけで良かったので、これまでゴルゴの頼みは聞いてきた。
人間たちのトップに立てるのならアルのこともマーフィンのことも放っておけばいいのだが、しかしゴルゴはナンバー1で居続けることに酷くこだわっていたのだ。
一瞬たりともナンバー1の座を渡したくはないし、アルには負けたくない。
自分が誰かに負けるなんて、考えられないしあってはならない。
魔族たちの配下に置かれるのは少々癪ではあるが、国王が自分の上にいるのなら、まだ魔族たちと手を組んで人間の頂点に立つ方がいいと考えていた。
「それに、ここであいつを潰しておいた方が、お前たちのためにもなるんだぞ」
「俺たちのた、め?」
「ああ。そいつは現在、ものすごい勢いで名前を売り出していてな……この間のギガタラスクを倒したのもそいつだ。このまま放って置けば、お前たちの脅威にもなり得る」
「…………」
「だったら、叩ける時に叩いて、潰しておくほうが賢明じゃないか?」
「…………」
ボーッと見てくるだけのブラットニーに、苛立ちを感じながらも焦るゴルゴ。
ダメか? 動く気はないか?
「人間たちはこう噂している……いずれあいつなら、四害王さえも超える存在になる、と」
「超え、る?」
「ああ……それだけとてつもないポテンシャルを秘めているということだ」
「…………」
ブラットニーは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
焦燥するゴルゴは、ブラットニーの肩を掴む。
「おい! やらねえのか!?」
「やらな、い……」
「なっ……」
「わけにもいかな、い」
一瞬えっとなるが、ニヤリと笑うゴルゴ。
「お前の言う通、り。魔族のために……あいつのために、叩ける時に叩、く」
ブラットニーは静かに決意する。
アルを滅殺することを。
ゴルゴは激しく高揚する。
ようやくアルの息の根を止めれることに。
「グッド……」
こうして、四害王ブラットニーは、アルを殺すために行動を開始することになった。
魔族の中の、最強格の4人。
そのうちの一人が、アルを殺しに無表情で動き出すのであった。
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