決戦
「はあっ!」
呪文を唱える間も惜しい。若干ロスが増えるが魔力を流したスコップを岩盤にたたきつける。
わずかに突き刺さった先端に魔力を集中し、振動の概念を付与する。
背後からは剣戟の音が聞こえてきた。
「堅牢なる力よ! フォートレス!」
ゴンザレスのオッサンが主語の魔法を詠唱する声が聞こえてきた。
ってか、ただの騎士じゃないとは思ってたけど聖騎士かよ。
守りの魔法に治癒魔法を使いこなし、防戦に長ける。
戦闘の気配は激しくなるが、味方は良く持ちこたえている。
「いっけええええええええええええええええええええええ!」
持ち手にひねりを加えて突き出す。ゴバッと音を立てて岩盤に穴が開いた。
再びスコップが閃く。振動で脆くなっていた岩盤は斬り裂かれ、崩れた。
「クリフ!」
「ギルバートさん!」
向こう側でも岩盤を背に防戦していた。
「全員いるか?」
「はい、負傷者はそこにいますが、命に別状はありません」
「よくやった!」
あらかじめの打ち合わせ通りだった。工事の進捗も岩盤をぎりぎりの厚みで残しておいたのも。
敵は坑道を袋小路だと思ってこっちを追い詰めた気になっている。
魔力を通して扱いやすくした砂を残しておいたのもその一環だ。
ベフィモスを召喚して簡易の陣を築けば敵はそっちに目を向ける。
ぼこっと俺たちの横の壁が崩れた。
空いた穴からローレットが出てくる。肩にはベフィモスが乗っていた。
「ギルバートさん!」
たたたっと駆け寄ってきて俺に抱き着こうとするが、さすがにそんな場合ではないのでするっと身をかわす。
けつまずいてずるべしゃあとヘッドスライディングを決めるが、あの皇帝の子だ。この程度ではかすり傷一つつかないだろう。
これもあらかじめ仕込んでいたのだが、重々しく儀式をする前からキャンプのど真ん中から道を掘り進んでいた。
砂の陣は囮だ。そうしてローレットを逃がし坑道の最深部で戦力を集中する。
そのうえで……ああ、次の策が動いたようだ。
俺たちを追撃してきた敵の背後からローリア率いる残存兵が襲い掛かったのだろう。
いわゆる金床戦術だ。ゴンザレスのオッサンが敵兵を受け止め、背後から攻撃力に優れた部隊が挟み撃ちにする。
さらにクリフがいる側でもローレットがレイピアを振るい敵を蹴散らし始めた。
「さあ、このティルフィングの錆になりたいなら前に出なさい!」
普通レイピアで剣を斬り飛ばしたりはしないはずなんだ。鎖帷子とかもそうそう貫通しないわけで、鎧の隙間を狙うのが常道だ。
魔剣とは厄介極まりないなと思う。味方だから心強いことこの上もないが。
潮目は完全に変わった。敵はこっちを奇襲してきたと思っていたが、むしろここで襲ってこない方が不自然だ位に思っていたからな。
相応の備えをするのは当然だろう。
「送還」
若干不満げな表情をしていたがベフィモスを霊体に戻す。すまんな。これがひと段落したらポーション食わせてやるから。
垂れ流しになっていた魔力を少しでも回復させるために壁に寄り掛かる。
剣戟は徐々に収まりつつあり、敵は制圧されたか逃げていくかしていったようだ。
「頃合いだ、クリフ!」
「はいっ! 振動よ!」
クリフが手に持ったつるはしを壁にたたきつけると、ダミーの壁が崩れる。
「お、合図ね。吹き荒れよ!!」
崩れた土砂をローレットの呪文が吹き飛ばす。
倒れた敵兵もろともにすさまじい砂嵐が吹き荒れた。
「ふん、土木課を舐めるなよ。こんなちっさい穴しか掘れねえわけがなかろうが!」
古株の職人がふんぞり返って宣言する。
「そうだそうだ。若造どもが。叩き上げの力、思い知ったか!」
スコップやつるはしで敵に応戦していた彼らは歴戦の騎士団にも匹敵する働きを見せたのだ。
なにしろ、つるはしで敵兵の盾を叩き割るとか、スコップで兜を叩き割るとか、でたらめな威力の攻撃を繰り出す。
「硬いもの叩き割るのは俺たちの基本だ!」
さらに籠手やヘルメットで敵の攻撃をはじき返す。
「落石に比べりゃへでもねえ!」
そもそも魔導士なのになんでこんな肉体派が多いのか。そういえばガンドルフも拳一つで巨岩を叩き割って、岩砕きのガンドルフと二つ名を持っていたことを思い出す。
「おお、無事だったか」
返り血を浴びた姿でゴンザレスのオッサンがやってきた。作業服の下に仕込んでいた帷子がところどころほつれているのは、最前線で敵の刃を防ぎ続けたということだ。
「あ、ゴンザレス。お疲れ様」
笑みを浮かべるローレットもその有様に気づいているのだろう。ぎゅっと握りしめた拳がその心情を顕しているように思えた。
「癒しの御手よ、汝が愛し子を撫でたまえ……」
ローレットが直接傷口に触れ呪文を唱えると、すぐに傷が消えていく。
「これはかたじけない。ですが吾輩より傷の重い兵がいるのです」
「すぐに案内を」
「はい」
ギルド員の奮闘で死者は出なかった。それは結果論でしかなく、薄氷を踏む戦いだったことは間違いない。
「すまない、俺の首を差し出そう。だが仲間には寛大な処分を望む」
コンラルドがやってきて俺の前にひざまずいた。
おかしいな、俺の上位者二人はさっきここから去った。なぜにそれを俺に言う?
「そういうのは上司に言ってくれ」
「ん? お前がこの部隊を率いているのではないのか?」
「俺はギルドの責任者でね。あっちで盛り上がってる飲んだくれどものお守りが仕事だ」
背後にはいつもギルドホールでの光景そのままだった。薄いエールを酌み交わしがははと笑いあう。
一仕事終えた後は一杯やっていやなことは忘れよう。今日は今日、明日は明日。そういうことだ。
「では、俺たちはどうしたらいい?」
「そうだな。とりあえずあっちの樽からエールを汲んで来い」
「お、おう?
「ほれ、こっちだ。あー、お前さんらもついてくるんだ」
コンラルドの後ろに控えていた連中にも声をかける。
「よし、じゃあ俺に続くんだぞ。今日はお疲れさん!」
「うぇ? きょ、今日はお疲れさん、だ」
「よし、明日も共に頑張ろう!」
「あ、明日も、とも、に!? が、頑張ろう!」
「共に」に反応してくれた。まあ意味は分かってくれたと思おう。
飲んだくれどもがコンラルドたちを取り囲んでいる。ギルド職員の「武勇」は先ほどいやというほど見せつけられていた。
陰影を描く広背筋、山のように盛り上がった上腕二頭筋、筋肉だるまの群れだ。
その状況に、コンラルドの表情が引きつった。
「っしゃ。同輩よ、俺たちのモットーは何だ!」
「安全第一!」
「聞こえねえぞ!」
「安全第一!」
「おっしゃ、明日もみんな頑張ろう! かんぱーーーーーーーい!」
俺がジョッキを掲げるとそこらじゅうでばこん、がこんとジョッキをぶつけ合う。
意味も分からず持たされていたコンラルドたちも俺たちの意図を汲んでくれたんだろう、ぎこちないながらもジョッキをぶつけ、エールをあおる。
「ぷっはああああああああああああああ!」
「うめえええ!」
「おかわり!」
「ローリアさん、罵ってください!」
「は?」
戯言を抜かしたオッサンが一人ローリアに叩き伏せられる。
コンラルドは笑みを浮かべていた。
「あんた、不器用だな。けど、ありがとう」
「ま、あれだ。よろしくな」
戦勝の宴は坑道の中でにぎやかに行われた。
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