暗躍
side xxx
「命がけで働いても報われない。そんな君たちにいい話を持ってきたんダヨ」
その胡散臭い男はそう言って俺たちの前にどさりと革袋を置いた。
開いてみると、そこにはクラウン金貨がぎっしりと詰まっている。
「……何をすればいい?」
固唾を呑んで動けなくなっている仲間に代わって聞いた。
その男は遮光眼鏡をクイッと直してこう告げてきた。
「君たちを縛り付ける、あの桟道をね。焼いちゃいまショウ」
胡散臭い笑みを貼り付けたまま肩をすくめる。
「そんなことができるわけがない!」
「ナゼ?」
「初代陛下より賜った役目だからだ」
「それであなたたちは命がけの仕事を押し付けられたわけだ。そういえば先日ワイバーンが出たと聞いていますガ」
「帝国兵が倒してくれた」
「そう、たまたま巡回していた、ね。常にあなた方を守ってくれるわけジャナイ」
痛いところをついてくる。桟道の整備を命じられた山の民。それが俺たちの素性だ。それから、幾多の一族の命を飲み込んで桟道は維持されている。
そして、昨日先ぶれがやってきた。桟道の強化、もしくは別の方法を使ってこの難所を抜ける手立てを考える。それは我らの存在意義の否定でもあった。
「わかった。受けよう」
男は貼り付けた笑みをさらに深めた。
「賢明な判断をしてくれて私もうれしいよ。とりあえずこれは前金として取っといてくれタマエ。それで、ダネ……」
男が持ってきたのは可燃性の油と、火種となる火のクリスタルを砕いたものだった。
「魔力を流して10秒後に……ボン」
気をつけて使ってくれよとお気軽に言っている。
大量の金貨を持ってきただけあって、要求は細かかった。おそらく桟道のあっちとこっちに分散するだろうから、向こうに人が行った後に火をつけろとか。
皇女が来ているからどっちにいるかを教えてほしい、とかだ。
「貴方たちは火をつけたらこっちの道から下ってクダサイ」
その男が指さしていたのは、我らが秘匿していた道の一つだった。
「なぜ、これを!?」
周囲にいた一族の者が色めき立つ。
「はいはい、やめマショウ。暴力は何も解決しませんヨ?」
ぬけぬけと言い放つ男に自分自身の感情が激発しかける。だが意図して深呼吸して感情を抑えた。
「やめろ。ここでこいつを殺しても多分何も解決しない。こいつ一人で調べ上げられる情報ではない。こいつは末端だ」
「フウ。賢明かつ冷静な判断ありがとうございマス」
やれやれと肩をすくめるしぐさは芝居がかっていて胡散臭いことこの上ない。しかし、10人を超える戦士の殺気を向けられてなおこいつは平然としていた。
頭に血が上っている連中は気づいていないだろうが、襲い掛かってもこちらが返り討ちになるだけだっただろう。
「あ、そうそう。残りの報酬はここの合流ポイントでお渡ししマス。みなさん、生きて帰ってきてくださいネ」
ニイと口角を上げて笑う顔に、いまさらながら怖気を覚えた。仕方なかったのかもしれないが、俺たちは選択を間違えてしまった。そんな予感がしていた。
side ギルバート
「波よ」
魔力の波を送り、岩壁の中の様子を探る。坑道を掘る予定のラインに特にこれと言った生涯はなさそうだった。
ついでではないが水脈も確認しておく。
この地で水を調達するのは……崖下を流れる川に釣瓶を投げ込んでいるのだ。
うまく井戸などを確保できればと考えたわけだ。
向こうではクリフも同じことをしているはずだが……魔力欠乏でひっくり返ったと報告を受けた。
最初はおっかなびっくりわたっていた桟道も、慣れればなんとか渡れるようになっている。使者が往復して情報の共有をする。ただどうしても時間差が生じるので、有事の際には不利になる部分だろう。
桟道の渡し人たちはこちらの様子を遠巻きに見ているようだった。
「なんだろ、いやな視線を感じるわ……」
「ローレットさんはわたしと違って……ねえ」
うん、この会話に入り込むのは死を意味する。ローリアの目線はローレットの山脈に注がれていた。
「やっぱそれ、もぎましょ?」
「もぎません!」
美人が二人じゃれ合っているだけで目を引くのはわかるが、彼らの目線はそんな感じじゃない。
じとっとねめつける様な視線は確かに気分のいいものじゃなかった。
「あー、ローレット。ちょいといいか?」
「は、はい! わたし、子供は3人ほしいな!」
「ちげえ!」
「はわわわわわ……」
ローレットは顔を真っ赤にしてワタワタしている。
「ぷ、くくくくくく……」
ローリア、あんたか。
「ふと思ったんだがな。桟道を守ってくれてる彼ら。このトンネルができたら、まずくないか?」
「ああ……ああ、たしかにそうですね」
「だろ。なにがしかの役目を与えるとかしないと……この地勢で彼らが敵に回ったら窮地に陥る」
「取り込むべきですね。なにか彼らに与えられるもの……」
「まずは情報開示、だろうな」
「ええ」
「俺たちが何をしに来たのか、何をしようとしているのか。そしてこの先どうするのか」
「難しい、ですね」
「どちらにしろ明日から工事に入る。彼らに対しても何か提示できればな。少なくとも敵には回らないでもらえるんじゃないかね?」
「ちょっと考えてみます。ゴンザレス、警戒だけは怠らないようにね」
「はっ!」
彼らはここより少し下がったところに住んでいるようだった。最初にあいさつした以外は特にお互い接触はない。
実際問題として、友好的ではない。何かあったら声をかけてくれと言われ、桟道のメンテナンスなどの助言を受けてはいる。
不穏な雰囲気は無視できないものではあるが、かといって工事は始めなければいけない。
何事もないように、と祈るがどうせ何か起きるんだろうなと半ば諦めにも似た感情を見なかったことにして、毛布をかぶった。
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