疑問

「うー……」

 意識が覚醒していく。頬になにか暖かい感触を感じた。


「お目覚めですか?」

 目を開くと目の前にローリアの顔があった。

 俺の頬に触れていたのはローリアの手のひらのようだ。なんかいい匂いするし、手が柔らかくて暖かいし、なんならそのまま顔同士が接触してしまいそうだった。


「どうしたんですか?」

 俺の動揺を知ってか知らずか、距離感に変化はない。ぱちぱちと瞬きする瞳に吸い込まれそうになる。

「お、おはよう」

「はい、おはようございます」

 うん、何を言ってるんだろう。いや、おかしくはないか。挨拶は大事だ。

 特に新規の現場では挨拶ができないやつはまともに扱われない。

 などとよくわからないことを考えていると、ガチャッとドアが開いた。


「はわっ!? お、おじゃましましたっ!」

 ばたんとドアが閉じられる。

 さすがにローリアも俺の方に傾いていた体を起こし、代わりというわけじゃないんだろうがこてんと首をかしげて、なぜかちょっとすねたような表情を浮かべていた。

 

 ジトッと俺を見るローリアとの沈黙に耐えかね掛けたころ、遠慮がちにノックされた。

「はい」

「失礼……します」

 遠慮がちにドアを開いて入ってきたのは、やはりというかローレットだった。

「ああ、ローレット嬢。すまん、面倒をかけたようだ」

「い、いえ、あの。大丈夫で、よかった」

 なんかやたらしおらしい。

「ああ、おかげさんでな。ま、俺の方にも無理をする事情があったってことだ」

 と言ったあたりでローリアにぺしっと頭をはたかれた。

 眦の位置は水平で、かなり怒っていることがわかる。


「……すまん、心配かけた」

「わかってます?」

「ああ、無理をし過ぎたことは謝る」

「そうです、マナポーションの在庫ありったけ持っていくとか何を考えているんですか!」

「そっち!?」

 俺はよっぽど情けない顔をしていたのだろう。ローリアの表情が和らぐ。

「冗談です。ギルバートさんに心配をかけられるのは今に始まったことじゃありませんし」

「う、すまん」

 クスクスと笑うローリア。いつもそうやってればいくらでも嫁の貰い手があると思うんだがなあ、と考えた瞬間視界の大半を肌色の何かで奪われた。

 思わずのけぞると、ローリアの貫手が俺の目玉から1ミリの位置で止まっている。

「ギルバートさん。余計なお世話です」

「イエス・マム!」

 ベッドの上じゃなければ直立不動で敬礼するところだった。


「えーっと……」

 俺たちのやり取りに唖然としていたローレット嬢が再起動を果たす。

「お、おう」

「お二人はどんな関係?」

「運命を共にするパートn「ギルドの同僚だ」」

 思わず食い気味に訂正を入れると、ローリエが少し不機嫌そうな顔をする。


「そうなの? その割には距離が近い気がするんだけど……?」

「わたしはギルバートさんの命を預かる立場ですから」

 なぜかふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべるローリア。その顔になぜかぐぬぬと歯噛みするローレット。


「まあわかったわ、それで、いくつか聞きたいことがあるんですけど」

「ん? まあ、答えられることなら」

「ギルバートさん。貴方、何者?」

 その剣呑な雰囲気に、ギルド職員って名乗ったじゃないかって意味じゃないことはさすがに分かる。というかローリア、そのスローイングダガーをしまいなさい。むやみやたらに口封じしちゃめっ!

 

 質問の意図を理解したうえであえてはぐらかしてみる。

「……帝国魔法ギルド第三部土木課が俺の所属だ」

 懐に首からぶら下げているメダルを探したが……ない!?

 ローリアがなぜか胸元から俺のメダルを取り出して見せつけた。

 目線で咎めるもローリアは涼しげな表情のままだ。

 とりあえずメダルを奪還し、改めて掲げる。このメダルには魔法がかかっていて、持ち主の魔力パターンを記憶しているのだ。

 メダルに魔力を流すと中央に埋め込まれているクリスタルがきらっと輝きを放った。


「そう、ね。そのメダルも本物だし、問い合わせたらギルバートとローリエの二人はギルドメンバーとして所属してるって返答ももらってるわ。ギルド本部からね」


 ギルドに問い合わせを入れて即座に返答させるとか、相当上位の貴族家の出身なのだろう。


「今の言葉を踏まえたと判断して改めて聞きます。ギルバートさん、あなた何者?」

 うん、目が笑ってない。

「どういうつもりでそんなことを聞く? 俺は一介の真面目なギルド職員だ。配属先が三部ってことにも満足している」

「そうね、いろいろとんでもない魔法をあれだけ連続で行使してなかったらその言葉に嘘はないって判断できるわ」

 ローリエがジト目でこちらを見てくる。


「ギルバートさん、自重って言葉知ってます?」

「自分を情けねえって自虐して笑うことだろ?」

 わざとボケてみたんだが、ダメだったようだ。ローリエの視線にダイヤモンドダストが混じりだした気がする。


 はあ、とため息をついて表情を改める。

 ベッドから立ち上がってローレット嬢と向き合うと、なるべく重々しくなるように意識して口を開いた。


「他言無用、守れるかい?」

「……わかったわ」

 俺に気おされつつも胸元にいる黒い毛玉をぎゅっと抱きしめて一歩も退かない。

 ローリエにアイコンタクトをとると、彼女もかすかに頷いた。いろんな状況をシミュレートして、ローレット嬢個人を口止めするのがベターと判断したものと思われる。


「そうだな、俺は帝国魔法大学を次席で卒業したんだが……」

 話始めてから気づいた。なんでベフィモスがいるんだ?

 普通は俺の魔力供給が途絶えた時点で送還されるはずなんだが……?

 その疑問を追求すべきか悩んだが、とりあえず棚上げして、自身の過去について語り始めるのだった。

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