崩落
「……なんでついてくるんですかね?」
「あんたが手を抜かないか見張るのよ」
「そんなことをするわけがないでしょうが」
「だってあんた、第三部でしょ?」
「……それが?」
「魔法ギルドのお荷物って言われてるの、まさか知らないとでも?」
やれやれ、またか。肩をすくめて答える。
「知らないやつはいないだろうさ。だけどな、俺たちも誇りをもって働いているんだ。それを忘れないでもらいたいもんだね」
おっといかん。ちょいとばかり魔力が漏れたか。
「……わかったわよ。じゃあその誇りとやら、見せてもらおうじゃないの」
ちょっと女は引きつっていた。ま、失礼なこと言うやつだから仕方ないよな?
足元に注意しつつ歩いていく。やはり少しぬかるんでおりあちこちに水たまりができていた。
岩が落ちてきたと思われる壁面からも水がしみだして小さな滝になっている。
「ふむ……」
単純に岩をどうにかするならなんとでもなる。ただ、壁面の補強をしないと再び崩れてくる可能性がある。
というか、道をふさぐ岩に覆いかぶさるように土砂が乗っている。岩だけの処理じゃすまないことが確定したな。
「ねえ、どうなの?」
調査が始まって1時間もしないうちに焦れたように話しかけてくる。
「見ての通りだ」
女はわかりやすく不満を顔に出す。いかんな、貴族たるもの感情を表に出し過ぎてはいけない。
まあ、かといって不愛想なのも考え物だが。
「見てわかんないから聞いているんだけど? って言うか、なんか口調がぞんざいね」
「そりゃあな。会って早々に侮辱されたんだ。そんな相手に敬意を払うほど、俺は人間出来てねえ」
「はあ!?」
「そもそも噂を信じちゃいけないってママに教わらなかったのか?」
「……教わる前に神の身許に召されたわ」
「……すまん」
「いいわよ、わたしもろくに覚えてないし。肖像画だけが母様の思い出なの」
お互いに言葉が出ない。お互いに地雷を踏みあったような格好だ。
「岩の上を見てくれ。土砂が積もってるだろ?」
気まずい空気を払しょくするために、まずは質問に答えることにした。本来はそんな義理はないんだが、まあ仕方ない。
「……そうね」
「あの岩が更なる崩落を支えている可能性がある」
「それってどういうこと?」
「あの岩を下手に撤去すると、さらに土砂が降ってくる。先にあっちの壁面を何とかしないといかん」
「で?」
「ん?」
「だから、ここが通れるようになるのにどれくらいかかるの?」
「普通にやればひと月だ」
「はあ!?」
「だが「待ってられないわよ!」まて!?」
「あの上を固めればいいんでしょう?」
俺が止める間もなく女はレイピアを逆手に抜き放ち呪文を唱え始めた。
柄の先端に宝石があしらわれており、ミスリルの線がつながっている。魔法の発動体になっており、制御を補助する魔道具だ。
同時にレイピア自体も魔力を流せば相応の切れ味を発揮しそうだ。
「凍てつきし吐息よ、白銀に輝く流れよ、我が指先の指し示す方に流れよ。フリージング・ブレス!」
戦術級だと!? 若いのに大したもんだ。そして呪文のチョイスもいい。水分を多く含んだ土砂を冷却魔法で凍らせれば一時的に固めることができる。
「わが呼び声に応えよ風の精 我かざすは無影の刃 打ち振るいしは風の聖剣 エクスカリバー!」
っておい!? 風属性の戦術級でも最上位じゃねえか!?
女が頭上にかざした手を唐竹割に振り下ろす。絞り込まれた風の刃が一刀両断に岩を断ち切る。そして真横に振るった手から再び小さな風の刃が飛び、立ち割った岩の片方を粉砕した。
立て続けに大きな魔法を使ったせいか女はへたり込んでいる。それでも開いた街道に向かって歩き出した。
そして、気づいた。凍り付いた壁面に亀裂が入り始めていることに。
「危ない!」
「え? きゃああああああああああああああああ!」
凍り付いた壁面は亀裂が入って崩壊した。ってか普通に考えたらあれだけの衝撃を加えたら崩落するわな。
俺は女を抱きかかえ、とっさに呪文を唱えて地面に手を叩きつける。
「森羅万象の息吹よ、集いて堅牢なる城壁となれ フォートレス!」
「いやああああああああああああああ!!」
呪文が発動してドーム状に展開された岩石の結界が俺たちを包むんだ直後、土砂が降り注いだ。
「ああああああああああああああああああああああああ、むぐっ!?」
とりあえず叫ばれ続けると空気が悪くなる。なので、ちょっと手のひらで口を覆ってみた。
「静かに。空気が悪くなる」
「もが、もがーー」
「静かにしてくれ、OK?」
現状を把握したのかこくこくと頷くように動いたので手のひらを外す。
「え、小規模とはいえこれだけの衝撃に耐えられる結界を二節の呪文で作るって、貴方何者?」
うん、いい度胸だ。普通の令嬢ならこういう状況になったらもっといろいろとパニックになるんじゃないかな?
騒がれるよりは良いか。
「さっき名乗っただろう? 魔法ギルド第三部所属魔導士のギルバートだ」
「……ごめんなさい。わたし名乗ってなかったわね。ローレットよ。家名は……今は内緒ってことで」
ローレット……? 過去になじみのある名前と同じだったので少し郷愁を覚える。
「んじゃ、ローレット嬢。以後よろしく、だ」
「ええ、よろしくね、ギルバートさん」
身動きが取れない状況だったが、なぜか二人して大笑いしてしまった。全く、なんて自己紹介だ。
とっさに作った結界なので、二人が座っていられる程度のスペースしかない。もちろん光も差し込まないので真っ暗で、お互い鼻をつままれてもわからないだろう。
「で、これほどの凄腕ですもの。何か手はあるのよね?」
「その根拠は?」
「そもそも、あなた一人だったら巻き込まれずに何とか出来たでしょ?」
「まあ、な。ただ、その場合君は生き埋めかお陀仏だったけどな」
「……そうね。助けてくれてありがと」
「その言葉はまだちょいと早いけどな。ま、何とかするさ」
俺がぱきっと指を鳴らすと、人差し指の先に光が点る。いきなり目の前にローレットの顔が見えてちょっと心臓が跳ねた。
腰に括り付けてあったポーチから粉上に砕いた魔石、いわゆるクリスタル・シャードと呼ばれるものが入った瓶を取り出す。
「んじゃ、解決しますかね」
さらっと言った一言にローレットが目を見開いた。俺が何をするのか、刹那すら見落とすまいと見てくる。
魔導士としての探求心のなせることなのか、その時は理解できなかった。
「ちょっと後ろに下がってくれ。中心部に陣を描く」
「わかったわ」
ローレットが真剣なまなざしを向ける中、俺はシャードを使って魔法陣を描き始めるのだった。
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