良心的AI搭載人生ナビゲーションシステム

まんまるムーン

第一章 絵美香の場合

第1話 絵美香の場合 

 今日は待ちに待った、彼氏と初めてのお泊りデート。この日の為に車も洗車した。奮発してポリマーコーティングもしたのでピカピカに輝いている。行先は車で1時間半程走った先にある山深い温泉地。大人の隠れ家的ハイセンスな旅館が立ち並ぶ人気の避暑地だ。


私は全室離れで部屋に露店が付いているゴージャスな旅館を予約した。なかなか予約が取れないと有名な宿だったので、取れたときの感激といったらなかった。お値段は…この際、思考停止しておこう…。来月のカードの利用明細が恐ろしくもあるが、そんな事より二人の時間の方が断然価値があるのだ! あぁ、楽しみだなぁ。



 私の彼は生田裕一郎さんという。同じ会社の上司で7つ年上だ。背が高くて優しくて大人でセンスが良くてカッコいい! 裕一郎さんの顔はずーっと見てられる。まさに完璧な彼氏だが、そんな彼にも欠点はある。彼は既婚者なのだ…。同い年の奥さんがいて、その奥さんとの間には二人の子供もいる。でも彼は言った。妻とはもうずっと前から冷めきっていると。離婚の話し合いも進んでいて、あとは条件の折り合いをつけるだけなのだと。離婚した後は必ず君を迎えに行くから、その時まで少しだけ待って欲しいと。真剣な彼の眼差しに私は心打たれた。待ってます。私、あなたを信じて待っています!



 私と彼は平日の夜にデートをする。たいていは私の部屋で。本心を言うと、週末に外で手をつないでデートするのに憧れがあるのだが、彼に言わせると外では誰が見ているかわからない、同じ会社だから目撃されて告げ口されるとどちらかが地方に飛ばされるかもしれない、だから部屋でまったりする方がいいのらしい。


とにかく彼が解放されるまでの我慢。そんな状態の私たちだったから、週末にお泊りデートなど、夢のまた夢と思っていた。しかし突然彼が温泉にでも行こうと言ってきた。私は嬉しくて堪らなくて、奮発していい旅館を予約した。今回の旅行代も私が出している。彼は今、離婚に向けてお金がいるので自由に使えないのだ。これは未来への投資! 


ちなみに私の愛車は彼と付き合い始めて買った。中古の小さな軽自動車だけど、燃費はいいし小回りは利くし街乗りには最適で、何より見た目が丸くて私の大好きなペパーミントグリーンだったこともあって、一目惚れしたのだった。裕一郎さんと一緒に移動するときには公共交通機関より自家用車の方が目立たないので、彼も私が車を持っていてくれた方が助かると言ったこともあり、ボーナスを当て込んで買った。彼はとても喜んでくれた。彼も車を持っているのだが、その車を使うと足がつくとかなんとか言って、使わない方が二人の未来の為と言われている。まあ、私にとっても車があれば便利だし、今回の温泉旅行に使えるし、本当に買って良かったと思っている。

そう言えば…この車を買った時の担当のお兄さん…なんだか不思議な人だったなぁ…。



 旅行当日。裕一郎さんとはお互いの住むちょうど中間地点に位置する公園で待ち合わせている。その公園には行ったことが無いので、一応ナビをセットすることにした。この車でナビを使うのは初めてだ。車屋さんのお兄さんは、このナビは音声でアシストしてくれるし、とても簡単なので説明書を見なくても分かりますよ、と言っていた。


えっと、「メニュー」を押して、それから「ナビを使う」を押したらいいのか…。

「オハヨウゴザイマス、エミカサン!」

え? 何で私の名前知ってるの? 車屋のお兄さんが登録してくれていたのかな?

「エミカサン、オハヨー!」

「え? あぁ、おはようございます。」

「今日モ オ日柄ヨク ドン詰マリ 人生ノ 真ッ只中デスネ!」

何でこのナビこんなにしゃべるの? あぁ、そう言えば車屋さんがAI搭載ナビですって言ってたな。それでかな…。しかしどん詰まり人生って失礼な!

「サア、行先ヲ 言ッテ 下サイ。」

「麗しヶ丘公園まで」

「了解シマシタ。」

画面の地図上にルートが現れた。


「5ルート ゴ用意シマシタ。次ノ中カラ オ選ビ 下サイ。

1、 地獄ルート

2、 生キ地獄ルート

3、 訴訟ルート

4、 日陰ルート

5、 希望ルート」


「何? それ?」

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