第3話 星間ハロウィン
「僕、地球のハロウィン大好きなんですよね。今日だけはこの顔も仮装で通るじゃないですか。だからほら、こういうお店にいてもそんなに目立たないし」
ディナーをと呼び出された先で聞かされたのは、賑やかな夜に似合わぬ何とも悲しい主張であった。
そしてそれを語っているのは、遙か銀河の彼方から嫁を探すためにやってきた、奇特な宇宙人『アリウスフォルゲリガヒスダルガソエコロ』649才、通称『アリウス』である。
「それより、アリサさんは仮装とかしないんですか?」
「私、ハロウィンって嫌いなんですよね」
「僕は好きですよ。仮装ってわくわくするし」
「でも仮装してないじゃないですか」
「アリサさんとのデートに変な格好はまずいですし」
「いつも変なかっこうしてるようなもんなのに」
何せアリウスは、地球に住む海洋生物「エビ」に酷似した姿をしている。今日ばかりはその姿も心なしか地味に見えるが、それでも十分滑稽な部類だ。
「アリサさん、何か最近僕に対して辛辣ですよね」
自覚はあるのであえて否定せず、私はワインを煽る。
「でも僕、アリサさんにずばずば言われるの嫌いじゃないです。ラブスターに通ってた頃の、あのやる気の無い笑顔も好きでしたけど」
「やる気はありましたよ」
多分、と付け足してから、やはり「無かったかもしれない」と私は心の中で更に重ねた。
そもそもアリウスと出会ったのは、彼が私が働く婚活支援会社『ラブスター』にやってきたのがきっかけだったが、なにぶん彼の容姿はエビである。
いくら『年間5000組のカップルが誕生!そのうちの半数は地球外生命体!』という広告を掲げている我が社でも、さすがにエビに人間の恋人をあてがうのは不可能だというのは初対面の時からわかりきっていたことだ。
実際アリウスは数百を超える女子にフラれまくり、当初の思惑は現実の物となったのだが、ただ一つ予想外だったのは、彼が最後に選んだのが私だと言うことだ。
やる気が無いと自覚するほどぞんざいに相手をしていたのに、どういうわけかアリウスは私のそういう怠惰なところに魅力を感じているらしい。
「どうせなら、普通のイケメンに惚れられたかったなぁ」
「アリサさん、聞こえてます」
「あ、あそこにいるゾンビの方がまだイケメンかも」
「アリサさん、聞こえてます」
窓際の席であるのをいいことに、道行く人々を私はボンヤリと眺める。
「それにしても、仮装してる人多いなぁ」
「賑やかで良いですよね」
「正直、日本人のお祭り好きを呪いたいです。私が生まれるよりずっと前は、ハロウィンは外国のお祭りだったのに」
私がいうと、アリウスが無駄に可愛らしく小首をかしげる。
「アリサさん、お祭りとかあんまりすきじゃないです?」
「周りの心が躍ってると冷めるタイプなんです」
「じゃあの、クリスマスとかは?」
「チキンは好きです」
「じゃあ僕と……」
無理。
そう即答したら、落胆で垂れ下がりすぎたエビの触覚がカボチャプリンに突き刺さった。
「クリスマスは、一人でローマの休日見るのが決まりなので」
「チキン食べながらですか?」
「はい。あと、ケーキも」
「そこにエビはいりませんか?」
いりませんと答えてワインのおかわりを店員に頼んでいると、アリウスはカボチャプリンから触覚を引き抜き、泣きそうな顔でハンカチを取り出す。
「でも、ハロウィンには付き合ってくれたんだし、クリスマスまでに気が変わるってこともあり得ますよね?」
プリンのついた触覚をハンカチで拭きながら、アリウスのつぶらな瞳が私を見つめる。
庇護欲をくすぐられる彼の眼差しに弱い自覚はあるので、ここはぐっと顔を背けてやり過ごす。
「あなたがイケメンの仮装でもすれば、考えるんですけどね」
「じゃあの、ちょっと服ぬいできますね!」
「って、なんでそうなるんですか!」
「僕、最近ようやく化身の術になれてきたんです! ただ、こういう堅苦しい服着てるとどうも上手く発動しなくて」
だからちょっと脱いできますと言い出したエビの目は真剣で、無駄に男前だった。
これは、マジでやる気だ。
「二度と店に入れなくなるからやめてください」
「じゃあ場所を変えますか」
「どこ?」
「僕の家とか?」
却下。
そう言うよりはやく、エビは窓の外を指さす。
「まあ、月にあるんでちょっと遠いんですけどね」
「月!?」
「ほら、最近再開発が始まって高所得者向けに邸宅が沢山建ったじゃないですか」
「まさかそこに!?」
「はい」
先ほど服を脱ぐと言ったその口で、アリウスはセレブすぎる発言をこぼす。
月のビバリーヒルズと称される邸宅街はニュースで見たことがあるが、アナウンサーが告げた値段には目を剥いた記憶がある。
それをよりにもよってこのエビが、アリウスが所有しているとは思わず、なんだか気が抜けてしまった。
「そんなに驚くことですが?」
「あなたって本当に、外見のレベルが低い分そのほかのスペック高すぎですよね」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないんですけど」
「半々です」
「せめて、6:4くらいで褒めてほしいです」
控えめな主張をしてから、エビは恥じらう様子で触覚を揺らす。
「それであの、僕の家……どうでしょう?」
「すさまじく興味はあります。家にだけ」
「僕には興味ないって暗に言ってますよね」
「でも、今まで散々物でつられてきたからここで行くのは悔しいです」
「いつも言ってますが、対価は何も要求しませんよ。僕はその、一秒でも長くアリサさんと一緒にいられればそれで幸せなので」
うっかりエビから目をそらしていたせいか、無駄に甘い声と台詞に無駄に心臓がはねる。
顔さえ見なければ、奴は声も言葉もイケメンなのだ。
もしこれで、本当にイケメンに仮装でもされたら色々まずいかもしれない。
今更のようにそう自覚して、私はエビに目を戻す。
「家には行きたいけど、やっぱり仮装はいいです」
「裸なら、たぶんちゃんと人間になれますよ!」
「余計に嫌です」
「そんな見苦しくないですよ!」
それだとなおさらい困るのだという言葉は飲み込んで、私は新しく注がれたワインを一気にあおる。
「そもそもあなたはいいんですか? 私が人間の姿に惚れたら傷つくでしょう?」
「傷つきません! アリサさんとキスできるなら、僕何でもしますし!」
あられもないことを勢い口走ったかと思えば、エビはさらにとんでもないことをまくし立てる。
「そもそも、僕達カヒスダ星人って体の性質上他の惑星の女性と性交渉に及びづらいんですよ! だから好きになった相手に会わせて容姿をかえるのは割と普通です。まあ僕は、その能力が欠けててもう600年以上エビのままなんですけど」
「……もしかして、脱皮すると姿が変わるとかですか?」
「脱皮というか、甲殻が変化する感じですね。僕はあの、童貞なので未体験ですが、思いと体が通じ合うと必然的に変わったりするらしいです」
予想外の告白に、私は思わず息をのむ。
「まさか、どんな姿にでも?」
「さすがに、身長が100メートル以上あるエオア星人とかは無理らしいですけどね。それで失恋した友人もいますし」
そもそもどうやってエオア星人と事に及ぼうと思ったのかは気になるが、そこを尋ねている場合ではない。
「じゃああの、最終的にはエビを卒業するって事ですか?」
「基本はエビのままですが、つながった数だけ容姿を増やせるらしいですよ」
今更のように明るみに出た事実に、私の胸をよぎったのは怒りだった。
だってそれを早くに聞いていれば、私はこんなに苦労していない。
「それを先に言ってください!」
「って事はもしかして、僕と……」
「それを婚活プロフィールに書いてたら、もっと早くお相手見つかったのに!」
「何でそうなるんですか! 人間になれるなら私と……ってところですよね今のは!」
そうなると思って、ここぞのタイミングで告げようと隠していたのにと、エビはあざとい心の内を泣きこぼす。
「だって心と体をつなげないと駄目なんですよね 少なくとも最初はエビとやらなきゃいけないとか嫌ですし、あなたと心までつながるかも不安です」
「辛辣にもほどがあります!」
そういって、エビは先ほどより更に深くプリンに触覚を突き刺す。
その落胆ぶりにはさすがの私も罪悪感を感じたので、仕方なく触覚をプリンから引き抜いてやった。
「さすがに言い過ぎました」
言いつつナプキンでプリンを拭き取ってやったが、エビの触覚はまだたれたままだった。
「いいんです、事実ですから」
「だけど……」
「でも、諦めませんから」
そう言って、エビが私の手を取る。
普段ならそれくらいで動揺する私ではないが、今日はろくに大きくもない胸が無駄にはねた。
なぜなら彼の手のひらは甲殻に覆われておらず、それは人の……それも逞しい男の物だったのだ。
「今はこれくらいしか変身できませんけど、いつか必ずアリサさん好みの男になります! 服を着たまま! いつぞやのように腰布も巻きません!」
そう豪語するアリウスから、私は自分の手を奪い返すだけで精一杯だった。
あの指に触れられていると、なんだか妙な気分になる。
「ならなくていいです。あなたは一生エビのままでいいです!」
「どうしてですか、欠点は外見だけって言ったじゃないですか」
「その欠点がなくなったら完璧すぎるからです。私は普通のOLらしく、そこそこのイケメンと普通の恋をしたいんです」
「じゃあ僕、普通のサラリーマンになります! 転職します!」
「そういう問題じゃありません!」
怒鳴ってはみたものの、アリウスは今にも再就職を始めそうな顔をしている。
「とにかく、何をどうやってもあなたと恋はしません。だから変なまねはやめてください」
「でも僕、どうしても……」
だから一々切なげな声を出すなと胸の内で怒鳴ってから、私はアリウスの触覚をつかむ。
「それにあなたが普通になったら、ビバリーヒルズにも行けないじゃないですか!」
「ってことは、僕のうちに来てくれるんですか!」
苦しい言い訳だったが、どうやらアリウスはそれを好機ととらえたらしい。
正直行くつもりは全くなかったが、触覚を突き上げ目を輝かせているエビを見ると、今更断るのも気が引けてくる。
「興味があるのは、家だけです」
「わかってます」
「何かしたら、その殻ひんむきます」
「そうされるのも悪くない気がしますが、アリサさんが嫌がるようなことはしないとお約束します」
「家を見るだけです、見るだけ」
「どうせ見るなら映画も見ましょうよ。ローマの休日、うちにもデータあるので」
「……ポップコーンも、つくなら考えます」
「もちろん、ご用意しましょう」
だから行きましょうと私の手を取るアリウスの腕は、いつの間にかいつもの殻に覆われている。
それに言いようのない安心感を覚えて、私は彼の指をそっと撫でた。
「ハロウィンの仮装なんて、やっぱりするもんじゃない……」
独り言と一緒にため息をはき出して、私はウキウキと勘定を頼むアリウスの横顔を眺めた。
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