星間恋愛

28号(八巻にのは)

第1話 星間恋愛

「また駄目でした」


 そう言って私の前に座ったのは、『アリウスフォルゲリガヒスダルガソエコロ』649才だった。

 あまりに名前が長いのでアリウスと私が勝手に呼んでいるこの男は、5年ほど前にカヒスダ星からやってきた、婚活移民の宇宙人である。


 全宇宙規模でメスの数が減少傾向にある昨今、嫁を探しに他の星へ移住するオスは少なくないが、彼の場合はどう見てもやってくる星を間違えたパターンだ。

 何せ奴の外見は、この地球で言うエビに酷似している。つぶらな瞳や愛嬌のある仕草は可愛いと言えなくもないが、ペットにするならともかく旦那にしたいとは言い難い。

 他の惑星と比べたら地球はメスの絶対数が多いが、だからこそ選び放題の状況となっている今、エビに求婚されて頷く者はいまい。まあもちろん、そんな状況でもオスに縁がない私のような女もいるが、だからといってエビに逃げるかと言われれば勿論NOである。


「まあ、次がありますよ」


 たぶんねと心の中で付け足しつつ、私はアリウスとの間にあるパソコンのキーボードを無意味にポチポチと叩く。


「あるなんて思ってない癖に」


 対するアリウスは、頭の触角を悲しそうに揺らしながら私を恨めしそうに見つめている。


「そんな事無いですよ、アリウスさんは性格もお優しいし、高給取りじゃないですか。その上宇宙騎士の称号までお持ちという高ステータスな男性は、そうそういませんよ」

「慰めはよしてください! それにその台詞、もう40回目ですよ!」


 机に突っ伏して泣き出すアリウスに、私は慌ててパーテーションの防音スイッチを入れた。

 長生きしている割に女々しいこのエビは、泣き出すとかなり五月蠅い。

 その所為で他の利用者から苦情が来ることも多く、お陰で私のブースには先月めでたく音声遮断フィールドを展開できる特殊装置が導入された。

 異星人用婚活支援会社『ラブスター』はお世辞にも大きい会社ではないので、このような無駄に高い備品を買っても大丈夫なのかと最初は心配になったが、アリウスのような上客を逃がすよりはとの判断らしい。

 確かに彼は金払いも良いし、なにより彼の婚活には終わりが見えない。まさに無限に金の出る財布だ。


「ってアリサさん、きいていらっしゃいますか!」


 ぼんやりしていた私に怒鳴ったのは、ひとしきり泣いてスッキリしたらしいアリウス。


「はい。新しいお相手ですね」

「いますか」

「我が社には約3万人の地球人女性が登録しております。40人にフラれたくらい、どうって事ありません」


 言いつつ時代遅れの液晶ディスプレイをアリウスの方に反転させ、私は見事な営業スマイルを作る。


「それで、今度はどのような方がご希望ですか?」


 いつものアリウスなら、そこで「冗談は顔だけにしろよ」と言いたくなるほどの注文を付けてくるのだが、今日の彼はやけに大人しい。

 その上何か言いたげに私を見つめ、触角をチロチロと動かしている。


「希望は、どんな物でも良いんですか?」

「はい、我が社に登録して頂いている方ならどなたでもご紹介できます」

「どなたでもですか」

「はい、どなたでもです」


 私の笑顔に相変わらず触角をチロチロさせているアリウス。それに段々イライラしてきた矢先、彼は口らしき部位をひょこひょこと動かした。


「実はラブスターさんのサイトで見て、凄く気に入った方がいたんです」

「お名前は分かりますか? もしくは登録番号が分かればすぐお出しできますが」


 私の言葉に、アリウスが取り出したのは携帯電話だった。それもユーフォルニア社製の最高機種である。

 何処の銀河でもアンテナ5本立ちます! が売り文句のそれに「これだから金持ちは!」とイラッとしたが、その怒りは長くは続かなかった。

 なにせアリウスが表示された画面にうつる女性は、あまりにも見覚えがあったのだ。


「この方でお願いします」

「いや、それはあの私の黒歴史……じゃなくてあの、それは……」

「この方の可愛らしい笑顔に惚れてしまったんです。それにほら、この好きな映画も同じです! 『雨に唄えば』僕も大好きなんです!」


 私を見つめる視線が痛い。そしてなにより、携帯の中の笑顔が痛い。


「好きな映画がかぶる位で決めてしまうのもどうかと……」

「あと好きな食べ物のところ、『エビ』ってあるじゃないですか! 見て頂けると分かるとおり、僕って限りなくエビに近いじゃないですか」

「いやでも、好きな食べ物と好きな男のタイプは限りなく関係ないと思うんですけれども……」

「でも地球人は、性交渉のことをよく食べると言うじゃないですか。だからほら、きっと大丈夫です」


 大丈夫なわけないだろうと言いたかったが、私の手を握るアリウスの指がそれを止める。

 からみつく指は、まさに甲殻類の足のような堅さ。しかし手を握る力はあくまでも優しくて、思わず胸がドキッとしてしまう。

 いやでもこれはエビだ。例えもう長いこと異性に手を握られていないとはいえこれはエビだ。これしきりのことで胸の内の乙女を覚醒させてどうする私。


「もちろん自分の容姿が不釣り合いなのは分かっています。でも僕、実は今通信講座で外見を変異させる超能力を習ってるんです。だからきっとジーンケリーみたいになれると思うんです」


 でも中身はやっぱりエビでしょう、と言うツッコミをする前にアリウスは更にどうでも良い言葉を重ねていく。


「もちろん、あそこもジーンケリーにしますよ」

「ジーンケリーのあそこを知ってるんですか?」

「知りませんが、頑張ります」


 全てにおいて根拠がない。だがその分必死さは伝わってきて、私は何とも言えない気分になる。


「またふられるかもしれませんよ」

「それでも、チャンスがあるなら頂きたいんです」

「無駄になるかも知れませんよ」

「大丈夫です。とっておきのデートを考えてあるんです」


 お聞きしても宜しいでしょうか? と伺えば、アリウスは嬉しそうに触角を揺らした。


「火星のリストランテデルカッタで、流星群を見ながらのディナーです」

「デルカッタって、あの高級イタリアンですよね!」

「そこを、貸し切りで」

「貸し切り!?」

「流星と、お好きなデザート付です」

「デザート!?」


 気がつけば、私の指はキーボードを叩いていた。無意識のレベルで、アリウスと彼の望む女性とのデートの手続きを完了させていた。

 何せあのセレブ御用達の三つ星レストランデルカッタである。一般人は逆立ちしても入れないような店である。

 奴はエビだ。どう見てもエビだ。しかしこんな好条件に食いつかない女子がいるわけがない。


「ご希望の日にちはありますか?」

「近い方がいいですが、相手に合わせたいと思います」

「では今週の日曜日の夜、宇宙標準時間で19時でどうでしょう」

「大丈夫です」


 頷いて、それからアリウスはようやく私の手を放した。

 それから席を立ち上がり、ふと思い出したように私に笑いかける。


「あとそうだ。せっかくなので、願い事を決めておいてくださいね」

「願い事、ですか?」

「火星から流れ星を見ると、願いが叶うそうなんです」


 意外とロマンチストだなと思いつつ、私は頷く。


「ちなみに、アリウスさんの願い事は?」


 何気なく尋ねると、アリウスは私を優しく見つめた。


「勿論結婚ですよ。次にデートする彼女は、絶対モノにしたい相手なんです」


 穏やかに細められた瞳はどう見てもエビのそれなのに、何故だか一瞬頭がぼんやりした自分が憎い。


「日曜日、楽しみにしていますから」

 あとジーンケリーで行きますからとアリウスは言い残し、彼は颯爽と去っていった。

 適うことならエビのままでいて欲しい。そうしないと火星で間違いを犯しかねない。

 ちょっと早いけれど、側の窓から見える夜空に『エビがエビのままでいますように』と願いをかけて、そして私は見覚えのある婚活プロフィールと写真を画面から消した。


 星間婚活 【END】

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