第35話

 悲しくて悲しくて、心が壊れてしまいそうに泣き続けている時、ふと冷静になって自分を見つめているような瞬間がくる。

 そんなことをハート・ビート・バニーは感じていた。


 ガーディアンズ・オブ・トゥモロウを取り巻く環境は動乱と言ってもいいくらいだった。


 まず超本営が批判され、責任の追求は執拗を極めていた。

 自分たちはこれからどう戦えばいいのか、答えは出ていない。

 なによりピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが離反したことにより、リーダー不在のチームはどこに向かえばいいのか、嵐の中で舵を失ったようだった。


 しかしそんな大変な事態なのに、チームメンバーの表情の中にはどこか余裕があった。

 余裕というのとは違うのかもしれないが、達観したような、あまり焦っている感じがしない。

 誰も、誰ひとりとしてピンキー・ポップル・マジシャン・ガールを責める者はいなかった。


 サンシャイン・ダイナから詳しい経緯を聞いた時、ハート・ビート・バニーは驚きはしたが納得してしまった。

 とても彼女らしいと思ったからだ。


 その後、真顔の反骨に対する様々な事柄が明らかになり、みんなも喜ぶことではないけれども、仕方のないことだと言っていた。


 ただハート・ビート・バニーの心の中には遅れて小さなしこりのようなものが生まれた。

 結果的にこうなってしまったのはしょうがない。

 でも、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが追い詰められていた時、もっと力になれなかったのか。

 できることなら、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが大事に思っていたこのチームでずっと一緒にいたかった。

 今までだったら、過去の不甲斐ない自分を責め続けたと思う。


 でも今は違った。

 もしかしたら、世界の終わりが迫っている環境の変化のせいかもしれない。


 ハート・ビート・バニーの意識は自然と未来に向かっていた。


「フッ……。しかたがないぜ。この俺が新しいリーダーをやってやる」


 ハンド・メルト・マイトが立ち上がって髪をふんわりと弾ませる。


 あの時以来、ずっと彼はハート型のパーマのままだ。


 誰も何も言わなかった。

 沈黙が長く続く。


 プースゥゥゥーゥッ。


 静まり返った部屋の中に甲高い音が響いた。


 沈黙。


「ちょっと、まじありえなくない? 誰? 今おならしたのー」


 サンシャイン・ダイナが吹き出しながら言う。


「ボクはおならが出そうになったらフレッシュするさ」

「みんな、そういうのよくないよ。犯人探しはやめよう。本人が一番苦しんでるんだから。ね?」


 そう言ってザ・パーフェクトはハート・ビート・バニーの肩を叩いてきた。


「わ、私じゃないです!」

「うん。わかってる。だから犯人探しはやめよう」

「本当に私じゃないんです! 本当ですぅ!」

「うんうん」

「パフェちゃん。狡っ辛い手を使うねー」


 サンシャイン・ダイナがウェーブの掛かった金髪を揺らしながらお腹を抱えて笑っている。


「はて? なんのことだろ?」

「はて? とかウケる。そんな不自然な言葉遣い今まで全然してこなかったのにー」

「本当に私じゃないんですぅ!」


 渾身の力を込めてハート・ビート・バニーが否定すると、ザ・パーフェクトが妖怪のような笑みを浮かべて言った。


「しょうがないね。ラクスケ、うちとバニたんのお尻を嗅ぎ比べて。それで決着をつけようよ」

「ボクが? これは責任重大さ」


 ラック・ザ・リバースマンは瞬きをして腕まくりをはじめた。


「絶対イヤです!」

「おや? バニたんはなんでお尻を嗅がれるのを嫌がってるのかな? これはもう自白をしたも同然でございますなぁ」

「普通に嫌です! お尻を嗅がれるなんて!」


 ザ・パーフェクトの意地悪に泣きそうになっているとハンド・メルト・マイトが大声を出した。


「お前らときたらまったく。屁で、屁なんぞで俺の話の腰を折ってくれとはな」

「しょうがないよ。こういうのは流れなんだから」

「もういいぜ。他にいないのか?」

「そうそう。他には? 他におなら出そうな人はいる?」

「チッチッチ。勘違いしちゃいけないぜ。屁じゃない、リーダーだぜ」


 沈黙。


「でもー。ハンちゃんてさ。リーダーじゃなくない?」

「ハンちゃんはやめろ。言ってくれるな、インダイ。俺のどこがリーダーに向いていないって?」

「メルちゃんはね、影で活躍するイメージ。一匹狼だけど、みんなが困ったらサッと手助けをしてくれる。すごく頼りになるナンバー2だもん」

「……まったく、返す言葉がないぜ。だがこれだけは言っておく、メルちゃんもダメだぜ」


 さすがサンシャイン・ダイナと感心して思わずため息が出てしまう。


 くっきりしたアイメイクでまっすぐに見つめられると、心を見透かされているようにも思える。


 明らかにハンド・メルト・マイトの機嫌が良くなり、心なしか変な形のアフロヘアも膨れ見えた。


「リーダーに必要なのは冷静な判断力、ここぞという時の決断力、状況を把握する広い視野だよ。それを決めるにはうってつけのゲームがあるよ」


 ザ・パーフェクトが難しそうな顔を作って言う。


「そんな都合のいいゲームがあるんですか?」

「あるよー」


 ザ・パーフェクトはどこからか大きな箱を用意する。


「あ、そ~れそ~れ♪ 箱の中身はなんでしょね~」


 ザ・パーフェクトは手を叩きながら楽しそうに歌って踊った。


 ただゲームがしたいだけなんじゃないかという疑惑がハート・ビート・バニーの胸をよぎった。

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