第19話

 ザ・パーフェクトにとって慣れるということは好ましいことだった。

 物事に慣れれば、取り組むときの精神的負担が低くなる。

 慣れれば慣れるほど楽に生きられるということだ。


 でも人のざわめきに慣れてしまったことにふと切なさを覚える。

 その中には、不幸を嘆く悲鳴も、絶望を訴える慟哭もあるはずなのだ。


 出動がかかり現場に駆けつけた。

 状況は混乱し、野次馬に報道陣まで来ている。


 それというのもすでに一チームが到着しており、制圧を試みた所失敗したからだ。


 さらに幾つかのチームに招集がかけられており、最も早く着いたのはスタイル・カウント・ファイブだった。

 この場で活躍を見せれば一躍有名スーパーヒーローチームへと評価も変わる。


「いい? 他のチームが到着する前に解決すれば、かなり認められるわ。ここは全力で行きましょう」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは興奮した表情で言う。


 任務は特殊能力者の保護。


 超本営に所属していない特殊能力者というのは、なんらかの意志を持って反対していることが多い。

 ザ・パーフェクトたちのように、自ら進んで登録をするものだけではないからだ。


 特殊能力者が能力を隠して生活をするのは難しい。

 問題を起こす前に管理をする、そのために時には力づくということもある。


 これが巷で能力者狩りと揶揄されているのも知っている。


 ただ一般人の平和な生活や、特殊能力者自身の行く末を考えると、現状これ以上の方策は考えられない。


 別に登録したところで奴隷のように強制労働させられるわけではない。

 なにかあった時のために登録をするだけで、そのせいで不幸になったなどという話は聞いたことがない。

 だけど自由が失われるのが嫌だ、と拒否をするものはいる。

 今回の特殊能力者も、それに反抗したのだ。


 先に到着したチームは規定に則り説得を進めたが、抵抗され攻撃を受けた。

 こうなってしまうと、こちらも力づくで当たるしかない。


 犯人は街を駆け抜け大型ショッピングセンターに逃げ込んでいた。

 店員や客が避難してくる。


 現場を通り過ぎる時、ちょうどスーパーヒーローが救急に搬送されていた。

 全身を包帯代わりの白い布で抑えられている。

 応急処置だろうが、その布が所々血で滲んでる辺り、相当な怪我だ。

 搬送される担架の脇でそのチームの他のスーパーヒーローが泣き叫んでいる。

 あのスーパーヒーローは見覚えがある。

 そう思った瞬間にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが叫んだ。


「アイ! アイなの?」


 そのまま彼女は担架にすがりつく。


 グッド・ルッキング・アイと言えば、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの親友だ。


 男装の麗人という感じで、女性に人気がある。

 ザ・パーフェクトはそれほど面識はなかったけど、まったく知らないわけではない。


 その仲間を傷つけられた。

 それはさぞかし悲しいだろう、悔しいだろうと思う。

 感情は理解できるが、ザ・パーフェクトの気持ちはそこまで盛り上がらない。

 冷たいと言われても全く否定できない。

 自分でもそう思う。

 ザ・パーフェクトは他人に対して怒ったり悲しんだりするのが苦手なのだ。


 怒ったりするのは言ってみれば他人に何かを期待しているということ。

 自分の感情を左右するほど他人に期待することなど無い。


 常に自分と世界の二つの認識で構成される。

 きっと誰かのために涙を流すことなど一度もないのだろうなと思う。


 犯人が逃げ込んだのは大型食品店だった。


「犯人は能力者だよ。ボクが確かめてこようか?」


 ラック・ザ・リバースマンがそう言う。

 もうすでにその場で足踏みを始めていて今にも飛び出しそうだった。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは答えなかった。

 いつもなら、ここで彼の独断専行を諌めるところだ。

 彼女は親友があんな姿になったことがショックなのだろう。

 青い顔をしてうつむいている。


「聞いたんだけどさー。わけわかんないんだよね。刃物で切って攻撃するのと、なんかすごいメガトンキックも防御されたって言ってたし。あと爆発で火にやられた子もいたみたい」


 サンシャイン・ダイナが会話を遮るように口を挟んだ。


 恐らく爆発の攻撃を受けたのは担架に乗せられていたグッド・ルッキング・アイだろう。

 しかし、なんでサンシャイン・ダイナがそんなことを知っているのか。


「それ、誰が?」


 ラック・ザ・リバースマンがザ・パーフェクトが感じた疑問を尋ねてくれた。


「さっきのチームの人達。マジすごかったって」


 チームのメンバーが大きな任務にあたることのプレッシャーや、他のチームの怪我などで我を忘れている間に、サンシャイン・ダイナはいつものように他の者と話をしていたらしい。


 その揺るぎない姿勢に感心する。

 やはり彼女は面白い。

 あの状況でおしゃべりに興じるというのは、やろうと思ってもなかなかできることではない。


 豊かな感情表現で話をするサンシャイン・ダイナだけど、ひょっとしたら自分と同じようにどこか感情が欠落しているのかもしれないと思った。


「他に仲間がいるんじゃない? 遠隔能力のある人が遠くからサポートしてるとか」

「あ、そうかも! パフェちゃん頭いい」


 サンシャイン・ダイナは素直に褒めてきた。

 その言葉は嘘ではないのだろう。

 ただ、心の底からそう思っているかどうかは疑問だ。


「どうする?」


 ラック・ザ・リバースマンが尋ねてもピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはうつむいて黙っている。


「行くぞ」


 代わりにハンド・メルト・マイトが立ち上がった。

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