第1話

 強盗事件を望むような人なんてこの世には一人もいない。特にありふれた強盗事件ならなおさらだ。


 ラック・ザ・リバースマンは緊張が切れ、あくびが出始めていた。


 建物の外は徐々に騒がしさを増している。

 警察がこれほど早く来るはずはないので、野次馬だろう。


 壁はどこかの配管から漏れた水で濡れていた。

 窓から漏れる明かりだけでは足元はおぼつかない。

 突入の時に派手に立ち回りすぎたせいだ。


 救出された人の話では犯人は残り二人。

 まだ救出されていない人質は、この工場の社長一人ということだった。


 こういった情報こそラック・ザ・リバースマンが危険を掻い潜って得るはずだったのに。


「よし、このボクが偵察に行って来るさ」


 ラック・ザ・リバースマンはこのままではなんの見せ場もなく終わりそうなので立ち上がった。


「待って。ラックくん一人には行かせられない」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールがラック・ザ・リバースマンの腕を掴んで言った。


 感情を隠しているようだけど、眉根にシワが寄り、唇の端が震えている。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはチームのリーダーだ。

 ラック・ザ・リバースマンが一人で行くことが心配なのだろう。


 それでもこの役目は他の者にやらせるわけにはいかない。

 能力を考えてもラック・ザ・リバースマンが最適なのは火を見るより明らかだ。


「大丈夫さ。このボク一人に任せてくれ」


 彼女はラック・ザ・リバースマンの腕を捻り上げる。

 そのまま素早く後ろに回り込み、アームロックを極めた。


 「あなたってばいっつもそう! この間もそうだったでしょ、一人で偵察に行くって言って、勝手に戦いはじめて、みんながついた頃には収拾つかなくなってて、犯人も一人逃げたじゃない!」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは感情を噴出させるように早口でまくし立てる。


 そう言われても久しぶりの任務で活躍したくなるのはしかたがない。

 他の者に手柄を取られる前になにか一つでも功績を残しておきたい、と思うのはスーパーヒーローの性というものだ。


「痛い! 肘関節によく効いてる! もげるやつだから! それはあとわずかでもげるやつだから!」


 抵抗しようとすればするほど絞まる関節技に思わず悲鳴を上げる。


「フッ……。そのくらいにしておくんだな。仲間同士で傷つけあっても、誰も喜ばないぜ」


 ハンド・メルト・マイトが低く響く声で笑い飛ばした。


「でもラックくん一人に行かせられないでしょ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはそう言いながらアームロックを緩める。


 ハンド・メルト・マイトは顔の前に人差し指を立ててゆっくりと首を振った。


「チッチッチッ。クザリバ一人に行かせるなんて誰も言ってないぜ。俺も行って敵の裏をかいてやるぜ」


 その言葉を聞いて、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは再びアームロックを強く締め上げた。

 ラック・ザ・リバースマンの肩甲骨の辺りがコキリと響く。


「あ、折れた。折れたからね。ポリッてなったよ。フレッシュ!」


 発声と共に健康状態に戻るというラック・ザ・リバースマンの特殊能力により、怪我と痛みは瞬時になくなった。


「チームの評価を考えてよ! チームの名前が上がれば、あなたたちの評価も上がるの。自分のことばっかり考えて任務に失敗してたら意味ないでしょ。み・ん・な・で行くの!」

「えっ……」


 ハート・ビート・バニーが驚いた声を上げる。

 最悪の宣告を告げられたような顔だ。


「え~~~~~~」


 ザ・パーフェクトは全身脱力して天を仰いで不平の声を上げた。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは二人を見て、小さくため息を吐く。


「スタイル・カウント・ファイブの力を見せてあげましょう。あとラックくん、骨折ってごめんなさい」

「複雑骨折だったけど、一瞬にして治ったさ」


 ラック・ザ・リバースマンは折れてた方の腕を上げてサムズアップをした。


 五人で進むと、通路の先から会話する声が聞こえてきた。


 ハンド・メルト・マイトの出した鏡を使って確認すると、銃を構え目出し帽をかぶった男がいる。


「これはまずいね。どこにでもいるような普通の強盗だよ」


 ラック・ザ・リバースマンがそう言うと、五人は静かに通路を戻り車座になった。


「こいつは厄介なことになったぜ」


ハンド・メルト・マイトは壁にもたれかかり、腕を組んで呟く。


「そうね。あれじゃ報告書に書いても評価はされなそう」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはマスクを脱いで頭を振る。

 ピンク色の毛先の揃ったボブヘアが広がった。


 スーパーヒーローとして任務に派遣される事自体少なくなっているスタイル・カウント・ファイブにとっては、このチャンスを活かして使えるところをアピールしておきたい。

 せっかくの任務が平凡な犯罪者でしたというのでは張り合いがないのだ。


「えー、もういいよぉ。普通にやっつけちゃおうよ」


 ザ・パーフェクトはすでに飽きているのか、地面に座り込んでそう不平を漏らした。

 彼女はチームの中では最年少の15歳だ。

 その上年齢以上に子供っぽく、ミントグリーンを基調としたミニスカートのスーツからアンダーウェアが見えるのを全く気にしていない。


「ここは俺に考えがあるぜ」


 ハンド・メルト・マイトがヘッドギアから飛び出した前髪を指で梳く。

 額と眉間を通って頬に抜ける古い傷跡が現れた。

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