第10話『朝から調子が悪い』


ポナの季節・10

『朝から調子が悪い』        



 ポナとは:みそっかすの英訳 (Person Of No Account の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名)



 朝から調子が悪い。


 どうも、昨日の四時間目に八重桜と授業でもめて、そのあと保健室へ行ったときから、ずっと悪かったようだ。

 でも、ポナは元来が丈夫な性質なので、このくらいと思って普通にランチとラーメンというポナの「ララランチ」を昼食でガッツリ食べて、放課後は奈菜と振りそぼる小雨の中を「春雨じゃ、濡れていこう」なんて気障を通したのが裏目に出たようだ。


 目が覚めると、熱っぽくて、いったんは起きたんだけど、測ると七度九分も熱がある。



「こりゃあ、ダメだ」と再び布団に潜り込む。


「ポナ、どうかした?」


 昨日から三連休の優里が覗いたが「アハハ、鬼の霍乱か」で済まされて、それでおしまい。

 同居の家族は減ったけど、元来が七人家族のミソッカス。ただの風邪ぐらいなら放っておかれる。

――ごめん、風邪で行けない。一人で楽しんできて――

 浅草の三社祭をいしょに観に行く約束をしていたみなみに、詫びのメールを入れる。


 ポチが、ポナの不調に気づいて枕元まで来てくれる。



 ポチは、ポナが生まれた時に、長男の達幸が拾ってきた雑種の子犬だった。ミソッカスのポナには家の中で、ただ一人積極的に仲良くしてくれる双子の兄妹のようなものだ。

「お前だけだね、ポチ……」

 そう言うと、ポチは優しげに、ホッペを舐めてくれた。


 ポチとポナは片仮名で書くと、とても似ている。ポナとはPerson Of No Account の頭文字をとったものだけど、ポチと似ているので、とても気に入っている。

「ポチ、ごはんよ」

 お母さんが、そう言うと、ポチはポナの顔とお母さんの声がした方を交互に見る。

「……ごはん食べてきな」

 そう言ってやると、ポチはようやく部屋を出て行った。出ていくときに名残惜しそうに振り返ったとき、ポナは不覚にも涙が出そうになった。そのあとポチは部屋の外まで戻って来たが入ってこない。

「ポチ、あんたも歳なんだから、一緒に居て風邪うつっちゃだめだからね」

 母の不人情な声がした。


 うつらうつらしていると、お祖父ちゃんの夢を見た。


 お祖父ちゃんとは同居じゃなかったけど、生きていたころは毎日のように家にきてはポナを可愛がってくれた。あまり可愛がるので、ポチが嫉妬して、お祖父ちゃんに吠えまくった。するとお祖父ちゃんはポチもいっしょに抱っこしてあやしてくれた。


 夢は、お祖父ちゃんに肩車してもらって三社祭を見てる夢だった。


 お祖父ちゃんは混雑の中、巧みに人垣をかき分けて前の方に連れて行ってくれる。足許にはポチがまとわりついて、お祖父ちゃんは、やってくる神輿をいちいち説明してくれた。ポナはとても幸せな気持ちだった。神輿がみんな通り過ぎると、お祖父ちゃんはポナを肩から下ろし、しゃがんでポナと同じ目の高さになって、こう言った。


「新子、悪いが家までは送ってやれない。ここでお別れだ。なあに心配することはない。お家に帰る。そう思えば瞬間で家に帰れる。そういう魔法がかけてある。じゃ、ポチ。新子をよろしくな」

「ワン!」とポチは返事した。

「お祖父ちゃーん!」

 幼いポナは、お祖父ちゃんを追いかけたが、お祖父ちゃんは、人波の中、振り返り振り返りしながら姿が消えた。

「お祖父ちゃん……」


 泣きながらお祖父ちゃんを呼ぶ声で目が覚めた。枕が涙で濡れていた……。



※ ポナの家族構成と主な知り合い



父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子




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