翠眼の魔道士

秋月昊

序章 突然の旅立ち

 村から数キロメートル離れたところにぽつんと建つコロンバージュ様式の一軒家。そこに住まうセシリヤ=クルサットは幼い頃に拾ってくれた恩人である師匠―ブレーズ=ヴァロワのもとで薬の調合を行っていた。師匠の代わりに薬を調合しては近くの村や街に売りに行き生活費を稼ぐ生活は数年も前から続いている。近くには川が流れており、家の横には小さな畑。自給自足の生活が基本のため生きていく分には困っていない。それに魔力を持つセシリヤは師匠から教わった魔法を応用して生活の一部にしていた。ブレーズは自室に籠り長年研究を続けており、セシリヤを拾ってからは近くの村以外に行くことはなかった。自分の知識をすべてセシリヤへ教え込んだブレーズは薬の調合以外にも魔術、戦闘技術、魔物の知識を叩き込んでいた。教え方に難ありだったことはセシリヤの心に留めておく。

 十八歳になったある日、今日も家事を終えてから依頼されていた解熱剤の調合をしていたセシリヤにブレーズが告げた。


 「おい、セシリヤ。ちょっと旅に出て来い」


 「……はい?」


 一瞬、言われたことが呑み込めなかったセシリヤは少しの間を置いて首を傾けた。乳鉢で薬草を磨り潰していた手が止まる。


 「だから、旅に出ろって言ったんだよ」


 「いやいや、それは分かりますけど、いきなり何でですか⁉」


 テーブルに乳棒を置いてセシリヤは立ち上がった。ブレーズを見上げれば、彼は鼻を鳴らしながら


 「可愛い弟子には旅をさせろって言うだろ?」


 そう言った。


 「……」


 (言わない……聞いたことないんですけど⁉)


 口答えをしようものならブレーズに頭を掴まれることは過去の経験が語っていた。

 無言のセシリヤに「返事は?」とブレーズが圧力を掛けてくる。

 諦めたように息を吐いたセシリヤは相手を見据えて口を開いた。


 「分かりました。旅に出てきます、師匠」


 ほとんど棒読みに近い返事にも関わらずブレーズは満足そうに笑うと、手を離した。

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