第1話 だいまおうが あらわれた
2020/10/30に大幅に改訂しました。
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◆◇◆◇◆ 魔王 side ◆◇◆◇◆
「キャハハハハハハハハ!!」
ひどく耳障りな笑声が、魔王城にこだまする。
神々との戦いによって、半壊した魔王城だったが魔族の結束によって、復旧を果たしていた。
綺麗に磨き上げた
1人は魔王エヴノス。
そして1人はアリュシュアだ。
エヴノスは普段通り、黒衣を着ていたが、アリュシュアは様子が異なる
清楚なロング丈のメイド服を脱ぎ捨て、ほぼ裸といっても差し支えないきわどい下着と、足には革のロングブーツを履いている。
そして、その張りのある大きなお尻を、アリュシュアの膝の上に乗せていた。
細い腕をエヴノスの首に絡ませ、妖艶な笑みを主君に向けている。
いつもは三つ編みに整えられている髪も、荒々しく下ろした姿は、裏ボスのダイチが知る彼女のイメージから遠くかけ離れていた。
「ダイチの驚く顔が目に浮かぶわ。まさか褒賞があの暗黒大陸なんて思ってもみなかったでしょうに」
フフフ、アリュシュアは艶っぽい声を上げる。
片手に血のように赤いワインが入ったグラスを傾けたエヴノスも、「ククク」と低い笑声を上げた。
「暗黒大陸は生物がまともに住めるような場所ではない。あの
「でも、そのスキルがあったからこそ神々に勝てたのでしょう? なのに、エヴノス様ったら、そんな恩人を暗黒大陸に放逐するなんて、悪い――ま・お・う」
「ククク……。よもや利用されているだけとは、あのお人好しは欠片も思っていまい」
「騙し甲斐があったわぁ。わざわざサキュバスの力を使って、あいつの好みの女性の姿になって……。私が顔を近づけた時のダイチの表情ったらおかしいのなんの。あいつ、絶対あの年で童貞よ」
アリュシュアはエヴノスの胸の中でケラケラと笑う。
「馬鹿なヤツめ……。大人しく元の世界に帰っていればいいものを」
「そう言えば、何故あいつは元の世界に帰らなかったのかしら?」
アリュシュアは首を傾げる。
すると、エヴノスは片手に持ったワインを呷った後、口を開いた。
「あいつは元の世界でも、部下に裏切られたそうだ」
「何? あいつ、元の世界でも騙されてたの?」
「とても目をかけていた部下だそうだ。だが、そいつはダイチよりも出世を選んだ。結果的にヤツは追い落とされ、閑職に回されたらしい」
「馬鹿ねぇ……。まあ、あいつらしいけど……」
「ククク……」
エヴノスはまた低く笑う。
アリュシュアは2度、目を瞬いた。
「エヴノス様?」
「あいつ……。我にその話を聞かせた後、なんと言ったと思う」
「???」
『部下にはきっと俺を追い落としてでも出世したい理由があったんだ。だから、俺は気にしてないよ』
「なにそれ? 聖人君子様のつもりかしら? それとも負け惜しみ?」
呆れたとばかりに、アリュシュアは手を広げ肩を竦めた。
「知らんよ。あいつは呆れるほど正直者だからな」
「違いますわ、エヴノス様……」
「ん? どういうことだ、アリュシュア……」
「あの者は正直者な上、育成馬鹿なのですよ」
エヴノスの膝の上で、アリュシュアは身体をくの字に曲げて笑う。
そんな彼女の髪をそっと撫でると、エヴノスは醜悪な笑みを浮かべた。
「ククク……。魔王軍に2人もボスはいらんのだ」
低い笑いはやがて広い魔王の間に響き渡っていった。
◆◇◆◇◆
俺はひたすら荒野を歩いた。
もはやそうするしかなかったからだ。
だが、行けども行けども黒い地平が広がるだけ。
唯一の救いは遠くに山が見えることだ。
海竜が帰ってしまった今、それが唯一の目標だった。
しかし、大魔王グランドブラッドと言われていても、中身はただの日本人だ。
当然体力の限界も早い。
魔王エヴノスを異界の勇者や天使を打ち払えるまで育てあげたのは、確かに俺の功績だ。
けれど、その俺はというと、脆弱な人間でしかなかった。
足が止まる前に、俺の意識がすとんと切れた。
「み、水…………」
瞼が重い。
このまま死ぬのか。
その直前、俺は黒髪の少女を見た。
月の光を受けて、ボウッと光っていた少女は、この世のものとは思えないほど綺麗で、まるで俺の魂を狩りに来た死神のように妖しかった。
◆◇◆◇◆
気が付いて、俺は瞼を開ける。
最初に見えたのは、暗黒大陸に広がる暗雲ではなかった。
見知らぬ天井……。
どうやら、どこか家に運ばれたらしい。
相変わらず空腹のようだが、ひとまず助かったようだ。
しかし、安心できるような状況ではない。
家の中は広いが、作りが荒く、壁や天井、果ては床に無数の穴が空いていた。
隙間風が吹くと、身がしばれる程寒かった。
「起きなすったか」
家の中に入ってきたのは、腰の曲がったおじいさんだ。
俺に椀を差し出す。
湯気が立っていた。
食べ物かと思い、思わず飲み込んだが、単なる白湯だった。
「すまんの。この村は貧乏での。それぐらいしかお主に出すものがないんじゃ」
「村?」
「ああ……。ここは暗黒大陸にある集落の1つじゃよ」
今さらながら俺は気付いた。
何気なく、かつ自然に喋っていたから、気付くのが遅れたのだ。
俺はもう1度よく老人を確認する。
マジマジと見つめると、老人の頬は赤くなった。
「なんじゃ、お主? わしに惚れたのか? わしにその気は――」
「俺にもないですよ!」
抗議したが、俺は老人を観察するのをやめなかった。
はげ上がった頭。
口から顎に掛けて広がった髭。
枯れ木のように細い手足。
如何にも生活苦にあえいでいる感じのはれぼったい瞳。
老人から漂ってくるのは、単なる悲壮感だ。
けれど、俺が注目したのは、そこじゃない。
ないのだ、この老人には。
角や翼、獰猛な牙も爪も、あるいは皮膚にびっしりと鱗が生えていることもなかった。
違う。
明らかに違う。
今、目の前にいるのは俺が知る魔族じゃない。
どう見ても、俺と同じ人間だ。
「もしかして、あんた……人間か?」
老人は片眉を上げる。
意外そうな目で、俺を見た。
「如何にもわしは人間じゃが……」
「すごい! 本当に人間なんだ」
思わず跳び上がってしまった。
だが、おかしい。
エヴノスの話では、この世界の人間は滅んでしまったというけど……。
あれは嘘だったのだろうか。
とはいえ、俺は魔族と一緒に5年以上もの長い間、暮らしていた。
嘘を吐いたり、騙したりは、魔族の社会では当たり前だから、そんなものかと思う程度はあるのだけど。
それにしても、本当にこのマナストリアにやって来て、人と会えるなんて思ってもみなかった。
でも、この生活はどういうことだろうか。
明らかに生活水準が低すぎる。
文化レベルが追いついていない。
いや、それにしたって……。
「お主、一体どこから来なすった?」
「俺は――――」
キャアアアアアアアアア!!
まさに絹を裂くよう悲鳴が聞こえた。
続いて、何か獣の吠声が聞こえる。
俺は反射的に家を飛び出した。
外を見ると、老人と同じやせ細り、襤褸を纏った男女が立っていた。
やはり、みんな人間だ。
同種の存在に思わず感動してしまったが、そんなことをしてる場合じゃない。
俺は荒ら屋ような建物が並ぶ、村を駆け抜ける。
悲鳴が聞こえる元へと走った。
そこにいたのは、大きなジャッカルだった。
デスジャッカルだ。
身のこなしは素早い故、爪や牙だけで人間の胴体ぐらいなら、一振りで断ち切る膂力を持つ。
凶暴な魔獣である。
「誰か…………助けて…………」
襲われていたのは、村の子どもだ。
ペタリと尻をつき、身体を震わせている。
その視線はデスジャッカルの獰猛な牙に向けたまま固定され、涙すら流せず恐怖に取り付かれている。
しかし、少女の悲鳴と懇願を聞いても、誰も助けにいかない。
なら――と駆け出す俺の肩を叩いたのは、先ほどの老人だった。
「やめなされ……」
「どうして? どうして、みんな助けないんだ?」
「助けても、この村のものはいずれ死ぬ」
「え?」
「我らはこの暗黒大陸で滅び行く民だ……。みな、とっくに諦めておるよ」
「そんな……」
「なに……。あの魔獣もあの子どもを食べれば、お腹がいっぱいになって近くの森へと帰っていくだろう。今すぐ、死ぬことは――――」
「だったら……」
「ぬ?」
「だったら、あんたたちはなんで俺を助けたんだよ」
「それは――――」
「滅び行くのが運命っていうなら、なんで俺を助けた。俺を生かしたいからだろ。だったら、あの子にも生きる機会を与えてやるのが、道理だろう」
俺は老人の手を振り払い、デスジャッカルの前に出る。
他の村人が「おお!」とどよめいた。
その声に、デスジャッカルが反応する。
反転すると、俺の方に狙いを定め、低く唸る。
デスジャッカルに睨まれ、金縛りのように動けなくなった少女は、俺の方を見た。
俺は微笑む。
凶暴な魔獣を前にしながら……。
「大丈夫だよ」
というと、5、6歳ぐらいと思われる少女の顔は明るく輝いた。
「やめろ」
「あんた、死んじまうぞ」
「ちょっと! こっちを向いたわよ、魔獣が」
「こわいよ~。こわいよ~」
村人たちが叫ぶ声が聞こえる。
悪いが、全部無視させてもらった。
だけど大丈夫だ。
救ってみせる。
いや、
少女も、この村も――――。
ついにデスジャッカルが俺に牙を剥く。
巨躯が躍動し、俺に向かって走ってきた。
俺はあらかじめ手に握っていた小石を空に向かって投げる。
そして、人差し指を向けた。
【
その瞬間、小石がデスジャッカルを覆い隠すような大岩に変わる。
突然現れた巨大な岩に、デスジャッカルは持ち前の素早さを見せつけることはできなかった。
「ぐおおおおおおおおおお!!」
デスジャッカルの悲鳴が暗黒大陸に響き渡る。
そのまま大岩の下敷きになり、潰された。
ほんの数瞬のことだ。
村を震撼させたデスジャッカルは、あっさりと討伐された。
「こんなもんかな……」
手に付いた土を俺は払う。
すると、先ほどの少女が俺の膝にしがみついてきた。
「ありがとう、おじちゃん」
「おじ――――」
できれば、お兄さんと言ってほしかったけど。
まあ、これも役得か。いや、役損かな。
「お、おぬし……。一体何者じゃ?」
よろよろと老人が進み出て、さらに村人たちが取り囲む。
得体の知れない生物でも見るかのような視線を浴びながら、社畜時代にマスターした営業スマイルを浮かべた。
「通りすがりの――――」
大魔王です!
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