第38話 兄と妹であるから

 私は、お兄様の元を去った後、レティの部屋に来ていた。

 レティは、お兄様に褒められて、かなり動揺しているようだ。


「レティ、大丈夫?」

「は、はい……」


 その証拠に、ベッドの上で布団を被って隠れている。

 まさか、ここまで恥ずかしがっているとは驚きだ。

 いくら、褒められ慣れていないからと言って、ここまでになるとは思っていなかった。

 お兄様に褒められたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。


「どうしたの? そんなにお兄様にクッキーを褒められたことが衝撃的だった?」

「ええ、まあ、衝撃的かもしれませんね……」


 私が聞いてみると、レティはそう言ってきた。

 やはり、褒められたことが今の原因であるようだ。

 一体、どうしてそれ程衝撃的だったのだろう。


「レティにとって、お兄様に褒められるのは、そんなに衝撃的なの?」

「それは、そうですね。だって、私は褒められるようなことをしてきませんでしたから……」

「そ、そうかな……?」


 レティの自己評価は、とても低かった。

 だが、今までもお兄様はレティを評価したことはあったはずだ。


「でも、お兄様がレティを褒めることは、今までもあったよね? 今回は、それと何か違ったの?」

「まあ、なんというか……クッキーというのが駄目なんです」

「クッキーが?」


 私の質問に、レティはそんな言葉を返してきた。

 クッキーが駄目とは、どういうことだろう。レティが、自分で作ったものを褒められたから、駄目ということだろうか。


「だって、手作りクッキーですよ? そんなの恥ずかしいじゃないですか?」

「恥ずかしいのかな……?」

「ええ、そんなの兄妹でやり取りするなんて、普通はおかしいでしょう?」

「そ、そうかな……」


 レティの言葉に、私は困惑する。

 兄妹でそういうやり取りをするのは、おかしいのだろうか。

 私は、まったくそう思わない。ということは、これは実の兄妹だからということだろうか。


「お、お姉様? どうかしたんですか?」

「え? あ、いや、なんでもないよ」


 そのことを少し悲しく思っていた私を、レティが心配してくれた。

 あまり、ネガティブな考えをしてはいけない。これは、きっと単に性格や関係性の問題だろう。

 それに、別にお兄様と兄妹という関係でなくても、私はいいはずだ。こういう時に、兄妹ではないからというのは、都合がよすぎるだろう。


「私は、全然おかしいとは思わないよ。家族にクッキーを作るのは、普通だよ」

「それは、お姉様の性格なら、そうでしょうね。でも、私は違うんです」


 私の考えた通り、レティは性格上の問題を前提としていた。

 実の兄妹かどうかは、関係ないのだ。


「私は、基本的に面倒くさがり屋で、お兄様と仲がいい訳でもないんですから、恥ずかしいんです」

「レティが、お兄様と仲がいい訳ではないというのは違うよ。仲がいいからこそ、いつものやり取りができるということではないかな?」

「い、いえ……あれは、仲がいいなんてものではありませんよ」


 私の言葉に、レティは顔を赤くする。

 レティは、何故かお兄様と自分が不仲であるということにしたいようだ。

 しかし、気軽に言い合えるお兄様とレティの関係は、とても仲がいいように思える。私はいつも羨ましく思っているくらいだが、違うのだろうか。


「わ、私の話はいいんです。それより、お姉様はどうだったんですか?」

「え?」

「クッキーですよ? お兄様はなんと言っていたんですか?」


 そこで、レティは話を変えてきた。

 どうやら、これ以上自分の話をして欲しくないらしい。

 それなら、私もそれに乗ってあげよう。相手が嫌ということを、あまり言うものではない。


「おいしいと言ってくれたよ。とても嬉しかったよ」

「そ、そうですか。それはよかったですね」

「うん!」


 私の言葉に、レティは笑顔を見せてくれる。

 そのことも合わせて、私は嬉しかった。お兄様に、クッキーを持って行って、本当によかったと思う。


「まあ、お姉様は昔から料理が得意ですから、当然ですよね?」

「それは……そうだけど」

「きっと、お姉様はいいお嫁さんになりますね?」

「レ、レティ?」


 恥ずかしく思っている私に、レティはそんなことを言ってくる。

 いいお嫁さんとは、お兄様のお嫁さんということだろうか。

 いや、これはきっと一般論であるはずだ。決して、お兄様のことを言っている訳ではないだろう。


 そんなことを話しながら、私とレティは過ごすのだった。

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