第50話 追う道、逃げる道

「鼠はどうやって入った?」

「魔法を使って入っています」


 王はふんと鼻をならした。


「結界を抜けられても察知されることはわかるだろうに」


 解せぬといった表情で王は髭をなでる。


「それは結界を抜けてはいないようです」

「出入りする者に紛れてか」

「それはどうでしょう・・・・・・」


 王が首をかしげる。


「ユリキュース王子が空間から現れるのを見たと、ハジルが申しておりました」


 空間から現れると聞いても王は特に驚きはしなかった。

 距離を飛び越える転移魔法なら王も何度か経験していて、他の者が姿を現すのも何度となく目にしている。


「王子が外に出ているというのか?」

「はい。その“外”が問題です」


 ガストームの匂わせたニュアンスに気づかず、王は続けた。


「そうだな。誰と会っているのか、逃げる手筈てはずを整えているか。それとも私の寝首でもかくつもりか・・・・・・」


 ゆるりと歩いて王が窓辺に立った。


「それは気になるところですが、王子の行った先に興味をそそられました」


「どこだ」


 言葉を選んで間を空けたガストームに王がぎろりと目を向ける。


「魔法の気配はかなり薄いのですが、多くが王子の寝所にありました。最近、声を届ける魔法を使った形跡もありましたが・・・」


「あったが何だ?」


 焦れた王の声が凄みを増した。


「王子が姿を現した場所と同じように、先が辿たどれません」


 何が言いたいのかと王はガストームを睨み付ける。


「空間に亀裂を見つけました。ほとんど閉じて先を辿れないのですが、あれは別の場所へ繋がるものとは違いました」


 王の眉が跳ねる。


「どういう意味だ?」


 ガストームは王を見据えた。


「王は信じますか? この世界とは別の世界がある・・・・・・という説を」


 耳にしたことすらない話だ。

 王は眉を寄せて黙ったままガストームを見つめている。


「私も魔法書に伝承が紛れ込んでいるのだろうと思い、忘れていたことです。ですが、あれは・・・異世界に繋がっていると感じました」


「異世界だと?」


 王がいぶかしそうに首を横にふった。


「時間とともに気配は消えます。ですが・・・魔法を放った先、その方角くらいは感じ取れます」


 考えを構築しているように王の目が見えぬ何かを手繰り寄せる。


「しかし、あれはプツリと途絶えている。空間に飲まれるように」


 ガストームの声が密やかにつむがれた。


「それは、珍しいことか?」


 彼の声に呼応するように王の声も囁くようだった。

 王の問いにガストームの目が見開かれた。


「ええ、別の世界について記されているものもわずか数行。その世界へ行く呪文を知る者などおりません」


 ガストームの話を聞いた王の目の奥に炎がゆれた。


「どの魔法使いも知らない魔法・・・。それを使える者がいる」


「はい、そうです」

「面白い。どんな者かこの目で見たい」


 見合わせる王とガストームの気が若返った。

 それは、新しいクエストを見つけた冒険者の活気に似ていた。


「ガストームよ、その鼠を捕らえろ。多少手荒でもかまわん」


 王の目がギラリと光った。


「はい。鼠の帰り道がわかるように針と糸を用意しておくことにします」






 遠い異世界で、夜のうちに語られた話など亜結は知らない。


 講義の終わった明るい時間に、亜結はファミリーレストランでお喋りをしていた。異世界の事をドラマの話として。


「それで、魔法使いの称号をもらった彼女は自由に王子の様子を知ることができるようになったの。それでね・・・」


 明るい窓際の席で姫花と秋守相手に話す。今までひとりで考えていたユリキュース達の事を怒濤のごとく。


(ああ、聞いてもらえるって嬉しい)


 異世界の王子問題。

 誰かに話したかった不思議な体験を、言い換えるというワンクッションがあっても話せることが楽しかった。


(もっと早くこうしてればよかった)


 ペンダントを魔法の石にテレビを鏡に置き換えて、気を付けながら話す。


「それって前に聞いたけど、物語の話じゃなかったの?」


 途中参加の黒川が質問を差しはさんだ。


「・・・え?」

「読み進める前に謎解きしたいとかって言ってた話。小説じゃなくてドラマだったの?」


 メニューを置きながら黒川が聞いた。


「あ・・・それは・・・・・・」


(しまった・・・)


 笑顔のまま亜結が一瞬固まる。


(黒川先輩には前にチラッと相談したんだった)


「ドラマよ。私見たもの」


 まごつく亜結の向かいで姫花が呆れた顔をしていた。


「小説って聞いたんだけど、記憶違いだったかなぁ?」


 首をかしげる黒川を置いて「それよりも」と姫花が話を変える。


「彼氏の前でかれこれ20分近くも他の男のことを熱く語るって、どうなんだろうね。亜結」


 少し前から秋守の指がテーブルをとんとん叩いているのを姫花は見ていた。


「え? 20分? そんなに話してた?」


 亜結が秋守を見ると笑顔でこちらを見ていた。


「秋守先輩、少しは怒っていいんですよ」


 姫花がアドバイスする。


「ごめんなさい」


(調子に乗り過ぎちゃった)


 亜結は秋守へ苦笑いをむけた。


「亜結が楽しそうだから王子の事は気にしない」


 秋守の表情をうかがいながらアイスカフェラテを飲もうとする亜結。その口元でゆれるストローを秋守の手が固定した。


「あ、有難うございまふ」


 ストローをくわえた亜結はくすぐったそうに笑った。

 

 亜結の些細な行動に気づいて手を貸す秋守を見て、姫花は黒川を睨む。


「いいな。あゆむは私の話を聞いてくれないし、手助けしてくれない」


 姫花がむくれた。


「一方的に聞いてるだけなんてつまらないし、手助けしなくてもちゃんとしてるじゃないか」


 ストローの包みを姫花が投げつける。


「あっ、じゃあ最後に質問」


 亜結は姫花と黒川の間に手をあげて質問した。


「王子を逃がすとしたらどうしますか?」


 秋守と黒川が目を合わせる。


「王宮は結界が張られてる。魔法は使えない」


 と、秋守が言った。


「結界ってあれだろ、シールドみたいなの」


 秋守が頷く。


「じゃ、オーソドックスに出入りの業者かなんかに頼んで、荷物に隠してもらうとか」

「んー・・・、そこはしっかり調べられるんじゃないかなぁ」

「そうだよね」


 姫花と亜結が秋守に同意する。


「王子は鏡からこっちにやってこれるんだろ? こっちに逃がしたらいいんじゃない?」


 これはどうだと黒川が腕を組んで言った。それに秋守が首をひねる。


「鏡のこちら側と王子の世界は違うって言ってたよね」


 秋守が亜結に確認する。


「うん」

「別の世界じゃ暮らしにくいだろうから・・・」


 と言って秋守が続けた。


「鏡のこちら側に連れてきて、王子を王宮じゃない別の場所に戻すといいんじゃない?」


「ああ!」


 亜結は手を叩いた。


 秘薬の事や新しい登場人物に目を奪われて、ユリキュースがこちらへ来れることを亜結はすっかり忘れていた。


「そうね」


(こっちを中継ポイントにしたらいいんだ)



 目の前がいっきり開いた気がして、亜結はすっきりした笑顔になっていた。




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