第2話 キャンパスでの出会い

 亜結が秋守に出会ったのは1週間ほど前。

 人混みの苦手な彼女がサークル勧誘の人々に疲れた頃のことだった。


「新人勧誘すごいね」

「沢山声掛けられちゃって疲れたよぉ・・・」


 キャンパスの目抜通りから離れたベンチへ、姫花に手を引かれて座り込んでほっとする。


「ハーフ人気高いね」

「どっちかって言うと、私は日本人ぽいと思うんだけどなぁ」


 むくれる亜結に姫花は仕方ないなという感じで笑った。


「可愛いとか言われても嬉しくないよ。どうせ外見しか見てないんだから」


 最初に目に入る情報だから仕方ないのかもしれないけれど、亜結は嫌だった。


「高1の時のあいつ殴ってやりたい!」


 拳を振るう姫花を見て亜結が苦笑いする。


「あの時、そう出来てたらスッキリしてたかもね」


 と、亜結は呟いた。今もあの事が尾を引いているのだから。


「そう言えば、お祖父さんの遺品整理に行ったんだっけ?」


 そう言う姫花の目は大学キャンパスの目抜通りへ目を向けられていた。


「うん」


 道行く新人らしい人に寄せては離れる学生達を見て、小魚が舞ってるみたいだと思いながら亜結も眺める。


「ペンダントをもらったの。あと、少し大きい物ももらったんだ。来週くらいに届く予定」


 服の下にさげていたペンダントを引き出して姫花に見せる。光を受けてペンダントの中に浮かぶ幾何学模様がきらめいた。


「あぁ・・・それ、覚えてる。亜結のお祖父さんにおもちゃ直してもらった時、こっそり見せてもらったよね」


 祖父の部屋に黙って入ったことを思い出して、ふたりして小さく笑った。


「職人って感じの静かなとこ、格好いいって思ったなぁ」


 姫花の言葉に亜結は嬉しそうに笑った。


「うん、私もお祖父ちゃんのそういうところ大好き。話を聞いてくれて何でも直してくれた」

「亜結の魔法使い」

「そう、私の魔法使い」


 祖父の死から1年経ってやっと笑顔で話せるようになっていた。


「秋守くぅーん」


 遠くから聞こえてきたハートマーク付きの黄色い声に、自然とふたりの目が向く。

 遠目にも爽やかそうに見える青年をテニスウェアの女子が囲んでいた。


「ザ・キャンパスライフって感じね」


 姫花の言葉がぴったりで亜結は笑いながらうなずいた。


「亜結、私達も大学生活楽しもうね」

「うん。・・・・・・ん?」


 姫花が何かをじっと見ていた。


「どうしたの?」

「あの人、こっち見てる」

「ん?」


 女子に囲まれていた爽やか青年がこちらを見ている様だった。


「亜結に気がありそうだよ」


 姫花が自信ありげに言った。


「またそんな事言って」

「本当ほんとう」

「気のせいよ。それに・・・、見た目で寄って来る男の人は嫌いよ」


 そのグズった声は姫花に届いていなかった。


「こっち来る!」

「落ち着いて、知らんふりして!」


 亜結は姫花の顔の向きを変える。


「あの・・・君たち新入生?」


 声を掛けられて知らぬふりも出来ず、亜結と姫花は彼を見上げた。


 初めて聞く彼の声は奥ゆかしくも穏やかだった。それまでの明るく元気な勧誘とは違う。

 誠実さと謙虚さを感じさせる物腰も、亜結の心を引き付けた。


(素敵な人だなぁ・・・)


 そう思ったときにはもう、視界が彼でいっぱいになっていた。そして、恋愛ドラマの出会いのシーンの様にスローモーションに変わった・・・・・・。


 ふたりの前に立つ秋守も亜結しか見ていなかった。それは、見つめ合うふたりを横で見ていた姫花しか気づかなかった事だったのだけれど。

 ただ黙ったまま見つめ合う二人が焦れったくて、


「はい、新入生です」


 と姫花が声を差しはさんだ。

 そして亜結に小声で言った。「どストライクだね、亜結」と。


「読書サークルなんだけど・・・どうだろう? 本は好き?」


 真っ直ぐ見つめる彼の眼差しに捉えられて、亜結は彼から目が離せなかった。

 そっと心に手を差し伸べるような優しい瞳に心がふるえた。


(ハーフ? って聞かないんだ)


 容姿ではなく亜結自身に心を向けてくれそうな感じがする。


「本好きだよね、亜結」

「あ・・・うん。はい」


 姫花のパスにどぎまぎと相づちを打つ亜結を見て彼が笑った。それが恥ずかしくて亜結は顔を真っ赤にしてうつむく。


「よかったら部室とか見てみない?」

「行きます」

「うわっ!」


 勢いよく立ち上がる姫花に引っ張り上げられて亜結も立ち上がる。亜結があたふたする姿に秋守はまた笑った。


(もう! 姫花ったら!)


 睨む亜結に姫花は素知らぬふりで笑顔を向ける。


「恋の穴は見つめてるだけじゃダメよ、飛び込まなきゃ」


 こちらへ・・・と先を行く秋守の後ろで姫花がそう言った。




 読書サークルと言うだけあって、部室には本の詰まった高い本棚があった。


「凄いですね、図書館みたい」


 亜結と姫花が目を丸くして部室を見回す。


「珈琲と紅茶、どっちがいい?」


 部室の一角にドリンクバーが設えてあるのを見て姫花が小躍りする。


「充実してますね」


 紅茶の品揃えもちょっとしたものだ。落ち着いた雰囲気の部室を眺めて亜結の緊張も緩む。


「ブックカフェみたい・・・」

「好きなものを飲みながら空き時間を過ごしていいんだよ」


 そっと言った亜結の側に立って秋守がそう言った。

 鞄を置いた秋守が中央のテーブルへとふたりを招く。ドーナツの様に真ん中の空いた丸テーブルへ。


「円卓会議みたいですね」


 そう言った亜結に秋守が嬉しそうな表情を向ける。


「ファンタジーとか好き?」

「はい」


 好意はあるけれど詰められない微妙な距離感、ふたりの醸し出す気配を姫花は嬉しそうに見ていた。

 ふと、秋守が姫花に目を移す。


「普段はどんなジャンルを読んでますか?」

「実は私、本はほとんど読まないんです」


 ぶっちゃけた姫花に、それならばと秋守が本棚から一冊テーブルへ持ってきた。


「ファッション誌は見る?」

「はい、ほとんどそっちばかり」


 差し出されたのは写真集のようだった。


「これも本。写真が主なんだけど、撮影した現地の事やスタッフが行ったお店の紹介とかが書かれてるんだよ」


 姫花がぱらぱらとめくる。


「あっ、このモデルさん知ってる!」


 興味をそそられた姫花が椅子に座り、秋守も本に目を落とす。

 姫花と秋守が話している側を離れて、亜結は本棚へと足を向けた。そして、そっとふたりの姿に目をやる。


(姫花は自然な感じで話せていいなぁ・・・)


 本の背表紙を指でなぞりながら亜結は少し残念な気がしていた。

 共学の高校に通っていながら、男子との会話は女子高に通っているのとかわらなかったから。


 写真を見ていた姫花が秋守を盗み見ると、彼の目は亜結を追っていた。

 その横顔はやわらかく微笑んでいて、彼の目線に気づかずにいる亜結を姫花は面白そうに見ていた。


 仮入部を終えてふたりは帰途についた。


「ねぇ、亜結。秋守先輩って格好良いね」

「ん? うーん」

「何よ浮かない顔しちゃって」


 亜結は少し気落ちした顔で言った。


「格好良いけど彼女いるんだろうなぁーって思って」

「何言ってんの。結婚するまではフリーみたいなものよ」


 そう言って姫花が亜結の肩を叩く。


「素敵な彼氏作ろうね! 亜結には幸せな恋してほしい」

「ありがとう。出来るといいな」

「出来るよ!」



 手を繋ぎキスをする。

 そんな甘い時間が意外に早くやって来ると、この時の亜結は思いもしなかった。


 そして、もう1つの出会いとなる鍵が今近づいてきているあれだと言うことにも気付かなかった。




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