第14話 陽射しの中のキス

 祖母との電話を終えると、それを見計らったように姫花からラインが入った。


「戦況報告願う。ただし、交戦中ならば返答せずともよし」


 電報みたいな文面に亜結は吹き出してしまった。


「姫花ったら秋守先輩とのこと面白がっちゃって、もう・・・」


 笑いながら電話をかける。


「姫・・・」

「どう? どう? 今、一緒じゃないの?」


 亜結の呼び掛けに食いつく勢いで姫花が聞いてくる。


「一人だよ」

「腕枕してもらった? 先輩優しくしてくれた?」

「姫花ったら、そんな事してないよぉ」


 苦笑いする。


「なんでよ」

「いいじゃん」

「良くないでしょ。これから行くから待ってなさい」

「え!? ちょっと姫花・・・」


 あっという間に電話が切れてしまった。姫花の突っ走りにも困ったものだと思いつつ時計を見上げる。

 11時を回ったところだ。


(姫花のアパートからは15分くらいかな)


 ピンポン


 時間を読むそばからチャイムが鳴る。


「うそっ!」


 ドアスコープを覗くと姫花の姿があった。亜結は呆れつつドアを開ける。


「信じられない、いつからいたのよ」

「だって、お姉さん心配だったんだもの」

「誰がお姉さんよ」


 姫花は笑う亜結の横をすり抜けて部屋へと入っていった。


「姫花、家に遊びに来るにしては・・・ちょっと力の入った服装じゃない?」


 髪を編み上げてメイクもばっちりだ。


「うん、これからデートだから」

「デート!? 誰と」

「黒川先輩」


 急転直下。姫花はこちらの話を聞きたいのではなく、自分の話を聞いて欲しかったのか・・・と亜結は思った。


「黒川先輩と連絡先交換してたっけ?」

「ぬかりなく」


 親指を立てた片手を亜結に向けもう片方の手を腰に当てて、してやったりと言いたげに姫花がウインクする。


「流石・・・」


 亜結は驚いて姫花へ賛辞の拍手を送った。

 亜結が秋守への恋にふわふわ酔っていた側で、姫花はしっかり行動していたのだ。


「そんな事より亜結の方はどうなの。私と別れた後、ふたりで帰った夜の道でキスのひとつもしなかったわけ?」


 亜結はどれくらいの分量でどこから話せばいいかと思案する。

 その顔が薄く染まるのを見て姫花が抱きついてきた。


「ん? なに?」

「キスしたのね!」

「そんな事言ってませんけど・・・」


 そ知らぬ振りする亜結の頬を両手で挟んで姫花が笑う。


「リトマス試験紙、亜結ちゃん。このほっぺの赤さを私が見逃すと思うか」


 そう言ってまた抱きつく。


「亜結、高校ん時のあいつらの事なんて忘れて恋に突き進もう! ねっ」


 笑顔を向ける姫花に亜結も笑顔を返した。


「あいつらみたいな男ばっかじゃないよ」

「うん、わかってる」


 男子と仲良くなるたび、告白されるたびに「もしかしたら・・・」と思い出すあの台詞。でも、秋守を前にしてちらつきもしなかった。


「キス、素敵だった?」

「・・・・・・うん」


 顔を真っ赤にする亜結を見て姫花がはしゃぐ。


「部屋には上がらなかったの?」

「送ってもらっただけだよ」

「ふーん・・・まぁ、しょうがない。好青年が狼に豹変するには月のパワーが足りなかったんだろう」


 その落とし所はどうなのかと亜結は笑った。ふと部屋を見渡した姫花の目が止まる。


「ねぇ、あれってお祖父さんの?」


 姫花がテレビを指差している。


「うん」

「送ってもらう遺品ってこれだったの? ずいぶん大きいのもらったのね」

「アンティークとして」


 話がそれて亜結はほっとする。


「お祖父さん、この画面からこっち見てるかも」


 と、姫花がふざけて言った瞬間、テレビが点いて姫花が悲鳴をあげた。


「いやぁっ! うそぉ!」

「あはは、ごねん。お祖父ちゃんがいじったみたいで予約時間に勝手に点くんだよ」

「怖ーーっ、びっくりしたぁ」


 ひとしきりふたりで笑い転げる。


「ん? イケメンが出た」


 画面に写るユリキュース王子を見て姫花が食いつく。


「亜結の好きそうな男子だね。私は後ろの青髪の人がいいな。脱いだら細マッチョな感じ」


 姫花の言う通りユリキュースは亜結好みの男子だ。でも、ドラマの主人公より今は秋守の方にときめいている・・・はず。

 そう思いながらも昨夜の夢に出てきたユリキュースの顔がよぎった。


「銀の髪の人は囚われの王子様」


 画面が切り替わって赤毛の王子達が写る。


「こっちは悪い王様の息子達、意地悪なのよ」


 王子達は自室と思われる部屋で話をしていた。


「字幕もないのによくわかるね」

「?」

「聞きなれない言葉・・・」


 姫花の言葉が気になる。


「姫・・・花は日本語に聞こえない?」

「いつもは吹き替えで見てるの?」

「えっと・・・」


 言葉に詰まった。


「何語だろう。フランス語でもドイツ語でもないような気がするし、不思議な言葉ね」


 妙だ。亜結には今も日本語として聞こえていた。


「父上が遠出したら籠の鳥を誘って狩りをしよう」


 ガルディン王子がそう言った。


「ユリキュースと仲良くするつもり? 今更?」


 呆れ顔の弟ルガイにガルディンが笑って見せる。


「狩り場では間違って矢が当たることもあるよな」

「あぁ・・・なるほど。兄上のお手並みを拝見しよう」


 悪巧わるだくみの場面を流し終えるとテレビはまた勝手に消えた。


「さて、私はそろそろ駅に向かうとしようかな」


 立ち上がる姫花を見て亜結も立つ。


「私も食材買わなきゃ。途中まで一緒に行くから待って」


 亜結はロールパン1個と牛乳を急いで食べて身支度を整える。出掛けにペンダントを箱に戻すことも忘れなかった。

 姫花と別れた後買い物を済ませて家路につく。亜結はぽっぽ書房の前までやって来て立ち止まった。


(そうだサークルの今月のテーマ、星新二だった。読んだことないなぁ)


 食材を片手に本を探しに入る。

 しばらく見て回ってすぐに見つかり、棚の一番上に並ぶ本へと手を伸ばす。


(あともう少し・・・)


 爪先立ちになって本の隙間に指を差し挟む。急に横から手が伸びて亜結の目当ての本を取り上げた。


(え!?)


 手を追って隣に立つ人を見上げる。


「はい、お嬢さん」

「秋守先輩!」


 にっこり笑う秋守がいったん手にした本を戻し、別の本を亜結へ見せた。


「こっちは読んだことある?」

「いえ、星新二さんの本はどれもまだ」

「じゃあ、こちらをどうぞ」

「先輩のお薦めですか?」

「いや、さっきのは僕が持ってるから貸すよ。読み終わったら僕にこの本貸してくれる?」


「はい」


 ふたりが出会うきっかけになった場所に、今こうして立っている事が嬉しかった。


「本を買いに来たら乙葉さんと出会えるなんて、ぽっぽ書房には縁結びの神様がいるのかな?」


 似たような事を考えている事が嬉しい。

 先に手にしていた本と一緒に購入する。鞄から財布を出すのにもたつく亜結を見て、秋守が食材の入った袋を持ってくれた。


「あ、荷物。有り難うございました」


 ぽっぽ書房から出て秋守に持たせたままの荷物を受け取ろうと、亜結が手を差し出す。


「いいよ」

「いえ、そんな」


 伸ばした亜結の手を秋守が握った。


「あっ・・・」

「両手がふさがってると手が繋げない」


 そう言って亜結の手を引く秋守が先を行く。


(いやぁん、手が繋げないって!)


 秋守の大きな手にすっぽり収まった自分の手を見下ろし、嬉しさに亜結の頬が緩む。彼がどんな表情をしているのか知りたかった。

 亜結もちょこちょこと小走りして横に並ぶ。


「昨夜、言い忘れたんだけど・・・」


 何だろうと亜結が見上げる。


「僕ら付き合わない?」


 遠くを見ていた秋守が顔をこちらに向ける。その目が「付き合ってくれるよね」と言っていた。

 亜結は小さくうなずいて「うん」と言った。


 背の高い秋守が少し屈んで顔を近づける。

 彼の目が亜結の唇を見つめ、亜結は彼の瞳を見つめていた。



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