第7話 王子ユリキュース
とうとう堪えきれずに青髪の魔法使いが声をあげた。
『バルガイン王がお待ちです!』
その声は叫びに近かった。
この宮殿の中の誰もが恐れるその名が、その名だけで威力を発してくれと願って口にする。
ガルディン王子の肩がびくりと震えた。父王の名を聞いて王子の手が止まる。
『遅くなったら、その理由を王に告げねばなりません。よろしいですか? ガルディン王子』
ひとつの賭けだ。
このまま王子が手を引くか蹴りのひとつでも入れてしまいにするか。
ガルディン王子はぎろりと青年を睨む。
(父上はこいつらを
いまいましそうにユリキュースの頭から手をどけた。
『ふん、行けよ。せいぜい父上の機嫌とりをすればいい』
どさりと椅子に座ってそっぽを向くガルディン王子。ユリキュースはスプーンを手にそっと立ち上がった。
『どうぞ、王子様』
立ち上がったユリキュースが、必然的に座ったガルディン王子を見下ろす形でそう言った。
ムッとした顔でガルディン王子がスプーンを奪うように手に取る。
『行けっ!』
苛立つガルディン王子を残しユリキュースは会釈してその場を後にした。
亜結はホッとしながらもいらいらと見ていた。
「何なのあいつ、同じ王子でもユリキュース王子とは大違い。ユリキュース王子が可愛がられて嫉妬してるのね」
口をふくらして拳を握る。完全に1視聴者になっていた。
『王子、よく我慢なさいましたね』
ガルディン王子達の姿が見えないところまでやって来た所で、やれやれと言った感じで青年が言った。
『助かった。有り難う』
王子の労いの言葉に青年が笑顔を見せる。
(こんなに王子と会話をしたのはいつぶりだろう)
そんな青年の表情を見てユリキュースの表情もわずかに和らぐ。
『しかし・・・、シュナウト』
『はい』
『私を王子などと呼ぶな』
その声に命令の意図は感じられなかった。
『何故そんな事を』
王子の哀しげな顔に青髪の魔法使いシュナウトが困惑する。
『国をなくし民を失った者を王子などと・・・、
伏し目がちの王子が苦い顔で笑む。
痛々しく切ない表情に亜結は胸をぎゅっと鷲掴みにされてしまっていた。
そして、ただ見つめるだけしか出来ない亜結は知らす知らず唇を噛んでいた。
『私にこんな力が無ければ、バルガイン王に目を付けられる事もなかっただろうに・・・・・・』
細い糸を引き絞りぴんと張りつめた危うさが王子から漂う。
目を伏せたまま、それでも顔を前に向けて王子は廊下を進んでいく。
亜結は両手を胸に当てて祈るように王子を見つめていた。
悲しみも苦しみも胸の内にしまい込んだ横顔。
助けられるものなら助けたい、そう思わずにいられなかった。彼の真っ直ぐな眼差しに亜結の胸が痛む。
プツッ・・・・・・
唐突に、小さな音をたてて映像が途切れた。暗い画面の中に取り残されるように自分だけが映り込んでいる。
「うわぁ・・・・・・ヤバい。エンディングとかないの? びっくり」
ドラマに気持ちをだいぶ持っていかれていて驚く。
「ユリキュース王子に肩入れしちゃうよ。お祖父ちゃん、王子の子供時代から見てたのかな?」
そう思ったが違うだろう。祖父が死んで一年は経つ。そこまでの長編ドラマは聞いたことがない。
「あ、電話」
静かな部屋の中に軽快な着メロが流れて亜結はスマホに手を伸ばす。
「姫花?」
「亜結、大丈夫?」
電話の向こうから姫花の心配そうな声がする。
「何で?」
「何度ライン送っても既読にならないんだもん。心配するじゃない」
「ライン? 送った?」
通知音にはまったく気づかなかった。
「待ち合わせ、忘れてないでしょうね?」
「・・・・・・あっ」
(そうだ、歓迎会の事忘れてた)
亜結は時計へ目を走らせる。だいぶ時間が押していた。
「ちょっとぉ!」
「大丈夫だいじょうぶ、準備できてるよ。今出るから待ってて」
「早く来てよぉ、ひとりじゃ参加できないよ。話についていけそうにないんだから」
姫花が電話の向こうでぐずってる。
「どうして読書サークル入ったの? 本読まないくせに」
「知的な男捕まえられるかと思って」
「知的?」
時々、姫花理論についていけないことがある。
「高校の読書部だとオタクっぽいけど、大学の読書サークルだとセンスの良い大人な感じの人がいそうだなって」
亜結は声を出さずに苦笑いした。姫花らしい。
「大学で本気の彼見つけるんだもんね」
「そうよ、それに亜結の恋のサポートもしたいから」
秋守の笑顔が頭に浮かんでぽっと頬が熱くなる。
「それはいいからっ!」
今、目の前に姫花がいたら真っ赤な顔を面白がるだろう。
「ねぇ、亜結。いま顔赤くなってない?」
「赤くなってないよ! 行くから待っててッ」
スマホの向こうから姫花の楽しげな笑い声が聞こえる。親友はお見通しだ。
閉じるドアの向こうのブラウン管テレビが目に入った。今はもう暗いままの画面で静かにそこにある。
亜結の脳裏に囚われの王子の横顔が浮かんだ。
ほんの少し後ろ髪を引かれながら亜結は歓迎会へと向かった。
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