第5話 異国の物語
亜結はそろりそろりと
砂粒の様な細かくざらざらとした映像が画面に写し出されていた。
「うそ・・・砂嵐?」
番組が終了した後、ブラウン管の時代には画面が砂嵐の様になったと上の世代から聞いたことがあった。
しかし・・・。
(電源が入るわけがない!)
そうだ、亜結はプラグをコンセントに差していない。テレビの裏で束ねられてぶら下がっているコードが今も見えている。
古いテレビ。点くはずのないテレビの電源が入る。普通なら悲鳴を上げて逃げ出すところだが、亜結はそうしなかった。
砂嵐の中に声を聞いた気がした。
ザーザーと砂粒を叩きつける様な音の中に人の声がした。
・・・お・・・じ・・・・・・
(おじ? お祖父ちゃん?)
ざらつく音に混じって聞こえてくるのは、確かに人の声だと確信する。
まっ・・・て・・・
どきりとした。
(今、待ってって言った?)
これはもしや、本当に祖父が何かを伝えようとしているのかもしれない。そう思うと興味が恐怖を上回った。
「お祖父ちゃん、お祖父ちゃんなの!?」
駆け寄った亜結はテレビの前にしゃがみこむ。そして、両手でテレビをつかんで食い入るように画面に声をかけていた。
あり・・・とう・・・
(有り難うって言った?)
そう思ったら涙が込み上げてきて、画面を撫でながら祖父に話すように声をあげていた。
「お祖父ちゃん、もっと何か言って。お祖母ちゃんやお母さんに何か伝えたいことはない?」
怖くはなかった。相手が祖父なら幽霊でも会いたいくらいだ。
「お祖父ちゃ・・・」
とうとつに画面が映像を写した。
「へ?」
映像に驚き
画面に写ったのは祖父ではなかった。美しい青年の顔が画面に大写しになっていた。
「誰?」
30センチと離れていない目の前に端正な顔があり、亜結を見つめるようにその瞳がこちらを見てる。
画面に触れる亜結の手が美しい青年の頬を撫でるように置かれていた。
「ごめんなさい!」
反射的に謝ってテレビの前から飛び退く。
「え? ええ? 何、どういうこと?」
画面に写るなら祖父だろうと勝手に思っていた。しかし、違った。
鮮明なカラーの映像はレトロなテレビからは想像できない美しさだった。それはまるで高画質のデジタルテレビを観るようだ。
ものうげな青年の表情に惹き付けられ、まっすぐこちらを見つめる綺麗な顔から目が離せない。
「これは・・・いったい、どういうことなの?」
戸惑う亜結の目の前で物語が進んでいく。
「王子、バルガイン王が戻られました」
(王子? この銀髪の男の人が王子様・・・)
ぺたりと座り込んだまま、亜結はテレビの中の世界を呆然と眺めていた。
王子と呼ばれた銀髪の青年から別の青年に映像が切り替わって、亜結は我に変える。
その間にも物語は進んでいた。
濃い青色の髪の青年が王子の後ろへと近づく。庭で椅子に腰かけている王子は彼に声をかけられても振り返らず、テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。
緑の映える庭で日の光を浴びる王子のその髪が、内側から薄い紫に輝いて見える。絵のように美しい光景だった。
『王がお呼びです』
濃い青色の髪の青年が続けて言った。
『今回は
王子が彼に目線もくれずに言った。
(なんだか距離感が微妙なふたりね)
そんなことを思いながら亜結は考えを巡らせる。
「お祖父ちゃん、これ改造したのかな? バッテリー付きの録画テレビ?」
機械いじりが好きな祖父の事だ、考えられないこともない。
バッテリー付きならコンセントに差してなくても、予約時間がきたら勝手に作動することも考えられる。
「なぁんだぁ・・・もぉ。お祖父ちゃんったら驚くじゃない!」
ほっとしたら一気に体から力が抜けてへたりこむ。いつの間にか身体中に力が入っていた事に今になって気づいた。
画面の中では王子がおもむろに立ち上がる所だった。
背が高く気品を感じさせる姿に亜結の目が止まる。
『せっかく
王子は侍女にそう言って彼女の前を過ぎ部屋から出ていった。その姿を頬を赤くした若い侍女がそっと見つめていた。
「身分違いの恋物語? お祖父ちゃんの好みだとは思えないな。ファンタジーっぽいし・・・」
西洋人の様な顔立ちの王子達。しかし、髪の色が銀や青と変わっている。着ているものも洋服をベースにわずかに中国風だ。
「大河ドラマ? でも、地上波じゃなさそう」
値段のはりそうな服装の王子達が、これまたお金のかかっていそうな廊下を歩いて行く。
『王子は・・・』
言いかけて止める青髪の青年に、王子が問う。
『・・・なんだ?』
だが、王子は特に会話などしたくもないといった風情だった。
『死者を甦らせる力があるというのは本当ですか?』
王子は疲れた表情で小さく息を吐いた。
『そうだ』
うんざりした気配が漂う。
(皆、私の力のことばかり問う・・・)
王子の心の呟きが聞こえてくる。
『誰でも・・・ですか?』
王子が足を止める。振り向きまではしなかった。
『その死がその者の寿命でなければな。・・・・・・なぜ今頃になってそんな事を聞く』
責めている感じではなかった。ただふと気に止めた。そんな感じだった。
『いえ、深い意味は・・・ただ・・・』
また口ごもる青年に王子がそっと目を向ける。
近づきそうでいて近づくことを恐れるような不思議な距離感に、亜結は首をひねる。
(お祖父ちゃん、このドラマのどこがよくて録画予約してたんだろう?)
美形男子がふたりで話す何気ない会話。今のところそれ以外に気に留めるところはなかった。
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