第91話 ダンジョンの特性

 俺はドアをノックする。


「アルノルト、いるか?」


「あぁ、ちょうど紅茶が入ったところだ」


 そう言って深緑の森に一人隠れ住むエルフのアルノルトは俺とティナを招き入れてくれる。


「随分とタイミングがいいのね?」


「ふっキミらほどの者が近寄れば当然気づくさ」


 私はヒマ人だからね、と続けるアルノルト。……時間があるのも本当かもしれないが、魔力の小さな者を遠ざける魔道具の影響を受けないような者の動きには警戒してるってことなんだろうな。

 俺とティナはアルノルトに勧められるがままに席につく。


「悪いな。人間の相手に一息ついたんで、共有がてら寄らせてもらった」


「あぁ随分派手な動きがあったのは感じていたが、やはり人間に攻められていたのか」


 それから俺は人間が攻めてきたこと、それをなんとか撃退したこと、町長と休戦協定を結んだことなどを簡単に話した。


「人間と協定、ね……」


 アルノルトの表情に影が差す


「あぁ。だが、うちの仲間を売り渡すようなことはしない。1年間お互いに攻めないというだけだ」


「……どうだろうな?その町長はその条件で良しとしたのかもしれないけど、上の人間がそれで満足するとはとても思えないな」


「……それについてはなんとも言えないな。会って話をした感じではそう悪い感じでもなかったが……」


 とはいえ、なにか強制力のあるような協定でもない。一方が反故にすれば、容易く崩れる。


「まぁ安易に1年間の猶予ができた、なんて考えずにいた方がいい」


「……忠告はありがたく」


「大丈夫よ。次こそアタシがダンジョンを守るんだから!」


 ティナが意気込んで見せる。そんなティナを見て、アルノルトは微笑ましそうに頬を緩める。


「そうだ。アルノルト、一度うちのダンジョンに来ないか?」


「キミのダンジョンに?」


「そうだ。別に仲間になれなんて言わない。別にここから離れられないわけじゃないんだろう?ダンジョンを見てもらって、先輩にアドバイスをもらいたいしな」


「それ、いいわね。遊びに来なさいよ!」


 ついでにそれで気に入れば、ぜひ仲間に……。


「ふ~ん……下心を感じないでもないが……まぁいい。遊びにお邪魔しようか」


 おぉ釣れた!まぁ好きでやってるとはいえ、ずっとここに一人でいることに退屈さを感じないこともないのだろう。もともとは部下に愛される上司って感じだったっぽいしな。


「よし。場所は分かるか?ここから南の方に行ったところにちょっと開けたところがあって……」


「あぁそれは大丈夫だ。この間、魔力にかなりの動きがあったところだろう?隠されでもしない限り近づけばキミらの魔力で分かる」


「じゃぁ、待ってるぞ」


「きっとアルノルトもダンジョン見たらびっくりするわよ!」


 その日はそれから、なんということもない話をしてお開きになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アルノルトのところを訪れてから、数日後。

 約束通り、アルノルトがダンジョンにやってきた。


「こんにちは。お邪魔するよ」


「よく来たな」


「(これがあのけったいな場所にいたっちゅーやつかいな)」


「(おぉ~ほんとにエルフっす)」


 俺は集まっていたダンジョンの主要メンバーをアルノルトに紹介する。


「どうする?一時的にでも配下になってもらえば《交信》が使えるが……」


「いや、それは遠慮しとく」


「……残念」


 アルノルトはこちらの考えを見透かしたうえで、フッと笑いながら、受け流す。


「しかし、ここまで何もなかったようだが、コアはここにはないのか?あぁ別に詮索しようってつもりはないんだが」


「そうだな。ダンジョンとしての本番はこっからだからな」


「???ここがダンジョンの中心じゃないのか?」


「コアは地下にあるんだ。この地下空間こそ、俺達のダンジョンの本領だよ」


「ん?」


 アルノルトが腑に落ちない顔をする。


「どうかしたか?地下型のダンジョンなんてそう珍しいもんでもないだろう?」


「そう言うってことは本当に地下型なのか……」


 アルノルトが苦笑いしながら言う。


「なにかまずいのか?」


 いや、地下型、普通だろ。なんでそんな反応になる?


「別にまずいってことはないけどな……。でもキミのダンジョンは『深緑のダンジョン』なんだろう?」


「だからどうした?」


「どうしたって……まさか知らないのか?ダンジョンの特性のことを」


「特性?」


 なんだそれは?


「……よくこれまで人間達からダンジョンを守ってこれたな」


 いや、だからなんだよ?さっきからすごい馬鹿にされてる気がするぞ。


 はぁ~とため息をついてアルノルトが話し出す。


「ダンジョンにはそれぞれ得手不得手がある。それを特性と呼ぶんだ。たとえば、火の特性を持つダンジョンなら、火に関連した魔獣や罠を強力なものにしやすい。変異種が生まれやすかったり、レベルが上がりやすかったり、その効果は色々だけどな。逆に火の特性を持つダンジョンだと水関連は苦手になる。魔獣や罠を創造しても強いものにはしにくくなる」


 アルノルトがダメな生徒にモノを教えるように、たんたんと話をする。


「で、だ。ここは『深緑のダンジョン』というんだろ?名はダンジョンの特徴を表す。それにこの場所だ。明らかに深緑のダンジョンは植物、木、森といった特性を持つに違いない。それなのに地下型ダンジョン?確かに地の特性も苦手ということはないだろうが、特性を全然活かしてないじゃないか」


 ……なるほど。

 もしかすると、トレントの変異種が生まれて、やたら便利なスキルが生まれてたのはそのせいか?地下で魔法を発動するタイプの罠を設置してみて、全然弱くてボツにしたが、あれもその特性のせいか?ついでにゴブリンルームに植えられた果樹がやたら成長が早いのも……。


「心当たりは割とあるな……」


「だろうね」


 呆れるようにアルノルトが言う。


「今からでも遅くない。特性を活かしたダンジョンを構築した方がいい。まだCランクなんだろう?ランクが低いうちはそうでもないが、高くなればなるほど特性の差は大きくなる。……よく考えるんだな」


 なんとも耳の痛い話だ。


 それからは、アルノルトに下層エリアを紹介する。

 だが、さっきの話を聞いた後ではいくら工夫をこらしたものを紹介してみても……

 一通り見て回ったアルノルトが言った一言は


「特性無視してよくこれだけのものができたな」


 と、感心したんだか、呆れたんだかよく分からないコメントだった。

 いや、でもよくよく考えるとダンジョンコアって最初は洞窟の中にあったぞ?あれがそもそも悪いんじゃないか!?確かに、ダンジョンの名前を見たときにはこの森のことをイメージしたけど。


 ……。


 ……うむ。ダンジョン、作り直そう。

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